捨てられたので、私はもうあなたたちに用はありません

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5 見せしめの始まり

舞踏会から数日後、王都は新しい噂で満ちていた。
「黒衣の未亡人が、王立商会に莫大な出資をしたらしい」
「貴族連合の裏帳簿を握っているとか」
「侯爵家の取引先が次々と離れているそうよ」

──誰がその火を点けたのか、誰も知らない。
けれど、私だけは知っている。
その“噂”を広めたのは、私自身だということを。

表向きは穏やかな商談。
裏では、貴族たちが隠していた金の流れを少しずつ暴き、
信頼を壊すよう仕組んでいく。
誰も直接的には傷つかない。
けれど、気づいたときには――すでに立っていられなくなる。

「復讐とは、刃を振るうことではなく、
 相手が“自分の手で崩れていく”のを見ること。」

そう教えてくれたのは、老商人グレアムだった。
彼は今も私の影で動いてくれている。
古い取引書を静かに差し出しながら、彼は笑った。

「嬢ちゃんの“見せしめ”は、綺麗すぎて怖ぇな。」

「汚れる必要なんてありませんわ。
 ……泥に落ちた人ほど、綺麗な水で溺れるものです。」

私はそう言って、書類に印を押した。
それはアルト家が支援する企業を一つ、静かに沈める契約書だった。

数週間後、侯爵家の領地では異変が起きた。
取引先が次々と破綻し、輸送路が滞り、資金が凍結される。
王都では「ベイラン家の財政に問題あり」と囁かれ始めた。
リーナ夫人は夜会への出席を控え、アルトは焦りの色を隠せない。

一方で、“黒衣の未亡人”セラ・クロフォードは、
上流階級の女性たちの憧れとなっていた。
慈善事業、社交の誘い、王族主催の茶会。
どの場でも彼女の名が囁かれ、
「彼女のようになりたい」という声が増えていった。

――皮肉なものね。
かつて笑われた女が、今は“理想の令婦人”として賞賛されているなんて。

その夜、私は王立劇場のバルコニーにいた。
視線の先には、赤いベルベットの席に座るアルトの姿。
隣には、かつての愛人であり今の妻。
リーナの顔色は冴えず、アルトは苛立ったようにワインを煽っていた。

「……見せしめ、第一幕は順調ね。」

囁くように呟き、私はオペラグラスを閉じた。
夜風がカーテンを揺らし、髪を撫でていく。
あの夜、涙に濡れた私の瞳とは違う。
今の私は、冷たく、静かに笑うことを覚えた。

「あなたたちが築いた“完璧な世界”を、
 少しずつ壊していくのは……私の指先ひとつ。」

灯りの消えた劇場の外で、
私はグレアムから次の報告を受けた。

「ベイラン家、税の未納が発覚しましたぜ。
 王都の議会で正式に調査が入るそうです。」

「そう……これで、舞台の幕が上がるわね。」

ワインの香りが残る夜風の中、私は立ち上がった。
“見せしめ”とは、見せるための罰。
誰もが見ている前で、ゆっくりと崩していく。
その姿こそが、最高の贈り物になる。

復讐の幕は、まだ始まったばかり。
でも――この王都の誰一人として、
セレスティア・リンドールがその中心にいるとは、夢にも思わないだろう。
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