未完成な僕たちの鼓動の色

水飴さらさ

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第一章

水族館・2

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「うわ……すごい……」
 その暗い空間では、円筒形の水槽が規則正しく幾つも並び、可愛らしいクラゲが浮遊していて、360度どの位置からでも観察出来るように展示されている。
 天井と壁が鏡で、天井にも水槽と照明が映り、非日常な空間に由人は驚く。
 久場は由人の背後にまわり、両手を掴んで円筒形の水槽を抱かせるように広げさせる。
「みんなも呼んでくるから、ここで待っててね」
 背中に久場の体が密着して耳の後ろで囁かれても、非現実的な浮遊感に包まれてしまい由人は、気づいていない。
 それほど由人はクラゲに没入していた。
 各々、クラゲエリアをしばらく見て回り、次は二階へ進もうとしても由人は水槽にへばりついていた。
「次、イルカショーがあるから、行こう、由人」
 夢をみるような眼差しでクラゲを見つめる由人に久場が声をかける。
「まだ、ここにいたい……」
「うん、でもイルカショーは時間が決まってて、みんなが先に行って席を取ってくれてるから、ね、イルカもかわいいよ、とりあえず一度全部回って、時間が余裕あったらまたクラゲ見ればいいよ」
 久場に言われ、顔を水槽から外す。
「あ……ごめんなさい、僕、夢中になって……」
「いいよ、夢中な由人も可愛いよ、イルカショーもすごいから、ほら行こう」
 久場が右手を由人に差し出す。
 水槽のライトによってクラゲたちの色彩もころころと変わっていく空間の中で、伸ばされた手を由人は夢心地のまま握り返していた。
「おいで」にこりと笑って久場が言うので、由人もにっこりと笑う。
「……かわいい」久場がとろけた顔で言った後に、ハッとして、由人の手をぐいっと引っ張る。
「みんな待ってるよ、急ごう」久場が大股で歩く。 
 手を引かれるながら由人はふわふわした気持ちで、色とりどりのクラゲと光が過ぎていくのを見ていた。
 大人気のイルカショーも早恵子たちのおかげでも無事席を確保出来ていた。
「真ん中が由くんの席な、久場は端っこ」
 雛子が意地悪な顔で言うので、久場が引きつった顔で笑う。
 イルカショーはイルカたちのダイナミックな動きと、照明やウォーターカーテンなどの演出で大盛り上がりだった。
 その後も、大きなトンネル水槽で大型のエイや、たくさんの種類の魚たち、ペンギンやカワウソを見て回る。
 普段おしとやかな早恵子もはしゃぎ、由人もたくさん笑った。
 久場は家族と何度も来ているからと、館内や展示される魚にも詳しく、終始落ち着いていた。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、五人は揃って電車に乗って帰る。
 帰りの電車は混んではなかったが座席シートには座れず、立ったままみんなで水族館の写真を見せ合い、話をした。
「そういえば、久場くんはどの駅で降りるの?」
「俺は、由人を送ってから帰るよ」
 誉の問いに、あっさり久場が答える。
「そんな……僕、一人で帰れるよ」
「今日はあんまり喋れなかっただろう、もう少し由人と喋りたい」
 水族館で効率よく楽しめたのは久場のおかげでもあるし、昨日まであんなに不安だった気持ちも今はほぐれて普通に話せている。
 何より、久場にそう言われればやはり嬉しい。
「でも……だいぶん遠回りだし、悪いよ」
「遠慮すんなって……ていうか、塾が忙しくて夏休み、もう遊べないと思うからさ、久しぶりに会えたのにもうすぐバイバイは寂しいよ」
「久場くんって、案外甘えん坊さんなのね」早恵子がくすくすと笑う。
「うん、俺も最近それに気づいた」
 久場が、屈託のない笑顔でそう答えるので、もう誰も言い返せない。
 そしてまずは、誉が電車を降り、早恵子と雛子が降り、とうとう由人と久場の二人になる。
「後、どのくらい?」
「後、四駅……」
「そっか、席空いてるけど、座る?」
 混み具合はさほど変わってないが、二人分なら座席が空いている。
「ううん、立ってる……あ、久場くんは疲れてない?」
「全然、由人、ほら、ここ掴んどけ」
 久場が由人を入り口ドアの端に追いやり、ポールを掴ませる。
 見栄を張って立っていると言ったものの、本当は水族館ではしゃぎ過ぎて疲れていた。
 安定しない揺れる電車の中で、揺らついていたのがバレていたのだろうか。
 恥ずかしくて、しゅんとしながらポールを握っていると、髪を触られた。
「由人、この髪型似合ってる、すごく可愛い」
「あ、う、うん……お姉ちゃんに切ってもらった」
 由人が答えた後も、久場は耳元の髪を触り続ける。
 そういえば、今日はじめて髪を触られる。
 夏休み前は毎日当たり前のように撫でられていたのに、久しぶり過ぎて、ただサラサラと触られるだけなのに、妙に照れくさい。
「久場くん、くすぐったい……」やめて欲しくて肩を窄めると、手を離してくれる。
「私服も、可愛いんだな」
 相変わらず、久場は由人をストレートに褒める。
「久場くんも、私服かっこいいよ」つられて朝から思っていたことをポロリと言ってしまう。
「そうか、由人はおしゃれさんだぞ、俺、服って何着ていいかわかんねーもん、悩むとか面倒くさくてとりあえず量産型」
「僕も、実は全部お姉ちゃんたちが買ってくるし、今日もお姉ちゃんたちが選んだの着てる」
「はは、由人はほんとに甘えん坊さんだな、でも……そうだな、由人の服を選ぶのは楽しそうだな、お姉さんたちの気持ち、なんとなく分かる気がする」
「そうだよね、高校生にもなって……恥ずかしいよね」
「ん……由人はそれでいい気もするけどな、今度、一緒に服、見に行くか?」
「……うん」誘ってくれる久場の言葉に頷く。
 今度っていつだろう? と、思いながらそのあいまいな約束に、甘く切ない気持ちになる。
 それからは、久場が勉強や、塾や、進路の話をしてくるので、由人は「うん、うん」と頷いていた。
 由人が降りる駅に着くと、久場も降りてしまう。
「まだ話し足りない、マンションまで送る」と、強引に押しきって改札口も出てしまった。
 時間は十八時を過ぎていたが、八月の日は長く、まだじりじりと暑い。
 由人の自転車を久場が押して、マンションまでの道を二人で歩いた。
 久場の塾には大久保と丸太も通っていて、三人での面白い塾の話や、苦手な科目の話をしていたらマンションまですぐに着いてしまう。
 自転車置き場に自転車を停めても、久場は立ち話をしてなかなか帰ろうしなかった。
 とうとう話の内容も薄くなり、会話が途切れても久場は黙って辺りを見たり、照れくさそうに笑ったりする。
 夏の夕暮れは蒸し暑い、それなのにどちらとも「バイバイ」と言えないでいる。
 まだ一緒にいたいと、口にしない久場が焦ったく愛おしかった。
「喉、乾いちゃったね、うちでお茶飲む?」
 由人が誘うと久場は笑って、そして黙って頷く。
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