祓い

佐治尚実

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2 睦美視点

中学生の弟

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 中学一年生の未発達な細い足に頬を寄せた睦美は、今日もお決まりの泣き言を漏らす。

「ごめんな浩太、こんな俺を許してくれ、お前が愛おしくて怖くて苦しいんだ。お前は大丈夫だと言うけれどどこも大丈夫なんかじゃないんだ、お前に褒められるような兄貴じゃなくて、一つも誇れるものがないんだ」

 そう、唾を飛ばしながら謝罪する。浩太が「離して」と言うまで、くるぶしから膝裏にまで舌を這わすことを止めなかった。体毛が薄く生えたふくらはぎの肉を甘噛みして、足の裏をマッサージするみたいに摩擦する。汗で濡れた肌は甘塩っぱくて、余計に飢えが増す。

「くすぐったいよ」

 ベッドの上で身をよじる浩太は、軽やかに笑う。無心に浩太の足をねぶっていた睦美は顔を上げて、つられて笑みを作る。

「お兄ちゃん好きだよ」

 頬を染める浩太と視線が合う。浩太の飾り立てない甘い声に、自分でも馬鹿じゃないだろうかと思う程、ぎゅうと心臓を鷲掴みされる。

「いなくなったら駄目だからな、お兄ちゃんのそばを離れたら・・・・・・」

 自分で言っておきながら、浩太が去って行く瞬間を想像しては言葉を失う。

「未来のことなんかどうだっていいよ、怖い明日なんてお兄ちゃんは見なくて良いんだよ」

 浩太は、妙に達観した物言いをする。いつからそんな考えを身につけたのだろうか、誰が教えたのか知りたい。浩太に影響を与える存在は自分だけで良い。外の世界で自分たちをとやかく言う輩の声なんて、浩太は聞く必要がないのだから。

「僕と一緒にいるいまをちゃんと見て、思い出に風化しないようにって」

 中学生にしてはませた口をきくな、と聞いていた睦美の眉間のしわが深くなる。

「浩太は頭が良いんだな」

 誰が浩太に入れ知恵をしたのか、それとなく探りを入れよう。


「先生の話し方を真似してみたんだ、少しは大人みたいでしょ」

 仰向けで寝そべって胸を上下させる浩太は、きゅっと自慢したそうに口角を上げてみせた。

「クラスの先生?」
「違うよ、美術の先生」
「浩太は美術の授業が好きだったよね、その先生とは仲が良いの?」
「うん、授業が終わった後も話すんだ、先生ったら面白いんだよ」
「・・・・・・そう」

 引き続き聞き出した話によると、浩太の通う中学の美術教師は四十代の女性だそうだ。自分たちの母親と近い歳だから浩太は懐いているのだとすると、随分と子供らしい。

「お兄ちゃんをモデルにしたいって先生が言ってたよ、モデル代は出すからって、凄いね」

 どこか得意げに浩太が語る。どうして急に自分の名が出てくるのだ。浩太とその教師の間で取り交わされる会話が霧のようだと、ベッドの上に這い上がる。

「先生に俺のことを話したの?」
「違うよ、あっ、でもそうかな? 庭のバラの写真を撮ったから先生にスマホを見せたら、お兄ちゃんが映っていた画像を見た先生がね」

 浩太には中学生になってから携帯電話を持たせた。当初こそ睦美が反対していたが、「フィルタリングやアプリの制限をさせるから心配するな」と、父に口酸っぱく説得されて、「欲しい」と浩太が強請るから渋々受け入れた。
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