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第一章
7(回想)
しおりを挟む桂時の周りには複数の男女が集まっている。彼らは桂時が笑っていたら、それは心の底からの表情だと信じ切っていた。桂時は良明以外に本性を見せず、皆の羨望を浴びたいとわがままを言うような子供だ。
輪の外に押し出された良明を、時々、人の隙間から見てくる。目だけで「ここにいろ」と確かめる。その一瞬を見逃さないのは良明だけだった。
それこそ桂時の魅力だった。
大学までは卒業したい。そのためならば桂時に感謝しながらも、学校では目立たずに暮らしたい。
自立はいったん忘れて、桂時のグループに属することにした。桂時への恩を受けて決めた、というより、そうせざるを得ないからだった。それで桂時が満足してくれたと思った。
いつだったか忘れたが、良明が気になっていた女子と二人だけで話した翌日、その子は良明を無視した。最初は自分が気分を悪くさせたかと頭を悩ませた。
教室の後ろ側から彼女を見る日が続くと、良明はわけもなく不安に襲われた。彼女は日に日に顔色を悪くし、仲良さそうにしていた友達とも話さず、クラスで孤立していく。
おかしい、と話しかけようとしたら、隣の席の桂時が良明の机を蹴った。
「俺を裏切るな」
「なにそれ」
「よそ見なんかしたら今度は首輪を付けるぞ」
僕を好きなの、と桂時に聞きたかった。それなのに、桂時の本心を知りたくない思いのほうが強かった。桂時の背負う影に覆い尽くされそうで恐怖した。
いつかは聞かなければいけない。いつまでも意地を張っている余裕はない。桂時を傷つけて後悔することになっても、手遅れになる前に聞き出さないと駄目だ。
「桂時は僕に首輪を付けたいの?」
良明が勇気を振り絞って問うも、
「飼ってやってもいい」
桂時は冗談交じりに返してくるだけだった。
良明にとって桂時は親友であり、兄のような存在だった。桂時は良明に恋人を作らせない。そんな桂時は人一倍独占欲の強い男だった。
恋愛としての愛情を向けられているなら分かりやすかったのに。はたから見たら、自分たちの関係は親友のくくりから逸脱している。それでも「俺たちは親友だ」と強引に言い張れるのが桂時という男だった。
そもそも桂時は、遠縁に当たる少女と婚約関係にある。相手と恋愛関係にあったのなら良いのに、桂時は性懲りもなく、相手との食事に良明を同席させたがった。
ならばと向こうも、本来結ばれたい男性を連れてきた。奇妙な四人の会食を、桂時の両親は黙認した。
会食の席は、いつも四人分だった。
桂時の向かいに婚約者、その隣に婚約者が連れてきた男が座っている。残りの一席が、良明のために当然みたいに空いている。
店員が椅子を引くより先に、桂時が言った。
「座れ」
確認もしない。良明が椅子を引く音だけが、やけに大きく響いた。
「今日も連れてきたのね」
婚約者は笑っていた。口元だけを整えて、目は笑っていない。刺す視線ではないのに、薄い膜の向こうから見られている感じがする。
桂時は肩をすくめ、当たり前みたいに言う。
「当然だろ」
婚約者の隣の男が、短く息を吐いた。目が合った気がした。けれど敵意ではなく、距離を測るみたいな目だった。助けもしないし、責めもしない。ただ「ここにいる」という事実だけを確認する目だ。
料理が運ばれても、桂時は良明の皿にだけ自然に手を伸ばした。取り分ける指が、フォークの背で良明の手にかすかに触れる。触れた途端、桂時の呼吸が落ち着くのが分かる。そこに触れて確かめないと安心できないみたいに。
婚約者は笑いを崩さず、グラスを置く。ガラスが皿に当たる音までも、調和が取れている。
その隣の男は箸を持ったまま目を伏せる。逃げない代わりに、関わらないという姿勢だ。
店を出たところで、桂時の母が会食を無事に終えたことを確認しにきた。
桂時の母が良明を呼び止めた。
「良明くん、私達の結婚というものは、そういうものだから。桂時にはあなたが必要なの」
必要。慰めの台詞だろうに、逃げ道を塞ぐ音がした。
良明は笑うしかなかった。笑えば、この席は壊れない。壊れなければ、父も救われるはずだ。
桂時の家に遊びに行くと、彼はいつもカーペットの敷かれた居間の猫足のソファで横になっていた。見合い話が破談になっても次が絶えず舞い込む。それでも桂時は、いまでも良明との世界に囚われていた。
次々と見合い写真に目を通して、足元に座る良明にも手渡しながら、ふと力の抜けた手から最後の写真を落とす。
「お前はそのままでいてくれ」
そんな幼なじみの妄言に、良明は相づちを欠かさない。
「なんだよそれ」
「年なんて取るな」
少しだけ伸ばした指先で桂時は拾う素振りを見せたが、写真を挟んだホワイトの台紙は音もなく畳に倒れた。桂時はそれを一瞥して、耐えきれないように隅へ放り投げる。
良明は写真を拾いに行って、桂時の手元に戻す。それの繰り返しだった。
たとえ偽りの家族であっても、桂時には幸せになってほしい。良明はいつか本当の意味で、桂時を失う覚悟を持っていた。
桂時の張り巡らした強固な堤防によって良明は守られてきた。桂時の作った砂の城は意外と頑丈だった。かつて子供の頃に作った砂の城ではない。本物の城だった。
それでも所々、粗が見えた。桂時は良明と二人きりで遊べるよう、良明が快適な息を吸えるように窓も作ってくれた。そこからは、さんさんと輝く太陽が見えた。
学校の帰りに桂時とハンバーガーショップでポテトをつまんでいたら、良明の母の話になった。
「この写真、お前のおばさんが撮ったんだろう」
桂時が学生鞄から一枚の写真を取り出した。そこには赤ん坊の良明が映っていた。赤子の良明を抱っこする母の顔に、良明は油だらけの手で顔を覆った。もっと見たいのに、もうこの世にはいない人だ。
「なんで、どうして」
「お前のおばさんが俺にくれたんだよ。久しぶりに部屋を掃除してたら出てきてさ」
桂時でも掃除をするんだ、と良明は悲しいのに笑った。
「赤ん坊のときの記憶なんてないな。自分が初めて歩いたときの写真を見ても、他人事のように思える。なんで覚えていないんだろうな」
「そう言うものだよ。記憶は消していかないと頭がパンクしちゃう」
「まあ、こうやって残したい気持ちは分かる」
写真か。
良明は家に帰り、リビングの本棚から自分の写真を集めたアルバムを開く。記録は母が病気にかかってから止まっている。写真を撮るのが苦手な父に代わって、母がいつも撮ってくれた。
良明は空白のページをめくり、衝動に任せて透明のフォルダを破った。他のページも引きちぎった。
だって、もうこのページを埋めてくれる人はいないのだから。新しいページなんて必要ない。今更、無惨な死に方で母を失った父に頼む勇気もない。
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