帰ってきた猫ちゃん

転生新語

文字の大きさ
57 / 64
第九章『明暗』

6 猫ちゃん、覚悟を固めて三たび寝ぼける

しおりを挟む
 目が覚めた。龍之介くんは良く寝ている。吾輩、彼を起こさないように部屋を出た。

 階段を下りて、再び一階の部屋へと入る。タブレットで電子書籍をめくる。読み直すのは漱石先生が書いた『門』と『草枕』である。ページ数も『明暗』と比べれば随分ずいぶんうすい。

 この二作品では、宗教や神の話が出てくる。漱石先生は神様が嫌いだったようだ。しかし宗教的な境地は目指めざしていたようで、「そく天去てんきょ」というのが理想だったそうだが、吾輩の頭では理解が出来ない。なので吾輩、この用語にはこだわらない。

 吾輩、漱石先生と違って、神様や仏様の事を嫌いではない。作品を読みながら、宗教や神に付いて少し考えてみたかった。

『門』を読み返す。この小説では主人公が禅寺ぜんでらに行き、和尚おしょうさんから公案こうあんというものを出される。クイズみたいなもので、「父母ぶも未生みしょう以前いぜん本来ほんらい面目めんぼく」とは何かと尋ねられる。

 父と母が生まれる前の自分とは、どのような存在であるか。そういういだ。

 これは漱石先生が二十代の時に、実際に出された公案だそうで、漱石先生は答えられなかった。『門』の主人公も同様で、何の収穫しゅうかくも無く、寺を去る事となる。

 吾輩、この公案に回答してみたいと思う。正解かは分からない。おそらく不正解であろう。

 しかし自分なりの回答というものは、それなりに価値があると吾輩は思う。例えば第三次大戦がせまっているとして、絶対的に正しい回答を用意して対処できる者が居るであろうか。

 正解を待っている時間が無ければ、自分なりに対処して生きていくしかあるまい。漱石先生はすでに居ない。しかし先生の言葉や愛は残っている。それをどころとして吾輩は生きる。

『門』の公案への回答は、もう少し後で述べる。その前に『草枕』だ。この中で主人公はトリストラム・シャンデーという小説に付いてコメントしている。

 これは未完の小説らしくて吾輩は読んでいないのだが、『草枕』の主人公が述べるのは、この小説の書かれ方だ。「最初の一句はともかくも自力じりきつづる。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる」とある。書く内容は神に寄るものだから、作者には何の責任も無いという理論である。主人公は、これを作者の責任のがれだと指摘してきする。まあ実際、その通りなのだが。

 しかし吾輩、これは中々、便利な手法しゅほうであると感心していた。猫が寝言で、神を持ち出して何かを語っても、馬鹿が何かをわめいているとしか思われまい。いわゆる一つのノーマークである。

 他国の独裁者が世界を騒がせたあかつきには、吾輩、この無責任理論を使おうかと思う。まあ、まだ第三次大戦は起こらないだろう。来年の事は分からないから、その時にでも使ってみよう。

 ここまで考えた時に、主人と山師が居る部屋の気配が変わった。まだ山師は、主人の家にすわっていたらしい。何かしら騒いでいる。

「どうしたんだ、携帯なんか見て」

 呑気に主人が、山師の様子を見ている。山師の携帯にはメッセージが入ったようだ。

「娘からだ……『ユッキーが帰ってきてない!』、『パパ上! 探して!』だとよ……」

「ユッキー……ああ、雪子ちゃんか……」

 時刻は、いつしか午後八時近くである。今は行動制限がされていて、遊び場が閉まるギリギリの時間であろうか。誰もがストレスをめている時期である、ちょっとした夜遊びを子供が楽しもうとしても責める事は出来まい。

「お前の娘は三つ子だろ。三人で一緒に居るように言ってたんじゃなかったのか」

「言ってたさ。言っては居たが、雪子は最近、難しい時期みたいでな。姉と一緒に居るのをいやがっていたんだと。今日も一人で出かけてるらしい」

 山師の表情がくもっている。主人に話していた「通り魔」の事を考えているのだろう。

「……お前の娘は、かんがいいんじゃなかったのか。大丈夫じゃないのかよ」

「三つ子の勘っていうのは、三人一緒いっしょの時にはたらくんだよ。雪子だけだと……危ないな」

「あと二人の、お前の娘は? 姉に探させれば雪子ちゃんは見つかるんじゃないか」

「二人は家に戻ってる。元妻が門限に、うるさくてな。今から外に出かける許可は与えないだろうよ。雪子の携帯に掛けても、電源を切ってるんだと」

「……探しに行こう。心当たりはあるんだろ、俺も行く」

「心当たり、なぁ。そんなものが分かる良い父親なら、俺は離婚してないよ」

 とにかく行こう、という事で、主人と山師は出ていった。まだ外は雨が降っている。

 悪の気配を吾輩は感じる。おそらく主人達は雪子を見つけられまい。吾輩、しばし考える。

「……何かあったんですか、吾輩さん?」

 二階から、龍之介くんがりてきた。ただならぬ雰囲気というのは分かるのだろう。

「大丈夫だよ、一階でテレビでも見てるといい。吾輩は、ちょっと部屋の中に行くから」

 彼は無邪気むじゃきな子供である。まだまだ、世界の悪意からは遠ざけておきたかった。龍之介くんが見るのは娯楽番組で、いつも午後九時頃には寝てしまう。

「ああ、それとね。吾輩、ちょっと集中したいんだ。吾輩が良いと言うまで、絶対に部屋の中には来ないようにね」

「……はい、吾輩さん」

 龍之介くんは大人しく、テレビがある方へと向かう。じつに良い子だ。吾輩は一階の部屋に入る。

 吾輩、横になって目を閉じる。たび、吾輩は寝ぼける。夢はうつつとなり、現は夢となる。こんぜん一体いったいとした世界が吾輩の前に広がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...