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担任の先生の横に立ち、クラスを見渡す。珍しい転校生に興味を示す視線が、あちこちから注がれている。
「えっと、ぼくは佐伯直人です。これから、よろしくお願いします」
今日は始業式、ぼくにとって新しい学校へ初めて登校する日だった。担任の先生に促される形で挨拶をすると、パチパチと拍手が起こった。
どんな反応をされるのか不安だったけれど、みんなぼくを歓迎してくれた。次々と質問が飛んできて、それに答えているうちに緊張感はなくなっていった。
どうして転校してきたの?
前の学校はどんなところだったの?
好きなスポーツは?
ぼくはホッとした。これならきっとすぐに友達もできそうだと思った。
ぼくは何かに怯えたいたのかもしれない。そう、あの日に起こった出来事についてきかれるとか。
この町に来てから何か不思議な体験をしなかった?
そんな質問は一切出なかった。
あくまでもみんなが興味を持っていたのはぼくの過去だった。
その後もクラスのみんなは積極的に話しかけてくれたので、ぼくはすぐに教室に馴染むことができた。
つい聞いてしまいたい衝動にかられたことは否定はできなかった。
ねぇ、この町には棺桶を引きずる女の子がいるの?
そんなことを質問してしまったら、ぼくは変な目でみられ、みんなが一気に離れていってしまう気がした。だから実際に聞くことはできなかった。
あの日起こったことはまだ両親にも話してはいない。
棺桶を引きずる女の子なんて、いるはずはないから。
あれはきっと幻かなにかだったんだ。混乱したぼくはあるはずのないものを見てしまった。きっとそうだ。はっきりとあのときのことは頭には残っているけど、そう思うしかない。
始業式が終わり、早めに学校は終わる。
帰り道も、ぼくはひとりじゃなかった。家が近所だというクラスメイトと一緒に帰ることになった。男女の二人で、一人は内田恵太くん。もう一人が早坂里英ちゃんだ。
家に向かって歩いている間、ぼくはずっと質問をされていた。前の町がどんなところだったのかということをたくさん聞かれた。学校でも似たようなことを聞かれていて、そのたびにぼくは同じような答えを返すのだけれど、何度聞いても飽きないらしかった。
そうして繰り返し質問をされて、答えを返すために昔のことを思い出しているうちに、ぼくの中には奇妙な違和感みたいなのが浮かび上がってきた。
それはぼくの語っている過去というものが本当にぼくのものなのだろうか、というものだった。
過去に存在するいつかのぼくを振り返っていると、なんだか、それが自分のことのように思えなくなることがある。まるで、映画とかテレビの映像みたいで、その前後の記憶もはっきりと思い出すことができない。
誰か別の人の目を通して過去を覗いているよう、そんな感じもする。
これも引っ越してきた影響かな。
新しい町のことばかり考えすぎて、以前のことを忘れようとしている?わからない。ぼくはまだ子供だし、物忘れをするような年齢でもない。
なら、どうしてはっきりと思い出すことができないんだろう。
ぼくはそんなモヤモヤを振り払うように二人に質問をした。学校ではみんなに囲まれていたから答えるほうばかりだったけれど、いまは三人しかいない。落ち着いてたずねることができる。
恵太くんの趣味は漫画を読むこと。ぼくの知らない漫画をたくさん知っていて、ぼくが気に入りそうな漫画をいくつも紹介してくれた。
恵太くんにはお姉さんもいるそう。いまは高校生で、少し年齢が離れている。思春期の時期なので、いまはイライラしていることが多いみたいだけど、普段はとても優しいお姉さんらしい。
里英ちゃんはぼくと同じ一人っ子。歌やダンスが大好きで、将来は歌手かアイドルになりたいらしい。
その流れでぼくの将来の夢、というものを聞かれた。
ぼくには夢らしい夢がない。小学生くらいなら当然だと思う。具体的な未来を描けるほどの経験はない。だからそういう答えを返したら、里英ちゃんはおかしそうに笑った。
「なんだか佐伯くん、大人みたいだよね」
「そう?」
「うん。わたしの親も似たようなことを言ってたよ。アイドルになりたいって言ったら、もっといろんな経験をしてから判断したほうがいいって」
不思議な対応だな、とぼくは思った。親なら普通は子供の夢を応援するもの。小学生ならなおさら細かいことは言わないはずなのに。
「それってたぶん、事件があったからだよ」
恵太くんが思い出したように言った。
「事件?」
「この前、アイドルの女の子が自殺したんだよ。グループのメンバーからいじめられたからじゃないかって言われてるんだ。それで里英ちゃんの親は不安になったんだと思う」
自殺、という言葉を聞いたとき、ぼくの頭にはなぜかあの映像が浮かんだ。棺桶を引いた女の子。
ぼくの自宅が目に入る。頭を振って、ぼくは余計な考えを振り払った。ここで二人と別れることになるから、ちゃんと挨拶をしないといけない。
「じゃあ、ここがぼくの家だから。さよなら」
「うん、じゃあね」
「また明日」
手を振って立ち去ろうとする二人。そのとき、ぼくは突然、やっぱりあのことについて聞いてみようかな、と思った。
わかってはいる。棺桶を引きずる女の子なんていないことは。
でもだからこそ、親しくなった友達にちゃんと否定してもらって、安心したいなと考えた。このままだとひとりで全部抱え込んで、苦しむような気がしたから。
「あ、ちょっと待って」
ぼくの呼び声に、二人は立ち止まった。
「そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何?」
「この前、春休みのことなんだけど、こっちに来た翌日、変な女の子にあったんだ」
「え?」
そういって、恵太くんと里英ちゃんは顔を見合わせた。
「この辺の地理を頭に入れておこうと思って町を歩いていたら、ちょっと迷子になったんだ。それで暗い中、うろうろしていたら、棺桶を引いた女の子と出会ったんだよね」
あのとき、ぼくは固まったまま、身動きすることができなかった。棺桶を引きずった少女は気づいたらいなくなっていた。
「……」
恵太くんと里英ちゃんはなんだか難しそうな顔をしている。やっぱり変な人だと思われたのかもしれない。
「そう、だよね。そんなことあり得ないよね」
ぼくは冗談であることを強調するように笑った。
二人は少しも笑わなかった。
「ごめん、いまのは聞かなかったことにして。ちょっと混乱していただけだから」
そう言ってぼくが玄関に向かおうとすると、
「それはきっと、棺桶少女だよ」
そう恵太くんが言った。
「棺桶少女?」
ぼくは立ち止まって聞き返した。恵太くんが普通に反応したことにぼくは驚いていた。
棺桶少女、聞いたこともない単語を恵太くんは口にした。まあ、そのままではあるけれど、そういう概念が存在していることは間違いがなさそうだった。
「うん。この町の伝説みたいなものなんだけど」
「伝説?」
どういうことなのだろう?
伝説というのは都市伝説みたいなもので、学生の間だけで流行しているもの?
でも都市伝説というのは噂にすぎないわけだから、ぼくが「見た」というのを納得しているのには違和感がある。
この町に伝わる昔話だとしても同じこと。
もし影も形もないものなら、真剣に受けとることはしないはず。
笑い飛ばすくらいの反応があってもいいはずなのに、恵太くんも里英ちゃんも、なにか気まずそうな雰囲気を出している。
「でも、ぼくは実際に棺桶少女に会ったんだけど」
「……」
「それってどういう話なの?」
「興味あるの?」
「うん。あれが現実かどうかを確かめたいんだ」
「それは、知らない方がいいと思う」
「どうして?」
「だって佐伯くん、この町の人じゃないよね」
「うん」
「じゃあ、あまり深く考えない方がいいよ」
突き放すような言い方だった。
「でも、ぼくはもしかしたらずっとここで暮らすかもしれない。ここのことを詳しく知りたいと思うのは当然だと思うんだけど」
「それはそうだけど」
恵太くんは明らかに言いにくそうにしている。なにが原因なのかはわからないけれど、深く追及してもらうのは困る、そんな印象を受けた。
「棺桶少女って現実に存在しているものなの?どうなの?」
それでもぼくは質問を続けた。話をしているうちに知りたいという欲望がどんどん強くなっていった。
そのとき、ふいに玄関のドアが開いてお母さんが姿を見せた。声の調子で異変を感じとったのかもしれない。
恵太くんと里英ちゃんの二人は、ぼくがお母さんのほうをみている間にその場を離れた。慌てた様子で立ち去るその後ろ姿を、ぼくはしばらく眺めていた。
「えっと、ぼくは佐伯直人です。これから、よろしくお願いします」
今日は始業式、ぼくにとって新しい学校へ初めて登校する日だった。担任の先生に促される形で挨拶をすると、パチパチと拍手が起こった。
どんな反応をされるのか不安だったけれど、みんなぼくを歓迎してくれた。次々と質問が飛んできて、それに答えているうちに緊張感はなくなっていった。
どうして転校してきたの?
前の学校はどんなところだったの?
好きなスポーツは?
ぼくはホッとした。これならきっとすぐに友達もできそうだと思った。
ぼくは何かに怯えたいたのかもしれない。そう、あの日に起こった出来事についてきかれるとか。
この町に来てから何か不思議な体験をしなかった?
そんな質問は一切出なかった。
あくまでもみんなが興味を持っていたのはぼくの過去だった。
その後もクラスのみんなは積極的に話しかけてくれたので、ぼくはすぐに教室に馴染むことができた。
つい聞いてしまいたい衝動にかられたことは否定はできなかった。
ねぇ、この町には棺桶を引きずる女の子がいるの?
そんなことを質問してしまったら、ぼくは変な目でみられ、みんなが一気に離れていってしまう気がした。だから実際に聞くことはできなかった。
あの日起こったことはまだ両親にも話してはいない。
棺桶を引きずる女の子なんて、いるはずはないから。
あれはきっと幻かなにかだったんだ。混乱したぼくはあるはずのないものを見てしまった。きっとそうだ。はっきりとあのときのことは頭には残っているけど、そう思うしかない。
始業式が終わり、早めに学校は終わる。
帰り道も、ぼくはひとりじゃなかった。家が近所だというクラスメイトと一緒に帰ることになった。男女の二人で、一人は内田恵太くん。もう一人が早坂里英ちゃんだ。
家に向かって歩いている間、ぼくはずっと質問をされていた。前の町がどんなところだったのかということをたくさん聞かれた。学校でも似たようなことを聞かれていて、そのたびにぼくは同じような答えを返すのだけれど、何度聞いても飽きないらしかった。
そうして繰り返し質問をされて、答えを返すために昔のことを思い出しているうちに、ぼくの中には奇妙な違和感みたいなのが浮かび上がってきた。
それはぼくの語っている過去というものが本当にぼくのものなのだろうか、というものだった。
過去に存在するいつかのぼくを振り返っていると、なんだか、それが自分のことのように思えなくなることがある。まるで、映画とかテレビの映像みたいで、その前後の記憶もはっきりと思い出すことができない。
誰か別の人の目を通して過去を覗いているよう、そんな感じもする。
これも引っ越してきた影響かな。
新しい町のことばかり考えすぎて、以前のことを忘れようとしている?わからない。ぼくはまだ子供だし、物忘れをするような年齢でもない。
なら、どうしてはっきりと思い出すことができないんだろう。
ぼくはそんなモヤモヤを振り払うように二人に質問をした。学校ではみんなに囲まれていたから答えるほうばかりだったけれど、いまは三人しかいない。落ち着いてたずねることができる。
恵太くんの趣味は漫画を読むこと。ぼくの知らない漫画をたくさん知っていて、ぼくが気に入りそうな漫画をいくつも紹介してくれた。
恵太くんにはお姉さんもいるそう。いまは高校生で、少し年齢が離れている。思春期の時期なので、いまはイライラしていることが多いみたいだけど、普段はとても優しいお姉さんらしい。
里英ちゃんはぼくと同じ一人っ子。歌やダンスが大好きで、将来は歌手かアイドルになりたいらしい。
その流れでぼくの将来の夢、というものを聞かれた。
ぼくには夢らしい夢がない。小学生くらいなら当然だと思う。具体的な未来を描けるほどの経験はない。だからそういう答えを返したら、里英ちゃんはおかしそうに笑った。
「なんだか佐伯くん、大人みたいだよね」
「そう?」
「うん。わたしの親も似たようなことを言ってたよ。アイドルになりたいって言ったら、もっといろんな経験をしてから判断したほうがいいって」
不思議な対応だな、とぼくは思った。親なら普通は子供の夢を応援するもの。小学生ならなおさら細かいことは言わないはずなのに。
「それってたぶん、事件があったからだよ」
恵太くんが思い出したように言った。
「事件?」
「この前、アイドルの女の子が自殺したんだよ。グループのメンバーからいじめられたからじゃないかって言われてるんだ。それで里英ちゃんの親は不安になったんだと思う」
自殺、という言葉を聞いたとき、ぼくの頭にはなぜかあの映像が浮かんだ。棺桶を引いた女の子。
ぼくの自宅が目に入る。頭を振って、ぼくは余計な考えを振り払った。ここで二人と別れることになるから、ちゃんと挨拶をしないといけない。
「じゃあ、ここがぼくの家だから。さよなら」
「うん、じゃあね」
「また明日」
手を振って立ち去ろうとする二人。そのとき、ぼくは突然、やっぱりあのことについて聞いてみようかな、と思った。
わかってはいる。棺桶を引きずる女の子なんていないことは。
でもだからこそ、親しくなった友達にちゃんと否定してもらって、安心したいなと考えた。このままだとひとりで全部抱え込んで、苦しむような気がしたから。
「あ、ちょっと待って」
ぼくの呼び声に、二人は立ち止まった。
「そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何?」
「この前、春休みのことなんだけど、こっちに来た翌日、変な女の子にあったんだ」
「え?」
そういって、恵太くんと里英ちゃんは顔を見合わせた。
「この辺の地理を頭に入れておこうと思って町を歩いていたら、ちょっと迷子になったんだ。それで暗い中、うろうろしていたら、棺桶を引いた女の子と出会ったんだよね」
あのとき、ぼくは固まったまま、身動きすることができなかった。棺桶を引きずった少女は気づいたらいなくなっていた。
「……」
恵太くんと里英ちゃんはなんだか難しそうな顔をしている。やっぱり変な人だと思われたのかもしれない。
「そう、だよね。そんなことあり得ないよね」
ぼくは冗談であることを強調するように笑った。
二人は少しも笑わなかった。
「ごめん、いまのは聞かなかったことにして。ちょっと混乱していただけだから」
そう言ってぼくが玄関に向かおうとすると、
「それはきっと、棺桶少女だよ」
そう恵太くんが言った。
「棺桶少女?」
ぼくは立ち止まって聞き返した。恵太くんが普通に反応したことにぼくは驚いていた。
棺桶少女、聞いたこともない単語を恵太くんは口にした。まあ、そのままではあるけれど、そういう概念が存在していることは間違いがなさそうだった。
「うん。この町の伝説みたいなものなんだけど」
「伝説?」
どういうことなのだろう?
伝説というのは都市伝説みたいなもので、学生の間だけで流行しているもの?
でも都市伝説というのは噂にすぎないわけだから、ぼくが「見た」というのを納得しているのには違和感がある。
この町に伝わる昔話だとしても同じこと。
もし影も形もないものなら、真剣に受けとることはしないはず。
笑い飛ばすくらいの反応があってもいいはずなのに、恵太くんも里英ちゃんも、なにか気まずそうな雰囲気を出している。
「でも、ぼくは実際に棺桶少女に会ったんだけど」
「……」
「それってどういう話なの?」
「興味あるの?」
「うん。あれが現実かどうかを確かめたいんだ」
「それは、知らない方がいいと思う」
「どうして?」
「だって佐伯くん、この町の人じゃないよね」
「うん」
「じゃあ、あまり深く考えない方がいいよ」
突き放すような言い方だった。
「でも、ぼくはもしかしたらずっとここで暮らすかもしれない。ここのことを詳しく知りたいと思うのは当然だと思うんだけど」
「それはそうだけど」
恵太くんは明らかに言いにくそうにしている。なにが原因なのかはわからないけれど、深く追及してもらうのは困る、そんな印象を受けた。
「棺桶少女って現実に存在しているものなの?どうなの?」
それでもぼくは質問を続けた。話をしているうちに知りたいという欲望がどんどん強くなっていった。
そのとき、ふいに玄関のドアが開いてお母さんが姿を見せた。声の調子で異変を感じとったのかもしれない。
恵太くんと里英ちゃんの二人は、ぼくがお母さんのほうをみている間にその場を離れた。慌てた様子で立ち去るその後ろ姿を、ぼくはしばらく眺めていた。
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