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番外編
密会
ナーヴェは、今日もこっそり城の外へと出た。
今から城下の街へ赴く予定の彼は、街の中でも違和感なく、印象に残りにくいような瞳と髪の色を纏った。
これで誰も彼を王子だと思う者はいないだろう。
皆の期待を一身に受ける王太子の兄とは違って、弟の彼が何をやっていても気にする人間はいない。
幼いころは誰からも愛され大切にされている兄に、同じ顔にも関わらず何故兄ばかりが優遇されるのだと嫉妬したものだったが、今となってはどうでも良かった。
それに、これくらい気楽な立場の方が、自分の思い人にも会いに行きやすい。
ナーヴェは今の立場を気に入っていた。
ナーヴェの思い人である侯爵家の令嬢アメリアは、時々お忍びで街にやってくる。
彼はそれに合わせていつも城を抜け出してくるのだ。
アメリアと初めて出会ってからもう幾年かが経って、当時幼かった彼女は彼のことを覚えているかも分からない。
多分、忘れられているだろう。
それでも、いつも遠くから彼女の姿を見られるだけで、ナーヴェは満足だった。
そして、自分は屋台で簡素な軽食を楽しんで帰る。
それが、彼の密かな楽しみだった。
彼はいつものように、お気に入りの屋台で菓子を買っていた。
すると、背中に誰か人がぶつかったような衝撃を感じた。
「ごめんなさい」
その声にドキリとした。
振り返ると、アメリアだった。
「ア・・・」
うっかり彼女の名を口にしそうになった彼は、とっさに口を噤み、別の言葉を口にした。
「大丈夫だから、気にしないで。君は甘いものは好き?」
「ええ」
「一人で食べるのは少し寂しいと思っていたんだ。良かったら、僕と一緒に食べてくれないかい?」
彼の正体を知らない彼女の侍女は苦い顔をしていたが、彼はそんなものは見なかったことにした。
彼はすぐに彼女の分の菓子と飲み物も追加で注文した。
アメリアとナーヴェは、近くの階段の隅に腰を下して一緒に菓子を食べた。
彼女は彼のことを、すっかり街の人間だと信じている。
侯爵令嬢と第二王子の茶会にしては、いささか行儀が悪かったが、今日の二人は『大店のお嬢様』と『見習い職人』なのだから、何でも許されるはずだ。
日が傾き始めて、彼は彼女に別れを告げた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「私も楽しかったわ。あなたの名前は・・・」
「・・・エヴァン。アメリア、元気でね」
名前を聞かれたナーヴェはとっさに思い付いた偽名を名乗ったが、そちらに気を取られてうっかり彼女の名前を呼んでしまっていた。
◇
ナーヴェとアメリアは王宮にある庭園で久方ぶりの茶会をしていた。
彼女はナーヴェに、昔子供のころに街に出掛けた時の話をした。
ちょうど今日の茶会に用意されている菓子がその時食べたものと同じだったので、突然思い出したのだという。
そして、その時一緒に菓子を食べたエヴァンという男の子に、名乗っていないのに名前を呼ばれたと。
「・・・ということがあったんです。不思議だと思いませんか?」
それを聞いたナーヴェは赤面して紅茶を吹き出しそうになるのを堪えた。
「まさか覚えていただなんて思わなかったよ・・・。君があの時、美味しそうに食べていたから懐かしくなって用意してみたんだが・・・」
「それは・・・もしかして」
「すまない、エヴァンは私だ」
「もう、ナーヴェ様・・・大好きです」
「私もだ」
fin.
***************************
これにて、番外編も完結となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今から城下の街へ赴く予定の彼は、街の中でも違和感なく、印象に残りにくいような瞳と髪の色を纏った。
これで誰も彼を王子だと思う者はいないだろう。
皆の期待を一身に受ける王太子の兄とは違って、弟の彼が何をやっていても気にする人間はいない。
幼いころは誰からも愛され大切にされている兄に、同じ顔にも関わらず何故兄ばかりが優遇されるのだと嫉妬したものだったが、今となってはどうでも良かった。
それに、これくらい気楽な立場の方が、自分の思い人にも会いに行きやすい。
ナーヴェは今の立場を気に入っていた。
ナーヴェの思い人である侯爵家の令嬢アメリアは、時々お忍びで街にやってくる。
彼はそれに合わせていつも城を抜け出してくるのだ。
アメリアと初めて出会ってからもう幾年かが経って、当時幼かった彼女は彼のことを覚えているかも分からない。
多分、忘れられているだろう。
それでも、いつも遠くから彼女の姿を見られるだけで、ナーヴェは満足だった。
そして、自分は屋台で簡素な軽食を楽しんで帰る。
それが、彼の密かな楽しみだった。
彼はいつものように、お気に入りの屋台で菓子を買っていた。
すると、背中に誰か人がぶつかったような衝撃を感じた。
「ごめんなさい」
その声にドキリとした。
振り返ると、アメリアだった。
「ア・・・」
うっかり彼女の名を口にしそうになった彼は、とっさに口を噤み、別の言葉を口にした。
「大丈夫だから、気にしないで。君は甘いものは好き?」
「ええ」
「一人で食べるのは少し寂しいと思っていたんだ。良かったら、僕と一緒に食べてくれないかい?」
彼の正体を知らない彼女の侍女は苦い顔をしていたが、彼はそんなものは見なかったことにした。
彼はすぐに彼女の分の菓子と飲み物も追加で注文した。
アメリアとナーヴェは、近くの階段の隅に腰を下して一緒に菓子を食べた。
彼女は彼のことを、すっかり街の人間だと信じている。
侯爵令嬢と第二王子の茶会にしては、いささか行儀が悪かったが、今日の二人は『大店のお嬢様』と『見習い職人』なのだから、何でも許されるはずだ。
日が傾き始めて、彼は彼女に別れを告げた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「私も楽しかったわ。あなたの名前は・・・」
「・・・エヴァン。アメリア、元気でね」
名前を聞かれたナーヴェはとっさに思い付いた偽名を名乗ったが、そちらに気を取られてうっかり彼女の名前を呼んでしまっていた。
◇
ナーヴェとアメリアは王宮にある庭園で久方ぶりの茶会をしていた。
彼女はナーヴェに、昔子供のころに街に出掛けた時の話をした。
ちょうど今日の茶会に用意されている菓子がその時食べたものと同じだったので、突然思い出したのだという。
そして、その時一緒に菓子を食べたエヴァンという男の子に、名乗っていないのに名前を呼ばれたと。
「・・・ということがあったんです。不思議だと思いませんか?」
それを聞いたナーヴェは赤面して紅茶を吹き出しそうになるのを堪えた。
「まさか覚えていただなんて思わなかったよ・・・。君があの時、美味しそうに食べていたから懐かしくなって用意してみたんだが・・・」
「それは・・・もしかして」
「すまない、エヴァンは私だ」
「もう、ナーヴェ様・・・大好きです」
「私もだ」
fin.
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これにて、番外編も完結となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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とても切なく素敵な作品です。
続きを楽しみにしています。
mayumi様
ご感想ありがとうございます!
はじめて書いた作品だったのですが、勿体ないお言葉をいただけて嬉しい限りです。
本日、本篇完結となります。
番外編も不定期で更新予定ですので、今後ともよろしくお願いします。