未完成な僕たちの鼓動の色

水飴さらさ

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第一章

鼓動の色

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 電車に揺られ、歩いて着いた公園は、入江を囲む広い砂浜のビーチがあり、都心が一望できて向こう岸の高層ビル群もよく見える。
 インドア派で家と学校の往復、早恵子たちと少しだけしか遊んでこなかった由人は、ドラマの中のような景色のいい場所に少し気後れする。
 十月の十七時は、夏に比べればだいぶん日の沈みも早くなり太陽も綺麗なオレンジ色になっていた。
 ビーチにいる家族連れの多くは、荷物を片付け帰りはじめるが、カップルたちはまだまだ帰る気配はない。
 辺りに座れるベンチはなく、砂浜を囲むように設置されている長く続くウッドデッキに、カップルたちは点々と座っていた。
 早く話をしたいけど、どこに身を置いていいのか分からない由人は、うずうずして挙動不審になりながら辺りを見回す。
 久場はしばらくその様子を楽しく眺めてから、由人の手を引きウッドデッキまで連れて行き由人を座らせた。そして久場も隣に座る。
 ある一定の距離があるものの周りはカップルばかりで、ここだと水族館とさほど変わらないのではと、由人は戸惑い体操座りをして体を丸めた。
「恥ずかしいの?」
 反対に久場は、長い足を少し開いて楽に座り緊張している由人を見る。
 由人は細かく何度も頷いた。
 久場はにっこりと微笑むと、体をずらし由人にぴったりとくっつく。
「久場くん!」
「大丈夫、みんな自分たちの世界に入ってるから、誰も俺たちを見てないよ」
「でも……」
 焦る由人を久場は首を傾げて見つめる。
「それに、俺は見られてもいいよ」
 優しく囁く久場に、由人は赤くなっていく顔を両手で隠した。
 久場はそんな由人を愛おしく見つめる。
「話したいことあるんだよね、聞くよ、なんでも話して」
 見つめてくる久場を、由人は指の間から覗き見する。
 入江のビーチで、優しい恋人の眼差しは自分に向けられ、クリスマスデートもご褒美として約束されている。
 もう久場の気持ちは十分に伝わっている。信じている。これ以上を望むのは間違っているかもしれない。それでも、やっぱり……
 由人は顔から手を離し、背筋を伸ばして体操座りをしなおし、深呼吸をする。
 視線は自分の靴の爪先へ落とし、オレンジ色の太陽に顔を染めて、由人は話し始めた。
「僕は、久場くんが好き……僕は、久場くんのぎゅーが好き……あれはもうしてくれないの?」
「由人……」
「僕を大事にしてくれるからしないの? でも僕はしたい……キスもしたいです」
 膝を抱えていた両手を離し、由人は胸に手を置き「ふうふう」と、何度も深く息をする。
「それと……気になってることがある、久場くんは前に言ってたでしょ、付き合っていた子とキスをしたら生々しくて嫌だって、もしかしたら僕とするのも嫌なのかもって、キスが嫌いなのかも……だったら僕もいらない、久場くんに嫌な思いまでさせてしたいとは思わない……だから聞かせてほしい、久場くんは手を繋ぐだけでいい? 僕がそれ以上を望んだら気持ち悪い? 僕、出来ないなら出来ないで平気だから、心配しないで、手を繋ぐだけでも幸せだよ、でも、時々ぎゅーはしたい……です」
 真剣に話す由人の横顔を久場は幸せな気持ちで見つめる。
 少しずつ傾いていく太陽は、徐々に透き通るオレンジ色の光を濃くし、その光はきらきらと由人の肌と、伏せたまつ毛にそそがれていく。
「そんなにたくさん俺のこと考えてくれたの?」
 久場は長い腕を伸ばして由人の肩を抱き寄せた。
「ごめんね、たくさん悩ませた……うん、ちゃんと話すよ……恥ずかしいから由人は俺を見ないでくれる」
 座ったまま抱き寄せられ、久場の胸に顔をうずめて由人は頷く。
 そして瞼を閉じて久場の胸に右耳を当て、心臓の音を聞く。
 今から聞かされる話の内容が、どんなものでもよかった。
 久場にとってナイーブな内側を聞かせてくれることが嬉しかった。 
「俺が中学生の時、高校生の彼女がいてね……その娘と初めてキスをしたんだけど、やっぱり嫌だった、好きじゃないからね、でも拒否るのも振るのにも労力がいるから面倒で……キスくらいなんてことないやって、どうせあんまり会わないで部活ばっかりする俺に、みんな呆れて別れるし……ずっと嫌々してた……でも、由人こと好きになってからは、もうずっとキスがしたかった」
 久場がいったん話を止め、大きくため息をつく。
「由人の部屋で告白して、由人がキスを許してくれた時、嬉しかった……でも、純粋な由人を見て俺は怖気ついた、もし俺みたいな嫌な気持ちに由人がなってしまったら……それだけは嫌だった、あんな淀んだ気持ちだけは由人にさせたくなかった……」
「……うん」由人は小さな声で返事をする。
 ゆっくり話しながらも久場の心臓は早鐘を打っている。
 目を閉じてその鼓動に耳を澄ませる。
 恋を自覚した時に感じたあの切なさを今、久場も同じように感じている。苦しんでいる。
 僕と一緒なんだ。きっと、僕の手も久場の心臓を掴み、無慈悲に掻き乱しているんだ。
 それはちっとも嫌じゃなくて、甘く焦がれる切なさなんだ。
「だから、僕にキスをしなかったんだね」
 体の力を抜いて、大きな胸にうずもれる。
 久場の手が髪を撫でる。
「受験勉強とか言いながら、本当は俺に勇気がなかったんだ」
「勇気?」
「自分をさらけ出す勇気、由人の前で俺はかっこつけてしまう、こんなうじうじしてる俺を見せられなかった」
「そっか……」
「ちゃんと伝えられてるかな、自信ない……」
「大丈夫、伝わってる」
「なら、よかった……由人、寒くない?」
 日はまだ沈んでいないが、海からの風は肌寒くなってきた。
 由人が返事をする前に、久場が背後から体を包んでしまう。
 長い両足は広げられ由人を囲み、背後からまわされた腕は控えめに由人を抱き寄せる。
「もうすぐ由人を帰さなきゃ……でもまだ帰したくない」
 空も雲も海も全てを夕焼けが染めていく。
「もう少し、ここにいよう、夕焼けが沈むまで一緒にこうしていたい」
 久場が耳の後ろで囁く。
 落ち着いた声だけど、もう知ってるよ。
 僕を抱きしめて、心臓がどきどき高鳴っているんだよね。
 僕は夕日なんかより久場くんの顔が見たい。
 久場の胸の中で少しだけ体をよじり、頭を右肩にもたれさせる。
 久場の顔を見つめ、由人は右手を服の上から久場の心臓に重ねた。
「どきどきしてる」
 久場の左手を取り、由人は自分の心臓も触らせる。
「僕もどきどきしてる、一緒だね」
 久場の顔は夕焼けに照らされていても分かるくらいに、その頬を赤くしていた。
 由人は右肩にもたれたまま心臓から手を離し、久場の頬に手を添える。
「かわいい」由人は微笑み、瞼を閉じた。
 自分のどくんどくんと鳴る鼓動を感じながら、幸せに包まれる。
 初めての恋で、こんなにも色づいてしまった。
 どくんと心臓がなる度に、恋をする心が、色とりどりの花をきらきらと咲かせる。
 きっと久場くんの心にもたくさんの花が輝きながら咲いている。
 目を閉じてうっとりと待つ僕の頬を、久場くんの指が撫でる。
 その指が唇をそっと触って、優しく撫でる。
 
 きっと、もう、目のまえ……
 僕と久場くんの欲しいものが……
 重なる……
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