SS集「高校生」

あおみなみ

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禁断のラム酒増量

危険物、と書いてトリュフと読む

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ちょっと特殊な80年代女子校片思い模様

とある地方都市の女子高に通う3人の少女の「1985年2月14日木曜日」の悲喜こもごものお話です。

***

 1985年2月14日木曜日の朝、県立東雲しののめ女子高校1年5組(美術選択クラス)の教室には、危険物のごときチョコトリュフが持ち込まれていた。

 何がそれを危険物たらしめているのかといえば、製造過程で使われた大量の製菓用ラム酒である。
 社会全体が現代ほど未成年飲酒に厳しくなかった1980年代とはいえ、16歳の現役女子高生が、大手酒造会社から出ているネコのラベルで大人気の製菓用酒ブランド「マジカルケーキ」のラム酒をふんだんに――ひと瓶使い切る勢いで使った手製のチョコトリュフを、教室に持ち込んだのだ。それはもう凶暴なほどの芳醇さである。口に入れなくても、その香りで酔ってしまう者もいたのではないか。
 「友チョコ」的な言葉こそなかったが、その当時から、パレンタインを「チョコレートの日」としてとらえ、友達同士で交換したり、手製の菓子を振る舞ったりという例は少なくなかった。

 が、そのアブないトリュフを持ち込んだのは、昨日までは他校に通う彼氏とのノロケ話を披露していた唐橋からはし朱美あけみである。2月14日にチョコレートとなれば、当然、放課後デートで彼氏に渡すことを想定してのチョコレートだろうと誰もが思うだろう。
 にもかかわらず、朱美は教室に着くなりパッケージをバリバリと開け始めた。

「朱美、それってきょう吉田君に渡すチョコじゃないの?」
 朱美と一番仲のいい早川はやかわ友恵ともえがびっくりして話しかけてきた。
「あんなやつ、もういいよ!食べたい人は食べちゃって。ほんと、けったくそ悪い!」

 女の子はお菓子が主食――でもないが、「チョコレートどうぞご自由に」と言われれば、当然、教室中から生徒が寄ってきた――が、その洋酒の香りにあてられ、「これは――私はムリ」「おいしそうだけど…ちょっと」と、手を引っ込めてしまう者がやはりいた。
 イケる口ということもないだろうが、ブランデーケーキなどアルコール入りの菓子に普段から慣れている者は、「じゃ、お言葉に甘えて…」と口に入れるが、「おいしいけど…お酒入れ過ぎじゃない?」と、やはり難色を示した。
 多少菓子作りの心得のある友恵が、「これラム酒どれぐらい入れたの?」と聞いたら、作り方レシピに買いてあった分量の2倍入れたという。
「さすがにやり過ぎだよ。これじゃせっかくのチョコレートが負けちゃう」
「あいつ普段から「ビールなんて酒じゃない」みたいなこと言うからさ、強いお酒いっぱい入れたやつがいいかなって思って」

 その当時は、特に不良や不品行というわけでもない、普通の高校生が酒を飲むことはよくあった。何しろ自販機もあちこちにあり、取り締まりもザルだったので、ジュースのように簡単に手に入ったのだ。当然、そんな粋がったことを言う男子も多々見られた。

「やっぱり吉田君に作ったんじゃない。どうして開けちゃったの?」
「だって…」

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