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カイルと風の市
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陽光が降り注ぐ昼下がり、広場いっぱいに香りが溢れていた。
焼き菓子の甘い匂い、香草油の刺激、遠くから漂う果実酒の芳香――
ここは、王国最大の自由市場《風の市》。
誰もが自分の“風”を売り買いできる場所。
その一角で、少年カイルは声を張り上げていた。
「いらっしゃい! “笑顔が戻る香り”はいかが!?
朝から怒られたお父さんも、奥さんに叩かれた旦那さんも、
これを嗅げば、心がふわっと晴れます!」
彼の屋台は粗末な木箱に布をかけただけ。
けれど、その前には人が絶えなかった。
小さな瓶に詰められた香りの名は――《ひなたの風》。
嗅いだ瞬間、誰もが自然に笑ってしまう、不思議な香りだ。
「ねえ兄ちゃん、この香り、どうして笑えるの?」
子どもが瓶を覗き込み、首をかしげた。
カイルはにっと笑い、胸を張った。
「それはね、俺が“泣きながら作った”からさ。」
「え?」
「先生――クラリッサ様が言ってたんだ。
“香りは、作った人の心を写す鏡ですわ”って。
だから俺、泣きながらでも笑いたくて、作ってみたんだ。」
子どもはぽかんとしたあと、笑った。
「じゃあ兄ちゃんの心、いい匂いだね!」
「おう、たまにちょっと焦げるけどな!」
笑い声が周囲に広がる。
市場の風が、その笑いをどこまでも運んでいく。
だが、日が傾く頃。
通りの向こうで、同じような屋台が現れた。
看板には大きく――《笑顔の香り・特製版》と書かれている。
店主は上等な服を着た商人風の男。
「さあさあ、こっちは“本物”の香りだよ!
王都仕込みの技で、笑顔三倍保証!」
カイルの客が少しずつ流れていく。
「……やられたな。」
その夜、屋台を片づけながら、カイルは肩を落とした。
彼の隣に、ふと老女が立った。
「坊や、その香り……本当にお前が作ったのかい?」
「え? ああ、はい。
でも、隣の店のほうが立派な瓶を使ってて……もう、みんなそっちへ……」
老女は微笑んだ。
「でもね、あんたの瓶からは、“風の音”がするよ。」
「……風の音?」
「そうさ。香りは風と一緒にある。
“本物”ってのは、風が覚えてるもんだよ。」
翌日。
カイルは瓶をすべて磨き、ひとつひとつに小さな紙を貼った。
> “今日、あなたが笑えますように。”
そして、新しい札を掲げる。
> 《香りは人の手作りです。風の中で嗅いでください》
通りすがりの人が、瓶を開けた。
香りが風に乗り、ふわりと広がる。
「……あ、これ……昨日より優しい。」
「誰かの顔が浮かぶ……これ、笑える匂いだ!」
あっという間に人だかりができた。
「兄ちゃん、これいくら?」
「値段はあなたの気分次第! 笑えた分だけ払って!」
笑いが広がり、風が躍る。
それはまるで、市場全体が“ひなたの香り”に包まれるようだった。
遠くで、あの商人の男が腕を組んで見ていた。
だが、彼の瓶からは香りがほとんど流れない。
風が、拒んでいるかのようだった。
老女が通りすがりに呟く。
「……ほらね、風は覚えてる。」
夕暮れ、カイルは笑顔で屋台をたたんだ。
空には金色の雲、頬を撫でるのは暖かな風。
彼は空を見上げ、静かに言った。
「クラリッサ様。
俺、やっと分かりましたよ。
香りは“売る”ものじゃなくて、“渡す”ものだ。」
彼の瓶から立ちのぼる香りは、
まるで小さな太陽のように、風に溶けていった。
焼き菓子の甘い匂い、香草油の刺激、遠くから漂う果実酒の芳香――
ここは、王国最大の自由市場《風の市》。
誰もが自分の“風”を売り買いできる場所。
その一角で、少年カイルは声を張り上げていた。
「いらっしゃい! “笑顔が戻る香り”はいかが!?
朝から怒られたお父さんも、奥さんに叩かれた旦那さんも、
これを嗅げば、心がふわっと晴れます!」
彼の屋台は粗末な木箱に布をかけただけ。
けれど、その前には人が絶えなかった。
小さな瓶に詰められた香りの名は――《ひなたの風》。
嗅いだ瞬間、誰もが自然に笑ってしまう、不思議な香りだ。
「ねえ兄ちゃん、この香り、どうして笑えるの?」
子どもが瓶を覗き込み、首をかしげた。
カイルはにっと笑い、胸を張った。
「それはね、俺が“泣きながら作った”からさ。」
「え?」
「先生――クラリッサ様が言ってたんだ。
“香りは、作った人の心を写す鏡ですわ”って。
だから俺、泣きながらでも笑いたくて、作ってみたんだ。」
子どもはぽかんとしたあと、笑った。
「じゃあ兄ちゃんの心、いい匂いだね!」
「おう、たまにちょっと焦げるけどな!」
笑い声が周囲に広がる。
市場の風が、その笑いをどこまでも運んでいく。
だが、日が傾く頃。
通りの向こうで、同じような屋台が現れた。
看板には大きく――《笑顔の香り・特製版》と書かれている。
店主は上等な服を着た商人風の男。
「さあさあ、こっちは“本物”の香りだよ!
王都仕込みの技で、笑顔三倍保証!」
カイルの客が少しずつ流れていく。
「……やられたな。」
その夜、屋台を片づけながら、カイルは肩を落とした。
彼の隣に、ふと老女が立った。
「坊や、その香り……本当にお前が作ったのかい?」
「え? ああ、はい。
でも、隣の店のほうが立派な瓶を使ってて……もう、みんなそっちへ……」
老女は微笑んだ。
「でもね、あんたの瓶からは、“風の音”がするよ。」
「……風の音?」
「そうさ。香りは風と一緒にある。
“本物”ってのは、風が覚えてるもんだよ。」
翌日。
カイルは瓶をすべて磨き、ひとつひとつに小さな紙を貼った。
> “今日、あなたが笑えますように。”
そして、新しい札を掲げる。
> 《香りは人の手作りです。風の中で嗅いでください》
通りすがりの人が、瓶を開けた。
香りが風に乗り、ふわりと広がる。
「……あ、これ……昨日より優しい。」
「誰かの顔が浮かぶ……これ、笑える匂いだ!」
あっという間に人だかりができた。
「兄ちゃん、これいくら?」
「値段はあなたの気分次第! 笑えた分だけ払って!」
笑いが広がり、風が躍る。
それはまるで、市場全体が“ひなたの香り”に包まれるようだった。
遠くで、あの商人の男が腕を組んで見ていた。
だが、彼の瓶からは香りがほとんど流れない。
風が、拒んでいるかのようだった。
老女が通りすがりに呟く。
「……ほらね、風は覚えてる。」
夕暮れ、カイルは笑顔で屋台をたたんだ。
空には金色の雲、頬を撫でるのは暖かな風。
彼は空を見上げ、静かに言った。
「クラリッサ様。
俺、やっと分かりましたよ。
香りは“売る”ものじゃなくて、“渡す”ものだ。」
彼の瓶から立ちのぼる香りは、
まるで小さな太陽のように、風に溶けていった。
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