津波の魔女

パプリカ

文字の大きさ
上 下
4 / 24

4

しおりを挟む
「どうした直人、元気がないな」

お父さんが食事の手を止めて言った。
棺桶少女、という言葉がずっと頭から離れず、夕御飯を食べるときになっても食欲はあまりわかなかった。箸を持ったまま考え込むこともあって、両親からは不思議がられた。

「きっと、転校初日だからいろいろと緊張したのよ」

お母さんが軽く笑って言う。

「そうか。見知らぬ土地だからな。馴染むのは簡単じゃないよな」
「あなたのほうはどうなの?こっちではうまくやれてるの?」
「いまのところなにも問題はないよ。見知った顔もいるし、自然と溶け込めていると思う。そういえば昼食のときにさーー」

棺桶少女がもしも昔話のなにかだったら、この町出身のお母さんも知っているかもしれない。

でもーー。

あの二人の反応を見たら、簡単には聞けない。もしも言いにくいことだった、お母さんも困ってしまうかもしれない。
だって伝説というくらいなら、お母さんが子供の頃にもあった話である可能性も高いから。

お母さんにはいまのところ、おかしな様子はない。いままでと同じように家事をこなしているし、体調もよさそうだった。

辛い過去のある町に戻ってきたから、どこか異変が生じてもおかしくないと警戒していたけれど、いまのところは平穏な日が続いている。

やっぱり過去に繋がるようなことは聞けない。もしお母さんが棺桶少女を知っていたらたぶん子供のときのことを思い出す。

一部だけを取り出すことはできない。
他の記憶も同時によみがえってしまうはず。それがきっかけでお母さんが苦しむようなことはしたくない。

お父さんだって過去の話題は避けているように思う。少なくともぼくの前ではそんな話をしない。いまだってそう。会社での出来事とか自分の話がメインになっている。

ぼくは食事を終えてすぐに部屋に戻り、ベッドに横になった。なんだか転校初日から疲れてしまった。
目を閉じると、思い浮かぶのは棺桶を引いた女の子。そしてそれに混ざるようにして困惑する恵太くんと里英ちゃんの顔。

ご飯を食べた直後だったけれど、ぼくは眠気をまったく感じなかった。
しおりを挟む

処理中です...