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この日は一日中、お母さんのことが気にかかった。
授業もあんまり頭には入らなかった。それで先生に注意をされたりした。
今日、お父さんはお母さんを病院に連れていくと言っていた。大きな病院なので、前よりも詳しく調べられるという。
病院ではどんな診断が下されるのだろう。
お母さんがこれまで何かの病気にかかったようなことはないように思う。
そういう印象がぼくの中にはある。それは記憶とかそんなんじゃなくて、お母さんがそういう人だといまのぼくが思っているということだった。
学校を帰るついでにどこかに寄るなんていうことはないし、そういう誘いを受けることもない。ぼくはすぐに家に帰ると、会社を休んだお父さんが家の中にはいた。
「おお、直人、お帰り」
「うん、ただいま。お母さんは?」
「さっき病院から帰ってきたんだけど、いまは寝てるよ」
それを聞いて、ぼくはホッとした。病院にそのままいないということは、大きな病気ではないということだったから。
「よかった。お母さんはなんでもなかったんだね」
「いや、そういうわけでもなかったんだ」
「じゃあ、何かの病気だったの?」
「病気じゃないんだよ」
お父さんは少しだけ言いにくそうにした後、こう続けた。
「実は、お母さんは妊娠しているんだ」
「妊娠?」
「ああ」
妊娠、その言葉をぼくは頭の中で繰り返した。つまりぼくに弟か妹ができる。
「それが体調不良の原因だったみたいだな。妊娠するとそういうことはよく起こるから」
「もしかして、すぐに産まれるの?」
お母さんは体調を崩して寝ている。ということはお腹で赤ちゃんが大きくなっていて、出産が迫っているからかもしれない。
「いや、出産はまだ先なんだよ。お腹もまだ大きくなってないしな」
「じゃあ、男の子か女の子かもわからないんだね」
「そうだな。どっちかがわかるのは、もっと先になるだろうな」
ぼくは弟か妹が産まれるところを想像しようとした。全然出来なかった。
「嬉しくないのか?」
「え?」
「弟か妹ができて、直人もお兄ちゃんになるんだぞ」
「そう、だね」
嬉しいとか嬉しくないとか、そんなのとは何か違う感じがした。弟とか妹とか関係なく、新しい命が誕生するという事実が受け入れられないような気がした。
そういうことが起きるってこと自体が、何か、変なことのように思えた。なんていうか、この世界の常識とはそぐわないというか、子供が生まれることが普通のことではないような。
これも久瀬さんの影響かな。人魚のイメージが頭にこびりついているから、人間が子供を生むという流れを想像しにくくなっているのかもしれない。
「まあ、そんな想像してなかっただろうからな。驚くのも良くわかるよ。正直、父さんにもまさかって気持ちがあるんだ」
「……うん」
「お前にはまだ言ってなかったかな。父さんと母さんが結婚したのは大学生の頃なんだよ。お前が産まれたのも同じくらいなんだ。学生だった当時は不安のほうが大きくて、だから感動とかそんなのを感じる余裕はなかったんだ」
ぼくが生まれたとき、お父さんは就職活動の最中だったという。内定がなかなかもらえない状況で、だからぼくの誕生はお父さんにとっては重荷だった部分も否定できなかったらしい。
「この子のためにも頑張らないと、という焦りのほうが強くなってしまったんだな。あのときのことを思うといまも胃がキリキリしそうになるんだよ」
こんなことお前に言うべきじゃないのかもしれないけどな、とお父さんは申し訳なさそうに言った。
ううん、とぼくは言った。そういう気持ち、よくわかるよ。
「そうか。なら今度は一緒に喜ぼうな。名前だって一緒に考えられるしな」
「うん」
赤ちゃんが産まれる瞬間、ぼくはその場にはいないような気がした。
何かの根拠があるわけではないけど、どうしてもそういうイメージが出来なかったから。
授業もあんまり頭には入らなかった。それで先生に注意をされたりした。
今日、お父さんはお母さんを病院に連れていくと言っていた。大きな病院なので、前よりも詳しく調べられるという。
病院ではどんな診断が下されるのだろう。
お母さんがこれまで何かの病気にかかったようなことはないように思う。
そういう印象がぼくの中にはある。それは記憶とかそんなんじゃなくて、お母さんがそういう人だといまのぼくが思っているということだった。
学校を帰るついでにどこかに寄るなんていうことはないし、そういう誘いを受けることもない。ぼくはすぐに家に帰ると、会社を休んだお父さんが家の中にはいた。
「おお、直人、お帰り」
「うん、ただいま。お母さんは?」
「さっき病院から帰ってきたんだけど、いまは寝てるよ」
それを聞いて、ぼくはホッとした。病院にそのままいないということは、大きな病気ではないということだったから。
「よかった。お母さんはなんでもなかったんだね」
「いや、そういうわけでもなかったんだ」
「じゃあ、何かの病気だったの?」
「病気じゃないんだよ」
お父さんは少しだけ言いにくそうにした後、こう続けた。
「実は、お母さんは妊娠しているんだ」
「妊娠?」
「ああ」
妊娠、その言葉をぼくは頭の中で繰り返した。つまりぼくに弟か妹ができる。
「それが体調不良の原因だったみたいだな。妊娠するとそういうことはよく起こるから」
「もしかして、すぐに産まれるの?」
お母さんは体調を崩して寝ている。ということはお腹で赤ちゃんが大きくなっていて、出産が迫っているからかもしれない。
「いや、出産はまだ先なんだよ。お腹もまだ大きくなってないしな」
「じゃあ、男の子か女の子かもわからないんだね」
「そうだな。どっちかがわかるのは、もっと先になるだろうな」
ぼくは弟か妹が産まれるところを想像しようとした。全然出来なかった。
「嬉しくないのか?」
「え?」
「弟か妹ができて、直人もお兄ちゃんになるんだぞ」
「そう、だね」
嬉しいとか嬉しくないとか、そんなのとは何か違う感じがした。弟とか妹とか関係なく、新しい命が誕生するという事実が受け入れられないような気がした。
そういうことが起きるってこと自体が、何か、変なことのように思えた。なんていうか、この世界の常識とはそぐわないというか、子供が生まれることが普通のことではないような。
これも久瀬さんの影響かな。人魚のイメージが頭にこびりついているから、人間が子供を生むという流れを想像しにくくなっているのかもしれない。
「まあ、そんな想像してなかっただろうからな。驚くのも良くわかるよ。正直、父さんにもまさかって気持ちがあるんだ」
「……うん」
「お前にはまだ言ってなかったかな。父さんと母さんが結婚したのは大学生の頃なんだよ。お前が産まれたのも同じくらいなんだ。学生だった当時は不安のほうが大きくて、だから感動とかそんなのを感じる余裕はなかったんだ」
ぼくが生まれたとき、お父さんは就職活動の最中だったという。内定がなかなかもらえない状況で、だからぼくの誕生はお父さんにとっては重荷だった部分も否定できなかったらしい。
「この子のためにも頑張らないと、という焦りのほうが強くなってしまったんだな。あのときのことを思うといまも胃がキリキリしそうになるんだよ」
こんなことお前に言うべきじゃないのかもしれないけどな、とお父さんは申し訳なさそうに言った。
ううん、とぼくは言った。そういう気持ち、よくわかるよ。
「そうか。なら今度は一緒に喜ぼうな。名前だって一緒に考えられるしな」
「うん」
赤ちゃんが産まれる瞬間、ぼくはその場にはいないような気がした。
何かの根拠があるわけではないけど、どうしてもそういうイメージが出来なかったから。
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