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母【本音】
かたくて つめたい
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令和4年9月8日木曜日、私は母が独りで暮らす実家まで歩いて行きました。
バスを目の前で乗り逃し、次に母のところまで直通で行ける路線は1時間後。
いつもなら、多少の雨なら自転車で行きますが、今回は気が進まずバスで行こうとしていて、だけど1時間後まで待つのもピンと来なかったので、気付けば母の家の方向まで歩き出していました。
正確に計測したことはないのですが、歩いていけば多分40分くらいはかかるかな?
運動不足だし、それくらいはいいかな?
少し前に買ったレインシューズも試したいし(5歳児か…)と、そんな気持ちだったと思います。
◇◇◇
直近で実家に行ったのは9月5日の月曜日でしたが、その後電話連絡もしていませんでした。
母は朝が弱く、病院の診察予約や検査でもない限り、午前中はもともとぼーっとしているか、ベッドで寝ているかの二択で、ご飯はいつも1日2食(1回目は「まずいまずい」と文句を言いつつ食べる配食サービス屋さんのお弁当)。その他、食べられそうな果物やおやつを少しだけ口にしていました。
母は糖尿の持病があり、インスリンも自分で打っていました。
薬は朝・夕の2回。実質「朝の薬」は11~12時頃のブランチの後。
ただ、多分ここ2カ月は、このルーチンも崩れていたと思われます。
こういう管理ができないのが別居の痛いところ…と思っていましたが、末期ともいえるこの頃は、「同居でも無理だったかもなあ…」という状態でした。
というのも、「全く食べる気がしない」「何を食べてもまずい」と拒絶し、最後に会ったときも、ヨーグルトをほぼ半強制的に3口ほど食べさせ、薬をやっとやっと飲ませ、お迎えに来たデイサービスのスタッフに「今日は休みます」と頭を下げ――でした。多分、同居でも同じことをやっていたというだけの話です。
食べたくないといって頑なに口も開かない母に無理やり食べさせるのは、傍から見たら虐待でしょう。
水分だけは積極的に摂りたがったので、本能的に生きようとしていることだけは分かる――と思い込んでいましたが、本当にそうだったのか…?
◇◇◇
8月の初めに低血糖を起こして病院に緊急搬送された後、多分、物忘れがひどいを通りこして認知症的な症状も出ていたのではないかと思います。
以降は病院には必ず付き添うようにして、8月末の診察のときは、糖尿の主治医にも詳しい話を聞きました。
「眼科さんにも行ってくださいね。糖尿から失明することもありますから」
「できれば認知症の専門医にも…」
母に関わるようになって分かったこと。
ケアマネさんもお医者さんも、本当にこういうことをカジュアルにおっしゃいます。
それが「仕事」なのですから当然ですが、正直いろいろとしんどい気持ちになりました。
次から次に提案されることは、それなりに仕事もしていてフットワークが軽いとはいえない私には、かなりハードルの高いものでした。しかもその全てに、結局は私ひとりが対応するしかないのです。
とても介護とはいえないレベルでしたが、やはりしんどいものはしんどいぞと。
◇◇◇
閑話休題。
時計は見ていなかったけれど、多分家を出てから40分?ぐらいで実家に到着すると、新聞が2日分たまっていましたが、想定内です。
アルミの引き戸の片袖に新聞受けがあるという古い玄関なので、それをボンと下に落とし、鍵を開けました。
これが後々、ある種の「立証」になるとは思いませんでした。
玄関を入ってすぐのところにある茶の間は電気がついたままでした。
多分、消すのを忘れて寝室に行ったのかな?と勝手に思っていました。
いつも過ごしているキッチンに姿なし。
母はキッチンテーブルを学習机のような気持ちで使い、そこで新聞を読んだり、コラムの書き写しをしていたりしたようです。
だからまっすぐ寝室に向かい、「お母さん、来たよ」と声をかけました。
電気もテレビもついておらず。寝ていても、声をかけるとぴくっという反応を見せることが多いのですが、それもありませんでした。
「お母さん?ねえ?お母さん?」
腕を胸の前で組み、足を絡ませ、介護ベッドの頭部にかなり傾斜をつけた状態、枕なし。
寝相的にはいつもと同じですが、頬や手などに触れてみると、かなりひんやりしていて、組んでいた手の片方を持ち上げてから離してみると、明らかに慣性だけでゆっくりと元に戻りました。
映画やドラマなら、ここで悟ったように「ゆっくり眠って。お疲れさま」などと言うシチュエーションでしょうが、私はただのその辺のおばちゃんなので、往生際悪く「ちょっと、お母さん?ねえ?大丈夫?」などと言いつつ、なおも外的刺激を加えました。もちろん無反応です。
いったん自分の手首をつかんで「脈拍なるもの」を取るシミュレーションをした後、母の手首を取って…。
こんなことを、多分5分くらいやっていたと思います。
観念して119番通報し、状況を聞かれたので「多分死んでいます」という間抜けな説明をしました。
先方はこの手の電話には慣れているのでしょう。特に慌てた様子はなく、「分かりました、向かいます」と答えいました。
「私は(救急車)到着まで何をすればいいですか?」と聞くと、「胸部をぐっと圧迫するようにマッサージをしてください」と簡単に説明されました。
その言葉に従って必死に空しい圧迫を繰り返すと、涼しいはずの部屋で、私の額からは汗がぼたぼた落ち、母のグレーのタンクトップにしみができました。
一縷の望みを持ってそうさせたのか、その辺は分かりませんが、救急車が着いたのはそれから10分後でした。
文句を言うわけではありませんが、タクシーよりもずっとのんびりした到着だったので、私の説明で「まあ亡くなっているだろう」と判断したのだと思います。
そこで3人の救急隊員が駆け付け、体温を測ったり心臓の状態を見たりして、「死亡」が確定。ただ、「そういうものなんだな」と妙に感心?したのですが、「心臓が停止しています」という言葉しか使わず、決して「死」「死亡」とは言わないのです。
体温は26度まで下がっていました。
昨日は雨も降って肌寒かったので、冷房もつけていませんでしたが、ほぼ室温でした。
「ここから先は警察に引き継ぎます」と言われて2、3分後には、私のスマホに警察署から電話がありました。
なるほど、こういうふうに連動しているのか…。
バスを目の前で乗り逃し、次に母のところまで直通で行ける路線は1時間後。
いつもなら、多少の雨なら自転車で行きますが、今回は気が進まずバスで行こうとしていて、だけど1時間後まで待つのもピンと来なかったので、気付けば母の家の方向まで歩き出していました。
正確に計測したことはないのですが、歩いていけば多分40分くらいはかかるかな?
運動不足だし、それくらいはいいかな?
少し前に買ったレインシューズも試したいし(5歳児か…)と、そんな気持ちだったと思います。
◇◇◇
直近で実家に行ったのは9月5日の月曜日でしたが、その後電話連絡もしていませんでした。
母は朝が弱く、病院の診察予約や検査でもない限り、午前中はもともとぼーっとしているか、ベッドで寝ているかの二択で、ご飯はいつも1日2食(1回目は「まずいまずい」と文句を言いつつ食べる配食サービス屋さんのお弁当)。その他、食べられそうな果物やおやつを少しだけ口にしていました。
母は糖尿の持病があり、インスリンも自分で打っていました。
薬は朝・夕の2回。実質「朝の薬」は11~12時頃のブランチの後。
ただ、多分ここ2カ月は、このルーチンも崩れていたと思われます。
こういう管理ができないのが別居の痛いところ…と思っていましたが、末期ともいえるこの頃は、「同居でも無理だったかもなあ…」という状態でした。
というのも、「全く食べる気がしない」「何を食べてもまずい」と拒絶し、最後に会ったときも、ヨーグルトをほぼ半強制的に3口ほど食べさせ、薬をやっとやっと飲ませ、お迎えに来たデイサービスのスタッフに「今日は休みます」と頭を下げ――でした。多分、同居でも同じことをやっていたというだけの話です。
食べたくないといって頑なに口も開かない母に無理やり食べさせるのは、傍から見たら虐待でしょう。
水分だけは積極的に摂りたがったので、本能的に生きようとしていることだけは分かる――と思い込んでいましたが、本当にそうだったのか…?
◇◇◇
8月の初めに低血糖を起こして病院に緊急搬送された後、多分、物忘れがひどいを通りこして認知症的な症状も出ていたのではないかと思います。
以降は病院には必ず付き添うようにして、8月末の診察のときは、糖尿の主治医にも詳しい話を聞きました。
「眼科さんにも行ってくださいね。糖尿から失明することもありますから」
「できれば認知症の専門医にも…」
母に関わるようになって分かったこと。
ケアマネさんもお医者さんも、本当にこういうことをカジュアルにおっしゃいます。
それが「仕事」なのですから当然ですが、正直いろいろとしんどい気持ちになりました。
次から次に提案されることは、それなりに仕事もしていてフットワークが軽いとはいえない私には、かなりハードルの高いものでした。しかもその全てに、結局は私ひとりが対応するしかないのです。
とても介護とはいえないレベルでしたが、やはりしんどいものはしんどいぞと。
◇◇◇
閑話休題。
時計は見ていなかったけれど、多分家を出てから40分?ぐらいで実家に到着すると、新聞が2日分たまっていましたが、想定内です。
アルミの引き戸の片袖に新聞受けがあるという古い玄関なので、それをボンと下に落とし、鍵を開けました。
これが後々、ある種の「立証」になるとは思いませんでした。
玄関を入ってすぐのところにある茶の間は電気がついたままでした。
多分、消すのを忘れて寝室に行ったのかな?と勝手に思っていました。
いつも過ごしているキッチンに姿なし。
母はキッチンテーブルを学習机のような気持ちで使い、そこで新聞を読んだり、コラムの書き写しをしていたりしたようです。
だからまっすぐ寝室に向かい、「お母さん、来たよ」と声をかけました。
電気もテレビもついておらず。寝ていても、声をかけるとぴくっという反応を見せることが多いのですが、それもありませんでした。
「お母さん?ねえ?お母さん?」
腕を胸の前で組み、足を絡ませ、介護ベッドの頭部にかなり傾斜をつけた状態、枕なし。
寝相的にはいつもと同じですが、頬や手などに触れてみると、かなりひんやりしていて、組んでいた手の片方を持ち上げてから離してみると、明らかに慣性だけでゆっくりと元に戻りました。
映画やドラマなら、ここで悟ったように「ゆっくり眠って。お疲れさま」などと言うシチュエーションでしょうが、私はただのその辺のおばちゃんなので、往生際悪く「ちょっと、お母さん?ねえ?大丈夫?」などと言いつつ、なおも外的刺激を加えました。もちろん無反応です。
いったん自分の手首をつかんで「脈拍なるもの」を取るシミュレーションをした後、母の手首を取って…。
こんなことを、多分5分くらいやっていたと思います。
観念して119番通報し、状況を聞かれたので「多分死んでいます」という間抜けな説明をしました。
先方はこの手の電話には慣れているのでしょう。特に慌てた様子はなく、「分かりました、向かいます」と答えいました。
「私は(救急車)到着まで何をすればいいですか?」と聞くと、「胸部をぐっと圧迫するようにマッサージをしてください」と簡単に説明されました。
その言葉に従って必死に空しい圧迫を繰り返すと、涼しいはずの部屋で、私の額からは汗がぼたぼた落ち、母のグレーのタンクトップにしみができました。
一縷の望みを持ってそうさせたのか、その辺は分かりませんが、救急車が着いたのはそれから10分後でした。
文句を言うわけではありませんが、タクシーよりもずっとのんびりした到着だったので、私の説明で「まあ亡くなっているだろう」と判断したのだと思います。
そこで3人の救急隊員が駆け付け、体温を測ったり心臓の状態を見たりして、「死亡」が確定。ただ、「そういうものなんだな」と妙に感心?したのですが、「心臓が停止しています」という言葉しか使わず、決して「死」「死亡」とは言わないのです。
体温は26度まで下がっていました。
昨日は雨も降って肌寒かったので、冷房もつけていませんでしたが、ほぼ室温でした。
「ここから先は警察に引き継ぎます」と言われて2、3分後には、私のスマホに警察署から電話がありました。
なるほど、こういうふうに連動しているのか…。
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