帰ってきた猫ちゃん

転生新語

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第二章『坊っちゃん』

4 猫ちゃん、のぞき見を切り上げて龍之介くんの所へ行く

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「そんな事より見たまえよ。マスターズで松山英樹が優勝した。大したものじゃないか」

「私はゴルフに興味がありませんので」

「アジア人で初の快挙だ。今はヘイトクライムで、アジア人が病原菌扱いをされて外国で差別をされたり殺されたりされかねない。それでなくても人種差別は昔からあるんだ」

 再び主人は庭に目を向け、それから空を見上げる。空は良く晴れていた。

「夏目漱石もアジアから、世界に通用する作品を書き上げた。それは我々の誇りだよ。おかげで、薬局で病原菌扱いされた私のような小物こものも、何とか自尊心をたもっていられる」

「……ああ、原稿で書かれてましたね。PCR検査を受けた後、薬局で現金の支払いを嫌がられたと。あれは先生の実体験なんですか」

 うむ、と主人はうなずいた。

「薬局で揉めたのも、その後で私が保健所に電話したのも実体験だ。小説では登場人物を変えているがね」

「医療関係者の事を悪く言うと叩かれますよ。気を付けた方が良いかと」

「医療関係者は良くやっていると思うよ。それはそれとして、私が病原菌のような扱いを受けて傷ついたのも事実だ。それを隠すつもりはない」

 主人は偏屈に言いつのる。売れない作家というのはひがみっぽくなるのだろう。

「私が薬局で揉めてから少しって、コンビニの会計で小銭を入れる機械が導入されたんだ。今は多分、薬局の会計でも同じような機械が使われてるんだろう。揉め事が無くなるのは良い事さ、私は不愉快だったがね。あんな態度を取られてはPCR検査を受ける者も減るだろう」

「スケールが小さい話になってきてませんか、先生」

身近みぢかな話だよ。スケールが小さい話も大事さ、夏目漱石は飼ってる猫を主人公にしたし」

「その猫で思い出しましたが。先生の原稿で、猫がネットの掲示板に書き込む描写がありましたね。単芝と呼ばれているとか。あの単芝というのは先生の事なんですか」

「単芝は猫だろう。私は関係ないよ、知らん知らん」

 主人は新聞に目を向けている。会話の盗み聞きにも飽きたので、吾輩は二階へと向かった。



「おはようございます、吾輩さん」

 二階では、お昼寝から目覚めた龍之介くんが挨拶してきた。テレパシーで、彼が目覚めた事には気づいていたので、そのタイミングで吾輩はここに来たのである。

「少し話でもしようか、龍之介くん。できれば吾輩のために、また後で文庫本をめくってほしいんだが」

「いいですよー」

 龍之介くんが寝ている、この部屋には現在、主人が買ってきた文庫本が周囲に山積みされている。主人は龍之介くんが小説のアイデアを書いたと信じているので、天才である我が子の才能を伸ばすべく、あれやこれやと本を買っては部屋に置いているのだ。

 幼児である龍之介くんが手に取れるよう、本は床に散らばっている。乱雑なのか合理的なのか分からない。吾輩、これまでは電子書籍しか本を読めなかったが、龍之介くんがページをめくってくれれば紙の書籍も読めるようになったので喜ばしい状況である。

 吾輩、さっき一階で聞いたゴルフの話を思い起こし、そこから漱石先生の小説を思い出した。

っちゃん』だ。あれは四国の松山市が舞台であって、そこは松山英樹選手の故郷であった。

 吾輩、四国にも松山市にも行ったことはないが、松山選手の出身地は知っているのである。猫というのは球技が好きだ。ボールが転がるのを見ただけで追いかけたくなる。主人がテレビでゴルフ中継を見るたび、芝の上を転がる白球を目で追い続け、選手の名前も覚えてしまった。

「龍之介くんにも『坊っちゃん』を読ませてあげたいね。今、この部屋には無いけれど」

「『坊っちゃん』って何ですか、吾輩さん」

「夏目漱石先生の小説だよ。龍之介くんなら、電子書籍で読めるだろうね」

 ただ吾輩、あまり彼にインターネットをやってほしくはなかった。あれは子供に悪影響を与えやすいと思う。せめて一歳になるまでは、ネットからも電子機器からも距離を取らせたい。
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