津波の魔女

パプリカ

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翌日から、クラスのみんなはなんだかよそよそしくなった。

朝はそうでもなかった。学校に向かって通学路を歩いていると、気軽に声をかけてくれる同級生が何人もいた。

でも、お昼頃になるとぼくの周囲からみんながどんどんと距離を取るようになった。
完全に無視をされてるとかじゃなかっ
たけど、ぼくに積極的に話しかけてくる人はいなくなった。
元々あった友達関係が復活して、その中にぼくが入れない、という感じだった。

ぼくは戸惑った。
どうしてこんなことになったのかよくわからなかった。

帰り道も一人だった。恵太くんと里英ちゃんはぼくが教室を出る前に帰ってしまった。

何が原因なのだろう、とぼくは一人で帰りながら考えた。可能性として思い浮かぶのは昨日の会話くらいしかなかったけど。

棺桶少女、という言葉が出たとき、二人の様子は明らかにおかしくなった。それ以上のことを聞いてほしくないという空気みたいなものを出していた。

その話がクラス中に広まって、ぼくのことをみんなが警戒したというのが正しいのかな?
ぼくは棺桶少女に会った。
いまではそう確信している。

みんなが知っているということはあやふやな単なる噂の類いだとは思えない。
つまり棺桶少女は現実に存在していて、ぼくは偶然か必然か、こちらへとやってきた初日に出会ってしまった。

棺桶少女、というのはこの町の人にとっては不吉ななにか、なのかもれない。きっと出会うと不幸が訪れてしまうみたいな言い伝えがあって、それでぼくのことを恐れている、そんな感じなのかな。

実在する「なにか」なら、ぼくはこの棺桶少女というものから目をそらすことはできない。きちんとこれを向き合わなければ、ぼくはずっとひとりで過ごさないといけないような気がする。それはどうしても嫌。

あの女の子はなぜ棺桶を引きずっているのだろう。棺桶は死体を入れるもの。
自分で調べるしかないのかな。たとえば担任の先生に聞くとか、図書館でそれらしい本を読んでみるとか……。

「ねえ、ちょっと待ってよ」

ふいに聞こえた声に、ぼくは足を止めた。周囲を軽く見たけど、近くには誰も歩いてはいない。いまの声はぼくに向けられたものだと確信した。

振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。
見覚えのない女の子だった。
背丈からすると同じくらいの年齢だとは思うけど、少なくともクラスでは見たことがない。腰まである黒髪がやけに艶やかで、切り揃えた前髪はお人形さんのようだった。

「あなた、転校生の佐伯直人くんよね」
「そうだけど」
「ひとりで帰っているのね。転校生だからまだ友達ができていない?  それともなにかが原因で嫌われた?」

女の子はぼくは挑発するみたいな笑みを浮かべている。
見た目に反して、しゃべり方はなんだか大人びている。同級生の子とは違い、声の調子を自分でコントロールしているような感じがした。

「明らかに後者、よね。だって昨日はクラスで歓迎されている様子がわたしのところまで伝わってきたし、帰り道もひとりじゃなかった」

なんの目的でこの女の子はぼくに話しかけてきたのだろう?いまの話を聞く限りだとやっぱり同級生みたいではあるけど、寂しそうにしているぼくを心配して声をかけてきた、という感じはしなかった。

「たった一日で状況が変わってしまった。不思議よね。なにがあったのかしら。嫌われることなんてあなたはなにもしていないはずなのに」
「ぼくになにか用なの?」
「知りたくない?どうしてみんなの態度が突然変わったのかを」
「きみは知ってるの?」
「ええ、もちろん。それを教えてあげようかと思ってついてきたの」
「じゃあ、教えて」

そう言ってぼくは彼女が話すのを待ったけれど、その口はずっと閉じたままだった。ぼくたちが見つめあったまま、しばらく時は流れた。

「……教えてくれるんじゃなかったの?」
「ただ、というわけにはいかないわ。何事にも対価は必要だもの」
「お金がいるってこと?」
「わたしはそんな浅ましくはないわ」
そう言って女の子はぐいとぼくに近づいてきた。
「佐伯くん、あなた、あったらしいじゃない」
「な、なにと?」
ぼくは一歩後ずさって聞いた。
「棺桶少女、によ」
「棺桶、少女」
「クラスで話題になっていたわよ。噂の転校生があの棺桶少女に遭遇したって。これ、間違いじゃないのよね」
「う、うん」
「本当に本当なのね」
「そうだけど」

ぼくはさらに後ろに下がりながら腕を前につきだし、押し返すようにした。彼女がどんどんと距離を詰めてきたからだ。
「ところで、君は誰なの?」
「わたしは隣のクラスの久瀬美月。前から棺桶少女を探しているの」
「同級生、なんだね」
「そうよ」
「棺桶少女って存在しているものなの?ぼくは伝説かなにかだと聞いたんだけど」
彼女は人差し指だけをぼくに向けてきた。
「ひとつ確認。あなたが見たものは確実に棺桶少女で間違いないのね。後ろに引きずっていたのは死体を入れる棺桶なのね」
「う、うん。あれだけ大きければ見間違うことはないと思うけど」

ぼくが見た棺桶は、大人でも全身が軽く入るんじゃないかっていうくらいの大きさだった。それだけ大きなものをぼくたちと同じくらいの女の子が引きずってるなんてあらためておかしいなとぼくは思った。

「その女の子は小学生くらいで、黒い服を着ていたのね」
「うん」
「あなた、何か言われなかった?」
「何かって?」
「死んでみないか、なんてことを言われたんじゃない?」
「そういえば、確かに」

ぼくはうなずいた。一度死んでみませんか、そんなことを言われた。実は思い出したのはいま。棺桶の印象が強すぎてあの言葉はいままでどこかに行っていた。

「やっぱり。で、あなたはいったいなんて答えたの?まさか死にたいだなんて言ってないわよね」
「何も答えなかったよ。気づいたらいなくなってたし」
「それが懸命ね。あなたはこの町の生まれじゃない。その状態で棺桶に入ってたら、何が起こるかわからないもの」

この久瀬さんという女の子はどうやら棺桶少女について詳しく知っているらしい。いや、たぶん他のみんなも知っているのだろうけど、その「なにか」に怯えたりはしていないようだった。

なら、もっとここで色々と話を聞くべきかもしれない。これからの学校生活は長いし、早めにこのもやもやを解消しておきたい。

でも、この久瀬さんは対価が必要だと言った。それはお金ではないらしいけれど、すんなりと答えてくれるつもりはないようだった。

「何をすれば教えてくれるの?」
「別に特別なことを求めているわけではないな。条件はひとつだけ。それはーー」
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