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タカの帰り道

ティータイム

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 少女は「ベル」と名乗っていましたが、顔立ちは日本人のようです。
 タカのクラスにも、外来語風のよく分からない名前の生徒はいるし、今どきは別におかしな名前ではないのかもしれません。

 それよりも、タカの「ベルさんはどこの学校ですか?」といった質問に対する回答の方が不可解でした。

「ガッコウ…って、勉強するところだっけ?」
「…まあ…そうですね」
「わたしは勉強は全部ナルに見てもらっているから」
「ナル?ごきょうだい…とか?」
「ゴキョウダイ?ああ、アニとかアネとかのこと?よ」
「はあ…」

 言葉は一応通じてはいるようですが、いちいち解釈が独特というか、回答が想定外のものばかりです。
 とにかく学校には行っていないようですが、どんな事情があるのか分からないので、気を使うたちのタカはそれ以上は追及しませんでした。

「あの、僕は14歳で中2です。ベルさんは…」

 この聞き方なら、少なくとも年齢は教えてくれるだろうと思い、タカは投げかけました。

「14歳?わたしも多分それくらいよ」
「え…?」
「正確にはわかんない。ナルに聞くと、その日によって13歳とか17歳とか、まちまちなんだもの」

 それは確かに解せない話です。
 (ひょっとしたらベルさんは、いわゆる「不思議ちゃん」なのかもしれないな)と思ったものの、浮世離れした雰囲気にマッチしていたので、あまり鼻につくものではありませんでした。

 よくよく見ると、ベルはそこまで美しい少女というわけではありません。もちろん醜くはないのですが、顔立ち自体はむしろ平凡ともいえるものでした。
 それでいて、まとう雰囲気は絶世の美少女そのものだったので、タカはいつまでも緊張が取れません。

 高そうな茶器で淹れられた紅茶と、上等そうな焼き菓子。

 「ナルが焼いたマドレーヌ、おいしいでしょ。今日はマドレーヌが食べたいからってお願いしたんだよ」とベルは言いました。

 通された部屋は、壁紙も家具もシンブルで、掃除が行き届いているのが分かりました。
 何だかそういう雰囲気のカフェのようですが、男子中学生にはなじみの場所ではありません。

 タカは何だか胸騒ぎがしました。決して不愉快な場所ではないのに落ち着きませんでした。
 ベルは笑顔で話してくれますが、自分はここにいてはいけない人間なのではないかと思えました。

***

「ベル、もう起きていたの?」
「あ、ナル。おかえりなさい」

 タカは部屋のドアを後ろにしたソファに腰かけていたので、ドアの開く音と深くなめらかな声を、背後に察知しました。

 いすから立ち上がって挨拶をしようと振り向くと、長身で長い髪を後ろでまとめた美青年が立っていました。
 この人がベルのいう「ナル」なのだろうと、すぐに分かりました。

「初めまして…あの、僕は…」
「この子は“タカ”よ。いろいろお話しして楽しかったの」
 ベルはそう言いながら、ナルの腕に自分の腕を絡ませ、少し興奮気味に話し始めました。

「タカ君?」
「14歳でチュウニなんだって。ガッコウの話とかもしてくれたの」
「そう…」
「今日もお昼寝しちゃったんだけど、ナルが帰ってくる前に目が覚めたから、本を読んでいたの。そこにタカが来てくれて、お話相手になってくれたから…」
「なるほど…」
「お茶、ナルのやっているのをまねして淹れてみたの。ねえ、うまく淹れられたかしら?」

 ベルはタカに質問したようで、ちらりとタカの方に目を配りました。

「あ、の、おいしかった…です」

 タカはあまり紅茶を飲まないので、うまいもまずいも正直分かっていませんでしたが、ベルのおもてなしはうれしく思ったので、感謝のつもりでそう答えました。

「それならよかったわ。でもね、ナルの淹れるお茶はもっとおいしいんだよ」
「は、あ…」

 頭身の高いナルは、じっとタカを見下ろすようにしながら、全く質問すらしてきません。
 タカはさすがにきまり悪さを感じて、「あの、僕、お邪魔しました」と帰ろうしました。
 するとナルが、「待ってくれないか、タカ君」とやっと声をかけ、こう付け加えました。

「口直しというのもおかしいが、私の淹れたお茶もごちそうしよう。私の部屋に来てくれないか?」
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