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1章
第29話 赤い封蝋
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「はぁああああっ」
力を込めて勢いよくナイフを振るえば、眼前に迫っていた白刃と衝突し火花が散る。
一撃、二撃と自分の出来る限り最速で、最短距離の斬撃を放つが、たやすくいなされた。
「ほら、どうしたどうした!」
上下左右から繰り出される刀による斬撃は、美しい円弧の軌跡を描いて絶え間なく続いていく。
攻撃の切れ目は無く、防戦一方……だが、勝つ為には前に出るしかない。
両足に力を込めて魔力を爆発させると、足元の地面を抉りながら最速の一撃を放つ。
「しっ」
相手の胴目掛けて一閃された、オレの今出せる最速、最高の一撃――。
「――あめぇな」
しかしその斬撃は返ってきた刀に易々と受け止められると、逆にはじき返され、胴ががら空きになってしまう。
まずい! そう思った直後には、喉元に刀を添えられていた。
「……」
大きく肩で息をしながら、こちらの気持ちなどお構いなしに照り付ける太陽を一度睨みつけた後、両手を上げて降伏する。
「参った」
オレがそう言うと、見ていた観客――騎士団の隊員からパラパラと拍手が上がった。
「ニシシ。本調子じゃないとはいえ、まだ負けないぜ」
肩をぐるぐると回しながら、ジェイが勝ち誇った笑みを見せる。
「……今のはワンチャンあったと思ったんだけどな」
刃引きしたナイフの状態を確認し、腰に挿した後思わずため息を吐いた。
「まだまだオレに勝とうなんざ早いぜ。後5年は負ける気ねぇからな」
「ったく、相変わらず大人気ないなジェイ」
思わず憎まれ口を言うけれど、ジェイはどこ吹く風と言う様子で口笛を吹いていた。
「セン、お疲れ様」
背後から澄んだ声を掛けられて振り返って見れば、修道服に身を包んだユフィが水筒を手に持って立っていた。
「ありがとう……残念ながら、今日も負けたけどね」
「センが負けるのは、まぁしょうがないと思う。普段の訓練はあれだけど、なんだかんだでクロフォードさんは強いから」
「おいユフィ嬢ちゃん、それって褒めてる? それともけなしてる!?」
ジェイが目を見開きながらユフィに抗議するが、ユフィは涼しい顔で聞き流していた。
そんな光景を見て、周りに居た団員の先輩方は笑いながら各々の訓練に戻って行く。
――ユフィが騎士団に入団してから、3週間。
オレの体はすっかり良くなり――と言うか、魔力量だけなら以前よりも増えて、2週間前から既に騎士団の訓練に戻っていた。
ジェイはつい一昨日病院から退院したばかりだが、早速オレとの模擬戦に付き合ってくれている。
――強くなるには、強い人と戦うのが手っ取り早いからなぁ。
動きやテクニックでマネできる所はマネし、どう動くべきか判断に迷った場合は気軽に聞くことができるのがこの騎士団に所属したメリットの1つだ。
とはいえ、普段の訓練を幾ら頑張った所で急激に強くなれる訳も無く……あくまでも訓練は自力の強化といったところだ。
タイムリミットは、後5カ月。
伯爵たちを殺させないためには、まだまだ力が足りないし、このまま普通の訓練を続けた所で間に合うとも思えない。
だからこそオレは、ある策を練っていた。
一発逆転――とまではいかないけれど、急成長するための手段は確かにあるのだから……。
「そういえばセン、さっきレイ団長が団長室まで来て欲しいって言ってたよ」
ユフィから受け取った水筒の水を飲んでいると、思い出した様にそんな事を言ってきた。
「えっ、本当に!?」
「そんな事で、嘘をついてもしょうがないじゃない……」
半ば呆れた様子でユフィが見て来るけれど……団長からの呼び出しが来たという事は、恐らく例の件について何か動きがあったという事なんだろう。
「ちょっと、団長の所まで走って来る!」
そう言って一気に水を飲み干すと、ユフィに水筒を手渡して即座に隊舎へ足を向けた。
「えっ、そんなに焦るようなことなの?」
「いや、まぁ後で説明するよ! あと、水ありがとう!」
ユフィへ感謝だけ言うと、はやる気持ちを抑えられず、背を向けてその場から走り出した。
◇◇◇
団長室に向かって足を進めながら、オレは入院中に考えていた自分自身の強化計画を改めておさらいする。
大前提として、肉体的な強さは成長期という事もあって訓練していれば伸びていくけれど、状況を左右するほどの急成長はしないだろう。
であれば、強くなるために残された道は2つ――。
1つは、自身の持って居る武器を強くすること。
そしてもう1つは、新たな魔法を手に入れることだ。
だけど、ココで問題が1つ。
ゲーム内で登場していた強い武器の類は、殆どが主人公やヒロインの血や魔力に依存した専用装備だという事。
まぁ考えてみれば、当然だろう。
何せプレイヤーが操作するのは、主人公やヒロインだけであり……彼ら以外が装備する武器なんて出す必要が無いのだから。
故に、ゲーム知識を使って装備で強くなると言う線は正直厳しい。
なので、今回オレが考えたのは新しい魔法を習得する事。
ゲーム内で出てきたほぼ全ての魔法を知っているオレだけど、それを展開するために必要な魔法陣となると途端に記憶があやふやになって来る。
そのため、今回はゲーム内でのイベントに則って魔法の習得をしようという考えだ。
――ただ、それには幾つかの問題もあるんだけどなぁ……。
そんな事を考えている間に、団長室の前へと到着したので、一度大きく深呼吸した後に扉をノックする。
「どうぞー」
少し疲れのみえる団長の声が帰って来たので、僅かに緊張しながら扉を開くと、山になった書類と格闘する団長の姿があった。
「あぁ、センか。もう来たんだね」
書類から視線を上げた団長の顔は、僅かにやつれているように見える。
「はい。お忙しい様なら、出直しましょうか?」
そう尋ねると、団長は首を横に振った。
「いや、いいよ。丁度区切りも良い所だし、センも早く結果を知りたいだろうしね」
僅かに微笑んだ団長は、分厚い一枚板で出来た机に備え付けられた引き出しから、封蝋《ふうろう》された大きな封筒を取り出す。
「センが突然あんな事を言い出した時にはどうしようかと思ったけど、ダメ元で送った書状の返事は返って来たよ。当然中身は見てないから結果は分からない……ただ」
「ただ……なんでしょう?」
団長にしては珍しく顔を曇らせながら、俺の方をジッと見て言葉を続ける。
「初めに話を聞いた時にも言ったけど、私の意見としてはもし仮に彼女が君の申し出を受け入れたとしても、彼女に魔法を教わりに行きたいと言うのは正直オススメできないかな」
難しい顔をした団長にそう言われて、思わずオレも苦笑いしてしまう。
オレも彼女から魔法を教わる事の、リスクの高さは分かっている。
だけど……何も差し出さずに手に入れる事が出来る力なんて、多分ない。
しかも、今回手に入れたい力は大きなものな訳で……当然、そのリスクは比例して大きくなる。
「それでもオレは、皆を守れる力が欲しいんです」
腹の底から声を出し、決して団長から目をそらさずにハッキリと自分の意思を告げた。
「……はぁ、分かったよ。ただ、もし仮に彼女の気まぐれで魔法が教われる事になったとしたら、キチンと君が守りたいと言っていた人たちには説明するんだよ?」
そう言いながら団長は、封筒を俺の方へと差し出してくれる。
「分かりました。もしその時には、きちんと説明します」
ナナ、ミヨコ姉、ユフィ……皆は反対するかもしれないけど、羽を使わずに――少しでも長く皆と一緒に生きるためには、これが最善だと信じる。
深く、大きく深呼吸した後に手に持った封筒を目線の高さまで持ち上げる。
するとそこには精緻なコウモリを模した赤い、血の様に赤い封蝋が施されていた。
「お願いしますっ」
祈りを込めて封蝋をはがし、中から勢いよく書類を取り出すと、ソコに書かれていたのは――条件付きで魔法を教えても良いという内容だった。
力を込めて勢いよくナイフを振るえば、眼前に迫っていた白刃と衝突し火花が散る。
一撃、二撃と自分の出来る限り最速で、最短距離の斬撃を放つが、たやすくいなされた。
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上下左右から繰り出される刀による斬撃は、美しい円弧の軌跡を描いて絶え間なく続いていく。
攻撃の切れ目は無く、防戦一方……だが、勝つ為には前に出るしかない。
両足に力を込めて魔力を爆発させると、足元の地面を抉りながら最速の一撃を放つ。
「しっ」
相手の胴目掛けて一閃された、オレの今出せる最速、最高の一撃――。
「――あめぇな」
しかしその斬撃は返ってきた刀に易々と受け止められると、逆にはじき返され、胴ががら空きになってしまう。
まずい! そう思った直後には、喉元に刀を添えられていた。
「……」
大きく肩で息をしながら、こちらの気持ちなどお構いなしに照り付ける太陽を一度睨みつけた後、両手を上げて降伏する。
「参った」
オレがそう言うと、見ていた観客――騎士団の隊員からパラパラと拍手が上がった。
「ニシシ。本調子じゃないとはいえ、まだ負けないぜ」
肩をぐるぐると回しながら、ジェイが勝ち誇った笑みを見せる。
「……今のはワンチャンあったと思ったんだけどな」
刃引きしたナイフの状態を確認し、腰に挿した後思わずため息を吐いた。
「まだまだオレに勝とうなんざ早いぜ。後5年は負ける気ねぇからな」
「ったく、相変わらず大人気ないなジェイ」
思わず憎まれ口を言うけれど、ジェイはどこ吹く風と言う様子で口笛を吹いていた。
「セン、お疲れ様」
背後から澄んだ声を掛けられて振り返って見れば、修道服に身を包んだユフィが水筒を手に持って立っていた。
「ありがとう……残念ながら、今日も負けたけどね」
「センが負けるのは、まぁしょうがないと思う。普段の訓練はあれだけど、なんだかんだでクロフォードさんは強いから」
「おいユフィ嬢ちゃん、それって褒めてる? それともけなしてる!?」
ジェイが目を見開きながらユフィに抗議するが、ユフィは涼しい顔で聞き流していた。
そんな光景を見て、周りに居た団員の先輩方は笑いながら各々の訓練に戻って行く。
――ユフィが騎士団に入団してから、3週間。
オレの体はすっかり良くなり――と言うか、魔力量だけなら以前よりも増えて、2週間前から既に騎士団の訓練に戻っていた。
ジェイはつい一昨日病院から退院したばかりだが、早速オレとの模擬戦に付き合ってくれている。
――強くなるには、強い人と戦うのが手っ取り早いからなぁ。
動きやテクニックでマネできる所はマネし、どう動くべきか判断に迷った場合は気軽に聞くことができるのがこの騎士団に所属したメリットの1つだ。
とはいえ、普段の訓練を幾ら頑張った所で急激に強くなれる訳も無く……あくまでも訓練は自力の強化といったところだ。
タイムリミットは、後5カ月。
伯爵たちを殺させないためには、まだまだ力が足りないし、このまま普通の訓練を続けた所で間に合うとも思えない。
だからこそオレは、ある策を練っていた。
一発逆転――とまではいかないけれど、急成長するための手段は確かにあるのだから……。
「そういえばセン、さっきレイ団長が団長室まで来て欲しいって言ってたよ」
ユフィから受け取った水筒の水を飲んでいると、思い出した様にそんな事を言ってきた。
「えっ、本当に!?」
「そんな事で、嘘をついてもしょうがないじゃない……」
半ば呆れた様子でユフィが見て来るけれど……団長からの呼び出しが来たという事は、恐らく例の件について何か動きがあったという事なんだろう。
「ちょっと、団長の所まで走って来る!」
そう言って一気に水を飲み干すと、ユフィに水筒を手渡して即座に隊舎へ足を向けた。
「えっ、そんなに焦るようなことなの?」
「いや、まぁ後で説明するよ! あと、水ありがとう!」
ユフィへ感謝だけ言うと、はやる気持ちを抑えられず、背を向けてその場から走り出した。
◇◇◇
団長室に向かって足を進めながら、オレは入院中に考えていた自分自身の強化計画を改めておさらいする。
大前提として、肉体的な強さは成長期という事もあって訓練していれば伸びていくけれど、状況を左右するほどの急成長はしないだろう。
であれば、強くなるために残された道は2つ――。
1つは、自身の持って居る武器を強くすること。
そしてもう1つは、新たな魔法を手に入れることだ。
だけど、ココで問題が1つ。
ゲーム内で登場していた強い武器の類は、殆どが主人公やヒロインの血や魔力に依存した専用装備だという事。
まぁ考えてみれば、当然だろう。
何せプレイヤーが操作するのは、主人公やヒロインだけであり……彼ら以外が装備する武器なんて出す必要が無いのだから。
故に、ゲーム知識を使って装備で強くなると言う線は正直厳しい。
なので、今回オレが考えたのは新しい魔法を習得する事。
ゲーム内で出てきたほぼ全ての魔法を知っているオレだけど、それを展開するために必要な魔法陣となると途端に記憶があやふやになって来る。
そのため、今回はゲーム内でのイベントに則って魔法の習得をしようという考えだ。
――ただ、それには幾つかの問題もあるんだけどなぁ……。
そんな事を考えている間に、団長室の前へと到着したので、一度大きく深呼吸した後に扉をノックする。
「どうぞー」
少し疲れのみえる団長の声が帰って来たので、僅かに緊張しながら扉を開くと、山になった書類と格闘する団長の姿があった。
「あぁ、センか。もう来たんだね」
書類から視線を上げた団長の顔は、僅かにやつれているように見える。
「はい。お忙しい様なら、出直しましょうか?」
そう尋ねると、団長は首を横に振った。
「いや、いいよ。丁度区切りも良い所だし、センも早く結果を知りたいだろうしね」
僅かに微笑んだ団長は、分厚い一枚板で出来た机に備え付けられた引き出しから、封蝋《ふうろう》された大きな封筒を取り出す。
「センが突然あんな事を言い出した時にはどうしようかと思ったけど、ダメ元で送った書状の返事は返って来たよ。当然中身は見てないから結果は分からない……ただ」
「ただ……なんでしょう?」
団長にしては珍しく顔を曇らせながら、俺の方をジッと見て言葉を続ける。
「初めに話を聞いた時にも言ったけど、私の意見としてはもし仮に彼女が君の申し出を受け入れたとしても、彼女に魔法を教わりに行きたいと言うのは正直オススメできないかな」
難しい顔をした団長にそう言われて、思わずオレも苦笑いしてしまう。
オレも彼女から魔法を教わる事の、リスクの高さは分かっている。
だけど……何も差し出さずに手に入れる事が出来る力なんて、多分ない。
しかも、今回手に入れたい力は大きなものな訳で……当然、そのリスクは比例して大きくなる。
「それでもオレは、皆を守れる力が欲しいんです」
腹の底から声を出し、決して団長から目をそらさずにハッキリと自分の意思を告げた。
「……はぁ、分かったよ。ただ、もし仮に彼女の気まぐれで魔法が教われる事になったとしたら、キチンと君が守りたいと言っていた人たちには説明するんだよ?」
そう言いながら団長は、封筒を俺の方へと差し出してくれる。
「分かりました。もしその時には、きちんと説明します」
ナナ、ミヨコ姉、ユフィ……皆は反対するかもしれないけど、羽を使わずに――少しでも長く皆と一緒に生きるためには、これが最善だと信じる。
深く、大きく深呼吸した後に手に持った封筒を目線の高さまで持ち上げる。
するとそこには精緻なコウモリを模した赤い、血の様に赤い封蝋が施されていた。
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