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問題はそこじゃない

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 その後、芽衣子はどうしても誰にも打ち明けられないままだったが、3日ほど経つと、母親が意を決したような調子で言った。

「あんた――妊娠したわね?」
「え…」
「私は母親だから分かるわ。ご飯のたびに吐いてるし、ナプキン減ってないし」
「体調悪いだけだよ。生理が来ないのだって…」
「保険証戻す位置、間違えたわね?引き出し、右じゃなく左に入ってた」
「あ…」

(「母親だから」っていう割に、ぜーんぶ状況証拠じゃん…)

 芽衣子はぶすっとした顔で観念した。
「3日前…病院で、6週目って言われた…」
「やっぱりね」

 完全な後出しじゃんけんだ。
 これだから母親の直感だの女の勘だのをありがたがる?のは危険だと、芽衣子は自分も女だからこそ思った。

「相手は正和君? よね?」
「うん…」
「あの人、虫も殺さないような顔して、そんなことしてたのね…」

◇◇◇

 芽衣子は翌日、諏訪に電話をし、ただ「お母さんが会いたいと言っている」とだけ伝えて、バイト上がりに近所のファミリーレストランに来てもらった。

 諏訪が着座して、水をひと口飲むのを確認すると、芽衣子は病院での検査結果を伝えた。
 驚きと、ちょっとした悟りの入り混じったような表情を浮かべた諏訪の出方を芽衣子はうかがったが、その直後に口を開いたのは、諏訪でも芽衣子でもなく、芽衣子の母だった。

「産むわけにはいかないわよね。あなたもそう思うでしょ?」
「あ…僕は…まあ、はい」

 彼の答えはごく頼りないものだったが、意見としては「母親側」だと分かる。

「そんな…この間は産んでいいって言ってたじゃない」
 芽衣子は声は一応抑え目にしたつもりだったが、近くの席の人には丸聞こえだったかもしれない。しかし構っているゆとりもなかった。
「言ったけどさ…現実には、ねえ…」

 そう言う諏訪の表情は、もちろん困っているような、苦いものを含んではいるものの、なぜかベースにあるのは笑顔だった。
 
「2人とも若いから分からないだろうけど、子供を産んで育てるのは覚悟も責任も要ることよ?あんただって、まだ勉強しなきゃいけないこともたくさんあるでしょ?」

 母親が大人らしい正論を言ったが、この後がまずかった。

「あなたは普通高校だし、何の資格も持ってない。英検の級を上げるとか…」

 芽衣子は中3のとき英検3級を取り、以降は何もしていなかった。
 当時は準2級もなく、2級が高卒程度の英語力という感じだったので、それで当然ではあったのだが。

 そこで諏訪は何を思ったか、半笑いでこう言った。

「お母さん。英語検定なんてね、よ」

 芽衣子はこのときの彼の顔と一言を、一生忘れないだろうと直感した。

 諏訪は大学在学中に英検2級を取ったという。
「面接のフリートークはしどろもどろだったけど、何とかなるもんだね」と笑って話していた。

 せめて母親が、「それは問題の本質じゃないでしょ?」と怒ってくれたら、芽衣子は彼女を見直すこともできたかもしれないが、「そうなの?ま、いいわ」と流しただけだった。
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