帰ってきた猫ちゃん

転生新語

文字の大きさ
29 / 64
第四章『三四郎』

8 猫ちゃん、夢から覚めて話を総括する

しおりを挟む
 吾輩、夢から覚めて、二階で龍之介くんと一緒に寝ていたと思い出す。時刻は昼過ぎで、今日は日曜日だ。曜日は猫にも赤ん坊にも大して関係は無くて、まだ龍之介くんは就寝中である。

 吾輩、『三四郎』に付いて色々と考える。時代は日露戦争の数年後で、あの戦争では五万人以上が出征して亡くなったと聞く。当時は今より人口が少なかったから、社会への打撃も深刻であっただろう。働き盛りの男が死んでいくのだから、経済的に困窮こんきゅうする家庭も多かったはずだ。『三四郎』には日露戦争に勝った日本に付いて、「ほろびるね」と言う脇役の男が出てくる。

 この辺りが、漱石先生の本音であったかも知れない。戦争という大きな波の中で、個人という小さな存在が流されていく。美禰子のように、窮屈きゅうくつな社会の中で、牢獄のような人生を過ごす者が居るという現実。そういうテーマを漱石先生は、三四郎の青春物語の中で描いているのではないだろうか。

 我々は皆、大きな波に流される無力な存在に過ぎない、ストレイ・シープに過ぎない。そういう考えを持っていたとしたら、漱石先生は神経症にもなるというものだ。

「愛が無い結婚は不幸である」という考えを、美禰子は持っていたと思う。恐らく漱石先生も同様であろう。小説の最後で美禰子が聖書の言葉を述べたのは、「愛では無く、家の事情で結婚する私は罪人だ」と言っているのだと吾輩は思っている。

 漱石先生は『三四郎』の次に、愛が無い結婚をテーマにした作品を書く。『三四郎』より後の作品は、大まかに言えば「女性との関係に振り回される男」を主人公にした物語ばかりだ。

 吾輩のガールフレンドである、お白さんに寄れば「今も昔も男社会」という事らしいが、明治時代は今以上の男社会であった。女性の権利は認められず、そんな窮屈な生き方をしている女に振り回され、同じく窮屈な生き方をいられる男達の話。女も迷い子、男も迷い子。ストレイ・シープ達の物語である。

 やれ、今の世の中は「経済を回さないと」と人が言う。しかし、死者をいたむ時間も必要だと吾輩は思う。『三四郎』で、線路に飛び込んで死んだ女は、経済の象徴である汽車の下敷きとなっていた。そこにあわれみを覚える心を、漱石先生の読者は持っていてほしいものだ。

 戦争は男社会の象徴のように感じられる。戦争は国と国が起こす。傷つくのは、いつも小さな存在だ。猫の吾輩に出来る事は、小さな存在の代表として、吾輩の周囲の世界を語り漱石先生の作品を語るくらいである。以上、ストレイ・シープな猫のまよごとを締めくくる。

 締めくくった所で、あらためて今日は日曜日だ。時刻は昼で、窓の外は無駄なくらいの良い天気である。吾輩も主人も龍之介くんも旅行など無縁だから、家の中から外を眺めるのが常であった。吾輩、龍之介くんを起こさないように部屋を出て一階へと移動する。

 餌を食べてから、庭に面した部屋に行ってみると、そこで主人は安物のノートパソコンで小説を書いていた。足を折りたたむタイプの小さな机、というか台の上にパソコンを載せて、時に庭を眺めながらアグラ座りで執筆中だ。眺めても、動くものは空の雲くらいしか無い。

 お白さんに寄ると、日曜日というものは平日よりも来客が多い日だそうだ。吾輩、それは上流階級に限った話だと思ったが反論はしなかった。主人を訪ねてくる客と言えば原稿取りか借金取りくらいのものであろう。それ以外は主人の知り合いである山師くらいしか来ないから、今日も何も起こらない一日なのだと吾輩は思っていたし、おそらく主人も同様であった。

「ちょりーす」

「ちょりーす」

「ちょりーす」

 だから庭に三人の闖入者ちんにゅうしゃが現れて、奇妙な挨拶あいさつをしてきた時は、大いに驚いた。吾輩が第一に驚いたのは、この三人が女子で、全く同じ格好で同じ顔だった事である。

 学生服というらしい恰好で、三人とも異様に顔の色が黒い。ガングロメイクという化粧だとは、後からお白さんから聞いた知識だ。何で学校に行かない日曜に学生服を着てるのか分からない。三人とも長髪で、その髪の色が赤と青と黄に分かれていたのが第二の驚きであった。

 何しろ顔も服も同じ見た目なのだから、なるほど髪の色でも変えないと見分けは付かない。「ちょりーす」と言った声まで同じなのが第三の驚きであった。分身の術か。

「……その……何だね、君たちは?」

 ハトが豆鉄砲を食らった、どころではなく機関銃で撃ち殺されたような顔で主人が尋ねる。この家、防犯設備など全く無いので、誰でも簡単に庭まで入れるのだ。これが強盗なら主人は助からない所だが、幸い、相手に金品を強奪ごうだつする意思は無いようであった。

「パパうえから紹介されて、ここに来たんすよ。小説家の先生なんすよね? ウチら、学校の宿題で、家族以外の大人から職業についてインタビューしてこいって言われてて」

「社会見学? 大人とのコミュニケートって言うんすか? そういう宿題らしくて」

「で、ありがちな職業だとウケも悪いんで。ここは一つ、インタビューで点を稼がせてほしいんすよ。とりま、よろしくっす」

 三人が続けざまに話す。吾輩、この女子たちは三つ子らしいと、それだけは見当が付いた。話し方の呼吸が合いすぎていて、これは赤の他人では有り得ない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...