母がだんだん消えていく

あおみなみ

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青いソファと箱買いの水


 実家にはリビングがない。というか、畳の間で、テレビがあって――な、「茶の間」と表現するのが正しい部屋がある。
 私たちが子供で祖父母も健在だった頃、マックスで7人で暮らしていたが、狭いダイニングキッチンよりも茶の間で食事を摂ることも多かった。

 20年ほど前リフォームして、無駄に広かった玄関を縮小し、その分キッチンが広くなった。
 その頃には家族はかなり減っていたから、全員ダイニングキッチンで余裕で食事できるようになった上、母は縦長のダイニングキッチンの隅っこにソファを置いた。
 まるで造り付けみたいに壁の端から端までいっぱいの長さだから、小柄な女性なら余裕で眠れそうな大きさだ。
 その前に小さなテーブルを置いて、ゆっくりと本を読みながらコーヒーを飲みたかったらしい。

 ソファの鮮やかな青は、母が選んだものだが、母の趣味とは少し違う気がした。
 選んだ当時、「そういう気分」だったからなのか、たまたま安かったからなのか、理由は分からないし、今となってはどうでもいい。

◇◇◇

 2011年の東日本大震災当時、実家の近所のアパートに住んでいた学生さんのもとに、隣県のご両親が水を持って訪ねてきたらしい。
 結果的に学生さんはご両親と一緒に帰ることになったのだが、持ってきた水が不要になったので、別に付き合いがあったわけでもない母のもとに、「よかったら」とそれを置いていった。震災時らしいエピソードだと思う。
 母はお菓子クッキーと小さなテディベアがセットになったギフト品を用意して、その学生さんの帰りを待ったが、結局、学校は辞めたのか、そのまま帰ってこなかった。残念ながら、これもらしいエピソードである。
 賞味期限が近付いた頃、お菓子は母の胃の中に落ち、テディベアは我が家の次女のもとにやってきて、次女がテキトーにつくったフェルトの服を着せられた。

 母はそのときもらった2リットル6本入りの水を、無造作にソファの上に置いた。
 当時、市内では断水状態のところが多かったのだが、なぜか母の住むエリアは全く水が止まらなかった。
 しかし、汲み置きしていると赤さびが沈殿するような、あまり状態のよろしくない水だったから、「(悪いけど)ラッキー♪」程度で水を受け取ったと思う。

 母は当時71歳で、健康状態もそう悪くなかったが、そこそこ高齢なのでやはり心配だった。
 携帯電話は不安定だったし、うちはひかり電話だったので、復旧するまでは公衆電話で母の家電に連絡したり、直接訪ねていったりしてご機嫌伺いをしていた。

「水持っていきな。うちより家族多いんだから、4本」
「水って意外と必要だよ?半分でいいから(結局もらう)」
 などという、震災直後にしては呑気なやりとりをしているうちに、私たちの住む地区の水道も復旧し、母の家の水道からも錆が出なくなった。

 母はもともと水を「買う」習慣がなかったが、水道水と違って安定的においしい水が意外と安いのだということに気づき、これをきっかけに箱買いする習慣が根付いたらしい。
 ここをねらってウォーターサーバーの業者がセールスに来たら、きっとイチコロだったろうな。
 箱買いの水は、何となくソファの上が定位置になったのだが、ここを「核」として、何となくソファの上に「すぐには使わないが、すぐ出せる方が便利そうなもの」や、ポスティングチラシなどが無造作に置かれ、何となく散らかりがちなったのではないかと思う。

 当然、母はあまりソファに座らなくなり、ダイニングテーブルで「いろはす」などを飲みながら、新聞を読んだりするようになった。

 ちなみに、私はある時期からあまり実家に長居しないようになっていたので、このソファに座ることはほとんどなかったが、そういえばごくごく最近、「水の入った箱と古新聞に挟まれて」座ったことがあったなと思い出した。

 その話はまた次回。
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