指切りのない約束「4月第1週の日曜日、会えますか」

あおみなみ

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4月、スミレの花を撮る【終】

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 3年生の始業式が間近のとある日曜日、町合公園に1人で行った。

 たまたま4月1日にJRの新駅ができて、そこからなら歩いて20分程度だというから、写真がどうのというよりも、「試しに」くらいの気持ちだった。

 まあ天気があんなによくなければ、やらなかったと思うけど。
 空がタチツボスミレ(名前に特徴があるので覚えた)みたいな優しい色で、それを見ていたら、ちょっと酔狂な気持ちになったらしい。
 桜のシーズンは混み合うので、今のうちってのもあった。

◇◇◇

 桜はもう一息って感じだ。
 それはそれとして、俺はやはり足元のタンポポやスミレに目が行く。
 カメラを買ってもらって3度目の春、やはりレンズを下に向けた。

「あ、やっぱりスミレの写真撮ってたね。木下大智君」
「え?」


「俺の名前知ってたんだ…」
「まあね、同じ学校だし」

 実は俺は自分の名前が嫌いだった。
 「木下」にも「大智」にも不満はないのだが、二つ重なることで「たた」と続く、この部分がどうにも苦手で、小さい頃から名乗るのが億劫だと感じていたからだ。
 が、気になる子から呼ばれると、満更悪くもないなと感じられる。

「菅原…さんは――下の名前は何ていうの?」
「あ、そっか。名乗ってなかったよね。私「すみれ」っていうの」
「え…」
「なに? イメージじゃないって?」
「いや――まだ何も言ってないじゃん」

 胸にスポーツブランドの刺繍が入った白いワンピースを着ていて、日焼けした肌に似合っている。
 白い歯をむき出して、ちょっと意地悪な顔で笑いながら「イメージじゃない?」と言われ、返答に困った。
 確かに「すみれ」っていうと、もっとはかなげというか、弱々しい雰囲気の女の子を想像してしまう――かもしれない。

「私、自分の名前大好きなんだ」
「ああ、いい名前だよね」

 俺と「菅原すみれ」は、「ドイツスズラン」というプレートが刺さった(花はまだ咲いていない)花壇の縁石に腰を下ろした。

「父がね、かわいくてたくましい花の名前をつけたいって考えてつけてくれた名前なんだよ」
「すみれが…たくましい?」
「踏まれて強くなる雑草だもん」
「そう、なんだ…いい名前だな」
「へへ、でしょでしょ?」

◇◇◇

 『すみれ』も、やはり新駅から歩ける距離と知って、1人で来たらしい。

「走って?」
「今日は歩いてきたよ。走るのが目的じゃなかったし」
「そうなんだ」
「スマホに通知が来たから、いろいろ思い出してさ」
「通知?」

 見せてくれた画面には「2年前の写真」として、濃い青紫色のスミレの花が映し出された。
 若干角度や陽の差し方は違っているが、俺が撮ったのと同じ花だろう。

「家族と合流した後、もう一回野草園に戻ったけど、さすがに木下君はもういなくて…」
「え…?」
「で、写真だけまた撮ったの」
「そうか。スマホってこういう通知来るんだな」
「スマホ持ってないの?」
「スマホで写真撮らないから、知らなかった」
「なるほど」

 まだ時間も早く、幸い2人とも後の予定は特になかった。
 「もっと話したい」と言う代わりに、お互いに些細なことを質問したり、答えたり。
(それに応じてくれたすみれも、俺と同じ気持ちだった…ってことか?)

 太田の想像通り、すみれはあのとき家から走って公園まで来て、車で来ていた家族と合流したらしい。住所を聞いたら、うちからそんなに遠くなさそうだった。

『一回試してみて分かったけど、道もよくなかったし、もうこりごりだよ』と、恥ずかしそうに笑った。
 高校に入って、陸上部に入部して…と、気持ちばかりが高ぶって、「じっとしていられなかった」のだそうだ。

 想像したとおりの部分と、意外な部分、彼女についてその両方を知れた。
 でも、こんなのまだ一部分なんだろうな。

◇◇◇

 俺とすみれは連絡先を交換した。これで友達になれた――と思う。

 表向きは「木下君」「菅原さん」と呼び合っているが、胸の内では「すみれ」と呼んでいる。

 カメラや写真の話になったとき、「自撮りってしたことない」と俺が言うと、記念に一緒に撮ろうと提案された。
 まだつぼみの目立つソメイヨシノの下で、すみれは物慣れた笑顔で、俺はぎこちない表情で、お互いのスマホのカメラにおさまった。

(すみれが顔を俺に寄せてきて、なぜかバニラみたいなちょっといいにおいがした)

 来年の今頃、それぞれのスマホに通知は来るのかな?

【了】
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