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しおりを挟むそれで、その条件というのが今度の休みに一緒に出かける、というものだった。
どこへ行くのかは教えてはもらえなかった。
当日のお楽しみよ、と言われた。
ぼくとしてはもっととんでもないことを要求されるかもしれないという警戒感がないこともなかったので、その程度ならと納得した。
いまの状態では、予定なんか一切出来そうもないし。
そして当日、久瀬さんは予想よりもずっと早くにぼくの自宅にやってきた。
まだ朝の八時を回ったばかりだった。ぼくが朝御飯を食べ終えてからもそんなに時間は経ってはいなかった。
「ちょっと遠出するから、時間は余分にとっておいたほうがいいのよ」
と久瀬さんは言った。それを聞いてぼくはちょっと不安になった。今回は久瀬さんが一緒とはいえ、一度迷子を経験しているから、遠すぎるところは怖いなと思った。
「それで、目的地はどこなの?もう教えてくれてもいいんじゃない?」
「山のほうよ」
「山?登山でもするの?」
「山の中に建物があるのよ。目的地はそこね」
「なんの建物なの?」
「いちいち説明を求めない。行けばわかるわ。直接その建物を見ながら話したほうがより理解やすいと思って言ってるの」
「せめてどれくらいまで上るのかくらいは教えてほしいんだけれど」
もしもかなりの時間がかかるのなら、手ぶらではいけない。最低限飲み物くらいは持っていかないと危険だ。まだ夏前とはいえ、たくさん歩けば脱水症状だって起きてしまう。
「大丈夫よ。頂上まで上る訳じゃないから、なにを持っていく必要なんてないわ」
「本当に?」
「ずいぶんと疑い深いのね。それじゃどのみち、友達なんかできないわよ」
久瀬さんは誤解をしている。ぼくはこの辺りのことをよく知らないから不安を覚えただけなのに。
「とにかく行ってみればわかるわ。怖かったら途中で引き返したって構わないんだから」
「う、うん」
ぼくは家を出て、久瀬さんとともに山へと向かった。町の端のほうまで行くと、すぐ目の前には山がある。
それは険しい山というよりは森の一部分みたいで、なだらかな斜面が向こうへと伸びていた。
その斜面には一本の道が通っていた。きちんと整備された道路で、ガードレールはないけれど、歩道を示す白線はきっちりと引かれていた。
久瀬さんはそこを進んだ。ぼくは無言で後をついていった。ここにくるまでもずっとそう。会話らしい会話なんてなくて、とにかく目的地につくことだけを優先させていた。
久瀬さんは何度も来たことがあるらしく、途中の分かれ道でも迷うことなく進んでいった。最初は車の通りなんかもあったけれど、だんだんとそういうのもなくなり、静けさが辺りを支配していった。
「まだつかないの?」
ぼくは高い木々を眺めながら言った。まだこの山に入って三十分も経ってはいなかったけれど、なんだか周囲の雰囲気が不気味なものに変わっているような気がした。
「もう疲れたの? 前の町では車に乗ってばかりだったのね」
前の町、と言われてもぼくにはピンとこなかった。こちらへと引っ越してきてからなぜか、過去がどんどんと遠ざかっているような気がした。
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
「もう少しよ。男なら文句を言わずについてきなさい」
そうしてしばらく斜面をのぼると、木々に挟まれた道が急に途切れ、開けた敷地が唐突に広がった。
そこには洋館が建っていた。三階建てで、壁は白かった。
鉄柵の門が閉まっているので、中には入れなかった。門から建物までも結構距離があるのから正確なところはわからないけど、ぼくの目には誰も住んではいないように見えた。
庭には雑草が生い茂っていたし、全体的に重そうな空気が漂っていて、人の気配は全く感じられなかった。
「ここ、なの?久瀬さんが連れてきたかったところというのは?」
「そうよ。佐伯くんはこの建物を見て、なにか感じる?」
ぼくはじっとその建物を見た。単なる洋館、には見えなかった。具体的にどこがどう違うのかはわからなかったけれど、簡単には触れられないような心の奥底にある小さな塊が揺さぶられるような気がした。
「よくわからないけど、普通の建物には見えないね」
「そうね。ここは特別な場所だもの」
「ここってなんなの?」
「ここは棺桶少女が生まれた場所なのよ」
久瀬さんは建物を見ながら、言った。
「ここで棺桶少女が?」
「そう。あの日、大きな地震が起こったあの日、棺桶少女は生まれたのよ」
そうして、久瀬さんは語り始めた。棺桶少女が生まれた経緯というものを。
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