ぼくの中の探偵

パプリカ

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ぼくは映画があまり好きじゃない。とくに映画館で見るものは苦手だ。自分のテンポで内容を追えないので、途中で諦めてしまう部分がある。

でも、映画は映画館で見るべきだ、と考える人は決して少なくはない。
その気持ち自体はよくわかる。小説もそうだけれど、ストーリーがわかるかどうかというのは、その文化の一部に過ぎない。

全体的な体験が自分の物語であって、映画館でわざわざ見るという行為は、その行き帰りや食事も含めて人生を彩る大きなイベントなのだということをぼくは理解している。

ぼくとしても、デートを楽しむという点では映画館も悪くはないと思った。少なくとも、彼女は喜んでいる。映画館を出て昼食を食べるために寄ったファミレス。そこで優花は食事をしながら、好きな映画について熱く語った。

「わたし、やっぱり展開が早いものが好きなんですよね。アクションとかレースとか、呼吸を忘れてしまうくらいに次々にイベントが起こると、その世界の中に入れるような気がする。今日のはヒーローものでしたけど、わたし好みのテンポでとても見やすかったです」

この店ではいま激辛フェアを実施中で、優花はそのなかでもおすすめと表記されているハバネロカレーを食べている。
優花は辛いものが好きだという。優花とはじめて食事をしたときには甘いものを注文していた。優花が辛いものを食べるたびに、かえってあの頃のことを懐かしく思い出してしまう。

「ぼくはちょっと、ストーリーが単純かなと感じたよ。優花はテンポがいいとは言うけど、ぼくからすればもっと説明が欲しかったっていうか」
「海斗先輩はミステリー好きだから、そう思うんですよ。流れに身を任せることも映画では重要なんです」

ぼくが映画館で映画を見るようになったのは、優花と再会してからのことだった。まだ数回しか体験していないので、これから考えも変わるかもしれない。

「次の映画はぼくが選ぶよ。たしかサスペンス映画が近く公開されるはずだから、それを今度一緒に見に行こう」
「わたし、恐いものは苦手なんですよね。悲鳴を上げるかもしれませんよ」

優花は最近、よく笑うようになった。今年の四月に再会したときは、まだ過去の事件を引きずるかのように重々しい空気をまとっていた。

楠優花がぼくと同じ高校に通っていると知ったのは三年に進級してすぐ、つまり優花が入学した直後だった。
ぼくは高校でも文芸部に所属していて、三年のいまは部長も務めているのだけれど、今年文芸部に入部した一年生からその情報を得たのだ。

何気ない会話のなかで突然その名前が出たとき、ぼくは心臓が飛び出るくらいに驚いた。
その後輩は優花と幼馴染みで、自分のクラスにはかつて殺人事件に巻き込まれた女子がいると言った。

ぼくが一緒にいたことは公表されていなかったので、ミステリーの題材として面白いのではという趣旨で後輩は言ったのだ

ぼくはすぐに優花に会いにいった。
向こうもまさか同じ高校に通っているとは思っておらず、数年ぶりに会いもしたのですぐにぼくだとはわからなかった。

警戒心を露にした表情をしていて、事件についてあれこれ聞きに来たのかと思い込んでいた。

ぼくたちの間に横たわっていた四年の歳月。そして二人それぞれの身近で起こった事件。ぼくたちがお互いのことを理解するのには、何度も顔を合わせる必要があって、そこから自然に交際へと発展した。

「どうかしました?」
「再会した当初に比べて、だいぶ元気になったかなって」

すべてを優花に話した訳じゃない。
優花は知らない。ぼくの彼女が妹を殺したということを。あの事件の犯人は明らかにはなっておらず、芹沢さんは自殺、または事故ということで処理されていた。

もちろん、確信があるわけじゃない。警察が結論を出していないなか、ぼくの推測の域を越えたものではない。
芹沢さんも自白をしたわけじゃなく、ぼくに犯人扱いをされて混乱しただけかもしれない。

「……もう、あれから四年も経ちますから」

ぼくがあんなことを言わなければ、芹沢さんは死ななかったのかもしれない。
もし本当に芹沢さんが犯人だったとしても、もっとゆっくりと距離を詰めるべきだった。そうすれば真実が明らかになっていたのかもしれない。

いまだにぼくのなかにある後悔は消えていない。このモヤモヤが消えない限り、優花との関係もいつか破綻するような気がしてならなかった。
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