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黒い手と赤い耳
ママみたいに
しおりを挟む実家の親や姉の手なども大分かりたし、保育園や学童保育にも、もちろんお世話になりまくった。
だから「男手一つで育てた」などと胸を張るほどでもないが、早弓は元気に大きく成長した。
そして徐々に自分から「ママの写真が見たいな」などと言うようになった。
「ママってきれいだよね。でも、どうしていつも髪が短かったの?」
ショートヘアの女性はよくいると思うが、さゆみはまだ世界の狭い子供だ。自分の身近にあまり短くしている女性や少女がいないので、そんな感想を持ったらしい。
「知り合ったばかりときはもう少し長かったんだけど、一度短く切ったとき似合ってるねって褒めたら、それからは毎月カットするようになった――んだったかな?」
早紀が20歳、俺が19歳で知り合ったときは、ちょうど今の早弓ぐらいの長さだったのではないかと思う。
曖昧だった記憶が、人に話すことで輪郭がはっきりすることはよくある。
あのとき俺はたしか、「早紀さんは耳がかわいいから、髪が短い方がいいね」と言ったのではないか。そうだ、たしかそんな感じだった。
10歳の早弓の髪はセミロングで、これはこれでよく似合っている。
「私もママみたいにしたら、似合うかな?」
早弓が自分の髪を後ろで結ぶように束ねたら、小さな耳があらわになった。
早紀は顔立ちが整っていたので、目鼻立ちを褒められることは多かったが、「耳を褒められるのは初めてだ」と言って喜んでいたはずだ。実際かわいいと思ったことは事実だが、それは「早紀の耳だからかわいいと思った」にすぎない。
ついでに言うと、「こんなことを言ったら、早紀のことが好きなライバルに差をつけられるのでは?」という嫌らしい計算も少しだけあった。
何にせよ、俺に褒められたことで、その後、早紀が完全なショートヘア派になったことに違いない。
自分の意思ではないとはいえ、今は俺と早弓のそばにいてくれない早紀に、少しも恨めしいものを抱えていないわけではない。せめてこの程度のうぬぼれを持っていても、大目に見てほしいものだ。
「早弓の耳もかわいいな。ママそっくりだ」
「本当?じゃ、私も短くしようかな」
「髪を切らなくても、耳を出しておくことはできるだろう?」
「短くしたいの、ママみたいに」
「そうか。じゃ、次の日曜、散髪しに行こうか」
「やった!」
今日びの10歳の女の子なら、美容院の方がいいのかもしれないと思ったが、俺は行きつけの理髪店に早弓を連れていった。店には女性のスタッフもいるので、何とかなるだろう。
実際行ってみると、「顔ぞりしたいという理由で、大人になっても理髪店を選ばれる女性もいますし」と言われ、安心してお任せした。
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