追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

ワールド

文字の大きさ
54 / 60

リディアの手紙

しおりを挟む
 春の終わり、辺境の村《アリュール》。
 花咲く野に囲まれた小さな学校の屋根の上で、白い旗が風に踊っていた。

 校舎と呼ぶには粗末な板張りの建物。
 けれどそこから聞こえる子どもたちの笑い声は、王都の劇場よりも賑やかで、生き生きとしていた。

 リディア・グレイス――かつて王都でもっとも格式ある貴族令嬢の一人。
 今は“村の先生”として、子どもたちに読み書きと香りの作法を教えていた。

 「先生、今日も“風の香り”を作るの?」
 「ええ。でも今日は特別ですわ。“感謝の香り”を調合しますの。」
 「かんしゃ?」
 「そう。誰かに“ありがとう”って伝えるときの香りですわ。」

 子どもたちは目を輝かせた。
 リディアが小瓶を並べ、ミント、ラベンダー、そしてほんの少しのバニラを混ぜる。

 やさしい香りが部屋に満ちる。
 「この香りを嗅ぐとね、胸の奥が温かくなるでしょう?
  それが“ありがとう”の気持ちなのですわ。」

 その瞬間、窓の外を風が通り抜け、
 花の香りと一緒に遠くの鐘の音を運んできた。

 授業が終わり、子どもたちを見送ったあと。
 リディアは机の上に置かれた一通の手紙に目を留めた。
 封には――**「グレイス家」**の紋章。

 彼女は息を呑んだ。
 封を切ると、中から母の筆跡で綴られた文字が現れた。

 > 『リディア。あなたが村にいると聞きました。
 >   貴族が土にまみれて何を得るというのです。
 >   家に戻りなさい。“グレイス”の名を忘れないように。』

 手紙を握る手が震えた。
 かつて、自分が誇りとしていた“家名”。
 それは今や、足枷のように胸に絡みつく。

 「……母上。
  誇りって、そんなに狭いものではないはずですわ。」

 その夜。
 リディアは窓を開けて、夜風を吸い込んだ。
 香りの瓶を一つ取り出し、ふたを開ける。
 それは学院時代にクラリッサから贈られた香り――“静かな誇り”。

 耳の奥に、あの日の声が蘇る。

 > 「誇りとは、奪われても残る“姿勢”のことですわ。
 >   名でも、財でもなく、息づかいそのものですの。」

 リディアは目を閉じ、微笑んだ。
 「……先生、あなたの言葉、今なら少し分かる気がします。」

 翌朝。
 リディアは村の郵便屋を呼び止め、手紙を託した。
 宛名は“グレイス夫人”。

 手紙の中には、丁寧な筆跡でこう書かれていた。

 > 『母上。
 >   私は“グレイス家”の誇りを捨てたのではありません。
 >   広げたのです。
 >   わたくしが教える子どもたちもまた、この国の未来を担う“貴族”です。
 >   誇りとは、受け継ぐものではなく、分け与えるものですわ。
 >   いつか風に乗って、この香りがあなたの元へ届きますように。
 >   ――リディア』

 彼女は小瓶に“感謝の香り”を満たし、手紙とともに封じた。
 それはまるで、言葉そのものが香りとなって空を旅するようだった。

 日が暮れ、リディアは校舎の前に立った。
 村の子どもたちが駆け寄り、笑顔で香瓶を掲げる。
 「先生! 今日の“ありがとう”の香り、すっごくいい匂い!」
 「ほんとう? じゃあ、風に届けてちょうだい。」

 彼女は子どもたちと一緒に瓶を開けた。
 風が吹き抜け、香りが空に舞い上がる。

 その瞬間、リディアは確信した。
 “誇り”はここにある。
 誰かを想い、誰かに届くその“風”の中に。

 遠く離れた王都の屋敷。
 グレイス夫人は窓辺で刺繍をしていた。
 ふと、開いた窓から柔らかな香りが流れ込む。

 ミント、ラベンダー、そしてバニラの甘い風。

 彼女は針を止め、静かに微笑んだ。
 「……リディア。
  あなたの香り、届きましたよ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった俺

島風
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男がいた。しかし、彼は転生し、ある貴族の侯爵令嬢として再び生を受けた。そして、成長につれて前世の記憶を取り戻した。俺様、クリスティーナ・ケーニスマルク公爵令嬢七歳。あれ? 何かおかしくないか? そう、俺様は性別がおかしかった。そして、王子様の婚約者に決まり、ここが前世ではやっていた乙女ゲームの世界であることがわかった。 自分が悪役令嬢になってしまっている。主人公がハッピーエンドになると死刑になり、バットエンドになるとやっぱり死刑・・・・・・あれ、そもそも俺様、男と結婚するの嫌なんだけど!! 破滅エンド以前に、結婚したくない!!! これは素晴らしい男性と結ばれるの事をひたすら回避しようとして・・・ドツボにハマっていく物語である。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

処理中です...