あなたと過ごす最後の七日間

パプリカ

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翌日、わたしは夜中に家を抜け出し、街の中心部のほうへと向かった。

目的地は爆発が起こるはずの場所。今日は水曜日だから、あの事件はあと三日後に起こることになる。
わたしはニュースなどを通じて、あの事件について細かいことも知っている。

あのビルは無人の廃ビル。耐震性に問題があることがわかって、解体されるのを待っていた状況。
もともとは補強工事を行う予定ではあったけれど、管理をしていた会社が倒産してからはしばらく放置状態が続いていた。

犯人はそこを狙った。数日前にはすでに爆弾をしかけていたという。具体的な日時はわからないけれど、今日の時点で設置されている可能性も否定できない。

ビルのある通りは商業地ではあるけれど、飲食店などは少ないので夜は人通りが少なくなる。
周囲に明かりも少ないからこっそりビルに入るのは簡単で、実際にわたしも誰にとがめられることもなく中へと進入することができた。

爆発の現場は道路沿いの三階の部屋。ドアにはカギもかかっていなかった。

携帯のライトを使って周囲を見回す。室内はがらんとしていたけど、壁際の棚やロッカーはまだ置かれていた。犯人はこのロッカーに爆弾を隠していたと言われている。

わたしはロッカーを開けて中を覗いてみた。ない。全部調べてみたけど、どこにも爆弾は隠されていなかった。

「やっぱり、早かったのかな」

数日間もの間、爆弾を放置しておくというのも考えにくい。前日の金曜日に準備をしたと考えるのが妥当なのかもしれない。

「でも、それだと遅すぎる……」

そう、いまじゃないとだめ。そうじゃないとこの計画には意味がない。さすがに金曜日だといろいろと間に合わなくなってしまう。

「どうしよう。もう一度17日に戻って、犯人の家を調べる?そこに爆弾があれば、こっそり持っていくということもできるかも」

いや、それも現実的とはいえない。犯人の自宅に爆弾があるとは限らないし、あったとしても操作方法なんて、わたしにわかるはずもない。

そもそも最初からこの計画は破綻していたのかもしれない。わたしは爆弾を手に入れたかった。
でもそのあとのことはあまり考えてはいなかった。どうやって爆弾を使うのか、そこまでの作戦はなかった。

「良いアイデアだと思ったんだけどな」

また壁にぶち当たってしまった。もしかしたらこのループを終わらせる方法は自殺以外ないのかもしれない。
そのとき、何かの物音が聞こえた。誰かが階段を上がってくる靴音だった。

わたしはとっさにロッカーの中に入った。警備員にしろ犯人にしろ、ここにいるところを見られるわけにはいかないから。

わたしは息を止めて、その足音に耳を澄ます。
その足音はこちらへと近づいてきた。足音が止まり、一瞬完全な静寂が訪れる。

ガチャリ、とノブが回されたとき、わたしは思わず声を出しそうになった。その何者かはこの部屋へと明らかに入ってきたから。

爆弾の犯人に違いない。警備員なら頻繁に足を止めて、もっと他のところもチェックしているはずだから。

となると、犯人はこのロッカーを開ける。爆弾を隠すために。わたしが隠れているのは一番奥のロッカー。手前には四つほど並んでいるけど、さすがにどこに爆弾を隠すのかなんて情報はない。

……待って。隠れる必要ある?冷静に考えると、これって意味ないんじゃないのかな。

わたしに残された選択肢、それは交渉しかないんじゃ?

わたしには爆弾は扱えない。もし爆弾を爆発させるなら、経験者にお願いするしかない。もしくは使い方を教えてもらうとか。

でも、犯人がそれを受け入れるという保証はない。
どうしよう。

とりあえず話してみる?どうせわたしがロッカーに隠れていることはばれるはず。なら、こっちから姿を現したほうが得策かもしれない。

危険ではあるけど、わたしはこの犯人の動機を知っている。

テロリストなんかじゃなくて、単なる機械マニアの大学生。軽い気持ちで爆弾を作ってみたらうまくいって、それから歯止めがきかなくなった。

誰かに危害を加えたいとかじゃなくて、あくまでも趣味の延長。ここで爆発を起こしたのも、誰かに自分の技術を知ってもらいたいから。

もしも暴力的な人間だったら、誰かをすでに傷つけていたはず。そうしなかったということは、話し合える余地があるのかもしれない。

いや、やっぱり話し合うじゃだめ。それでは彼が言うことを聞いてくれない。ここは圧力をかけないといけない場面。設定。
相手に言うことを聞かせられるような設定が必要。わたしは必死に頭を働かせる。

わたしは大きく息を吸った。
そして。

「え?」

わたしがロッカーから出ると、犯人は凍りついたように固まった。

そこにいたのは小太りな男性。野球の帽子を被り、チェック柄の半袖のシャツにリュックを背負っている。その中におそらく爆弾が隠されているのだと思う。
わたしは相手を刺激しないようにニッコリと笑った。

「はじめまして。わたしは芹沢莉子。ここであなたを待っていました」

暗闇にすっかり慣れたわたしとは違い、彼はまだ状況を把握できていないのかもしれない。
わたしは窓際に立ってはいるけど、外からの明かりは少ない。突然誰かがロッカーから現れ、しかも女性の声が聞こえたとなると、冷静な判断も難しいかもしれない。

「落ち着いて聞いてください。わたしは警察ではなく、あなたの敵でもありません。あくまでも依頼したいことがあるだけです」
「い、依頼?」

声が震えている。体の半分はすでにドアのほうに向かっていて、いつでも逃げられるような体勢になっている。

「あなたのことはすでに調べはついています。名前は加々美春樹さん。市内の大学に通う学生で、一連の爆発事件の犯人ですね」
「ば、爆弾?」

加々美さんの緊張感がより増したのが伝わってくる。わたしが偶然ここに居合わせた訳ではないということがわかり、混乱に拍車がかかっているに違いない。

ここからが本番。どこにでもいる普通の女子高生なら、相手にはされない可能性がある。特別な役を演じきらないと。

「わたしはある組織に属しているエージェントです。それがどういうところなのか、詳しく説明することはできません。ただひとつ、お願いがあるだけです。それはわたしたち組織の計画に協力をしてほしいということです」
「いや、でも」
「怯えてますね。わたしたちはあなたことはすべて把握しています。ここで逃げても、自宅へとお邪魔するだけです。だからまずは落ち着いて話を聞いてください」
「その、ぼくは、ぼくは」
「あなたは優しい人です。誰かを傷つけるような趣味はない。そのような人に無理強いすることはしたくありません。わたしからのお願いはそのリュックに入った爆弾をこちらへと渡し、その扱い方を教えて欲しい、それだけなのです」
「ぼぼぼ、ぼくは、爆弾なんて全然しらないんだけど」

相手が否定するのも折り込みずみ。爆弾魔なんて簡単に自分の行いを認めるわけがない。

「あなたに危害を加えるつもりはありません。繰り返しますが、わたしたちが欲しているのはあなたの爆弾のみ。起動スイッチなどがあればそれを置いていってください」
「ぼくは、だから、その、爆弾って、いったいなんのことだか、さっぱりで」

なかなか認めない。さすがにわたしのなかにも焦りが生まれてくる。このやりとりを耳にして誰かが近づいてくるかもしれない。

「隠す必要はありません。逃げることも諦めてください。すでに周囲にはわたしの仲間が待機しています。あなたに残された道はひとつ、わたしたちに協力をすることです」
「ほ、本当だって。名前だって違う。ぼくは佐伯亮っていうんだ」

そう言って彼はポケットに手をいれ、こちらに向かってカードらしきものを投げてよこした。

拾ってみると、それは免許証だった。名前は確かに佐伯亮と記されている。加々美春樹じゃない。顔も免許証と一致している。
わたしは混乱した。どうしてこんなことになっているのか、

「じゃあ、そのリュックは?」
「これはべつに、いつも使ってるやつで。飲み物とか入れておくだけで」
「ここに来た理由は?」
「SNSに写真を上げようかと思って」
「SNS?」
「ずっと前から廃虚ブームって言われてるんだ。SNSに寂れた場所をのせるのがはやっていて、ここなんかちょうどいいかなっと思って来たんだけど」

うっすらと、そんなブームがあることは耳にしたことがある。
でも、こんな偶然ある?
爆発事件の現場に、別の誰かが数日前に訪ねてくるなんて。

「普通に考えたらあり得ない。爆発の現場は三階のこの部屋で、ピンポイントでそこを別人が数日前に訪れた?」
「あの、ぼく、もう帰ってもいいかな」
「どうしてここを選んだの?」
「え?まあ、なんとなくだけど。地上から少し離れた部屋がいいかなと思っただけで」
「加々美春樹という名前に聞き覚えは?」
「一度も聞いたことないけど」

佐伯さんは嘘をついているようには見えなかった。この人が爆弾魔でないことは確か。免許証を偽造するとは思えない。
でも、どこかには繋がりがあるはず。加々美春樹という犯人と佐伯さんの間には何かがあるはず。

「……SNS」

そう、SNSだったら。
むしろこれがきっかけだったら?

爆弾魔である加々美春樹さんは、この街に住んでいるだろうSNSをチェックしていて、そこからちょうどいい感じの場所を探していたら。

正確な場所がもしわからなくても、DMで聞けばわかるはずだし。自分もそこで写真を撮りたいんですけど、どこなんですか、とか。

じゃあ、やっぱり本物の爆弾魔は前日に爆弾を置いたってこと?佐伯さんのSNSを見たあと、ここをターゲットに決めた。

それじゃ、遅すぎる。とてもじゃないけど、間に合わない。

「ぼくにはもう、用がないよね。それじゃあ」

そう言って彼は恐る恐るわたしのほうに近づいてきて、免許証を奪い取るようにして立ち去った。
ひとり残されたわたしは、しばらくそこから動くことができなかった。
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