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8話
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翌朝、ノア・クロス学園の登校ゲート付近。
一般教養科の教室前で、今日も生徒たちのにぎやかな声が響いていた。
「ねえねえ、真帆ちゃん~! 昨日の演習、見てたよ~?」
最初に飛びついてきたのは、いつも元気な海里 しずくだった。
真帆が教室の扉に手をかけた瞬間、横からスッと入り込んでくる。
「すごかったよねー、ドーン!って! それで、あの最後のセリフ~♪」
「や、やめて……!」
真帆は赤面しながら、カーディガンの袖で頬を隠した。
だが、隣からさらにもう一人、にやりとした笑みで桜葉 梨羽が割り込む。
「ふふ~ん。まさか真帆が、あんな爆発系ヒロインだったとはね~? しかも、“文哉くん見てて”って……お熱いことで~♪」
「な、言ってないっ……! それ、言ってないっ……!!」
両手を小さく振って否定する真帆。
けれど耳まで赤く染まっているその様子は、誰の目にも“図星”にしか見えなかった。
「ねえねえ、実は控え室で何かあったんじゃないの~? ね? ね?」
しずくが悪ノリ気味に寄ってくる。
「そ、そんなん……なにも……っ」
普段なら逃げ出していたかもしれない。
けれど今日は、少しだけ違っていた。
真帆は――小さく、スケッチブックを胸に抱きしめて、目をそらさずに言った。
「……わたしが、文哉くんのこと……大切に思ってるのは、本当……」
静かで小さな声だった。
だけどそれは、からかいを止めるには十分すぎるほどの、“本気の気持ち”だった。
しずくと梨羽は、思わず顔を見合わせる。
軽口を挟むには、あまりに澄んだ想い。
「……ふーん」
梨羽が口をとがらせる。
「……そっか。なら、負けてらんない、かも」
「えっ……?」
「なんでもないっ!」
ぷいっと背を向けて歩き出す梨羽。
それを追うように、しずくも「ん~! 恋のバトル、白熱してきたな~っ!」と明るく笑いながら去っていった。
残された真帆は――ふぅ、とひとつ、深呼吸した。
(……でも、言えた。ちゃんと、言葉で)
✿✿✿✿
昼下がり。
中庭の木陰、人気のないベンチにて。
真帆はスケッチブックを開きながら、そこに文哉の横顔を描いていた。
少し柔らかい表情、少し照れたような笑顔――
「……それ、俺?」
「……っ! ……び、びっくりした……」
突然声をかけられ、スケッチブックを閉じかける真帆。
「見ていい?」
「……ん……」
静かに差し出す。
文哉はページをめくり、穏やかに目を細めた。
「……俺、こんな顔してたんだね。真帆の前だと」
「……うん。やさしい、顔。……わたしが……好きな顔」
さらりと告げたその言葉に、文哉は少し驚いて、目を見開いた。
「そ、そんな……っ、だ、だめだった、今の、忘れてっ……!!」
慌てて顔を両手で覆う真帆。
けれど、文哉はそっとその手に触れて、囁いた。
「……俺は、嬉しかったよ。
真帆が、ちゃんと……言ってくれたから」
その言葉に、真帆は、もう一度だけ、手を伸ばした。
文哉の袖の裾を、きゅっとつまんで、離さない。
「……今だけ、いい?」
「うん。今だけ、ふたりだけ」
並んで座るふたりの間に、ぬくもりが生まれる。
言葉じゃなくても、伝わる距離。
世界がどんなに変わっても――
この距離だけは、ふたりだけのものだった。
✿✿✿✿
午後の講義が終わり、教室を出た梨羽は、うっすら汗ばむ制服の襟元をぱたぱたと仰ぎながら中庭へ向かっていた。
(……文哉くん、まだ帰ってないって言ってたし……どこかで休憩してるかな~)
そんな軽い気持ちで、ふと木陰の奥――中庭のベンチへと視線をやった瞬間だった。
(……え?)
そこにいたのは、文哉。
そして、その隣には――真帆。
ふたりは並んで座っていた。
真帆が小さな声でなにかを呟いたあと、文哉が――微笑みながら、彼女の手を、優しく包むように握った。
その光景が、スローモーションのように目に飛び込んできた。
(……っ)
心臓が、一瞬だけ跳ねた。
まるで、足元の地面が一部だけすうっと沈んだような、妙な浮遊感と喪失感。
(……あたし、なにやってるんだろ)
すぐにその場を離れた。
声なんてかけなかったし、かけられなかった。
走るでも、歩くでもない中途半端な早足で、廊下の角を曲がったところで――
思わず、壁にもたれた。
(あたしの方が先だったのに……。
最初に話しかけたのも、隣の席になったのも、いつだって“あたしの方”だったのに……!)
悔しい、とか、寂しい、とか、嫉妬。
いろんな気持ちが入り混じって、名前のつけようがなかった。
けれど、確かなのは――
「……負けたくない……」
その言葉を、小さく呟いた自分の声が、胸にじんわりと沁み込んだことだった。
✿✿✿✿
日曜日の午前中。
ノア・クロス学園の外れにある、ガラス張りの小さな美術館。
今、文哉と真帆は並んでその展示ホールに立っていた。
「……今日は、来てくれて……ありがとう」
「こっちこそ、誘ってくれて嬉しかったよ。真帆とこういうところ来るの、なんか似合ってる」
「……ふふ。そ、それ……褒め言葉……?」
「もちろん」
ふたりの会話は少ない。
けれど、その沈黙が居心地悪いものではないことは、お互いに感じていた。
美術館内は静かで、歩く足音と、時折交わす短い言葉だけが響く。
展示室を一周し終えた頃、真帆がそっと文哉の袖を引いた。
「……あの、ね」
「うん?」
真帆は、まっすぐに彼の目を見て、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「……たまには、ちゃんと……言葉で、伝えたいなって……思ってて……」
「……うん」
「えっと……あの……その……」
彼女は、迷いながらも、勇気を出して――
「……今日、こうして一緒にいられて……すごく、嬉しい。
だから……えっと……また、来たい……」
「……うん。俺も。また来よう」
その返事に、真帆はほっとしたように笑った。
そして、帰り道。
文哉が何気なく差し出した手を、真帆はそっと握った。
誰にも見られていない、ふたりきりの小さな世界。
言葉よりも確かな“つながり”を、彼女は初めて、自然に受け止めることができた。
一般教養科の教室前で、今日も生徒たちのにぎやかな声が響いていた。
「ねえねえ、真帆ちゃん~! 昨日の演習、見てたよ~?」
最初に飛びついてきたのは、いつも元気な海里 しずくだった。
真帆が教室の扉に手をかけた瞬間、横からスッと入り込んでくる。
「すごかったよねー、ドーン!って! それで、あの最後のセリフ~♪」
「や、やめて……!」
真帆は赤面しながら、カーディガンの袖で頬を隠した。
だが、隣からさらにもう一人、にやりとした笑みで桜葉 梨羽が割り込む。
「ふふ~ん。まさか真帆が、あんな爆発系ヒロインだったとはね~? しかも、“文哉くん見てて”って……お熱いことで~♪」
「な、言ってないっ……! それ、言ってないっ……!!」
両手を小さく振って否定する真帆。
けれど耳まで赤く染まっているその様子は、誰の目にも“図星”にしか見えなかった。
「ねえねえ、実は控え室で何かあったんじゃないの~? ね? ね?」
しずくが悪ノリ気味に寄ってくる。
「そ、そんなん……なにも……っ」
普段なら逃げ出していたかもしれない。
けれど今日は、少しだけ違っていた。
真帆は――小さく、スケッチブックを胸に抱きしめて、目をそらさずに言った。
「……わたしが、文哉くんのこと……大切に思ってるのは、本当……」
静かで小さな声だった。
だけどそれは、からかいを止めるには十分すぎるほどの、“本気の気持ち”だった。
しずくと梨羽は、思わず顔を見合わせる。
軽口を挟むには、あまりに澄んだ想い。
「……ふーん」
梨羽が口をとがらせる。
「……そっか。なら、負けてらんない、かも」
「えっ……?」
「なんでもないっ!」
ぷいっと背を向けて歩き出す梨羽。
それを追うように、しずくも「ん~! 恋のバトル、白熱してきたな~っ!」と明るく笑いながら去っていった。
残された真帆は――ふぅ、とひとつ、深呼吸した。
(……でも、言えた。ちゃんと、言葉で)
✿✿✿✿
昼下がり。
中庭の木陰、人気のないベンチにて。
真帆はスケッチブックを開きながら、そこに文哉の横顔を描いていた。
少し柔らかい表情、少し照れたような笑顔――
「……それ、俺?」
「……っ! ……び、びっくりした……」
突然声をかけられ、スケッチブックを閉じかける真帆。
「見ていい?」
「……ん……」
静かに差し出す。
文哉はページをめくり、穏やかに目を細めた。
「……俺、こんな顔してたんだね。真帆の前だと」
「……うん。やさしい、顔。……わたしが……好きな顔」
さらりと告げたその言葉に、文哉は少し驚いて、目を見開いた。
「そ、そんな……っ、だ、だめだった、今の、忘れてっ……!!」
慌てて顔を両手で覆う真帆。
けれど、文哉はそっとその手に触れて、囁いた。
「……俺は、嬉しかったよ。
真帆が、ちゃんと……言ってくれたから」
その言葉に、真帆は、もう一度だけ、手を伸ばした。
文哉の袖の裾を、きゅっとつまんで、離さない。
「……今だけ、いい?」
「うん。今だけ、ふたりだけ」
並んで座るふたりの間に、ぬくもりが生まれる。
言葉じゃなくても、伝わる距離。
世界がどんなに変わっても――
この距離だけは、ふたりだけのものだった。
✿✿✿✿
午後の講義が終わり、教室を出た梨羽は、うっすら汗ばむ制服の襟元をぱたぱたと仰ぎながら中庭へ向かっていた。
(……文哉くん、まだ帰ってないって言ってたし……どこかで休憩してるかな~)
そんな軽い気持ちで、ふと木陰の奥――中庭のベンチへと視線をやった瞬間だった。
(……え?)
そこにいたのは、文哉。
そして、その隣には――真帆。
ふたりは並んで座っていた。
真帆が小さな声でなにかを呟いたあと、文哉が――微笑みながら、彼女の手を、優しく包むように握った。
その光景が、スローモーションのように目に飛び込んできた。
(……っ)
心臓が、一瞬だけ跳ねた。
まるで、足元の地面が一部だけすうっと沈んだような、妙な浮遊感と喪失感。
(……あたし、なにやってるんだろ)
すぐにその場を離れた。
声なんてかけなかったし、かけられなかった。
走るでも、歩くでもない中途半端な早足で、廊下の角を曲がったところで――
思わず、壁にもたれた。
(あたしの方が先だったのに……。
最初に話しかけたのも、隣の席になったのも、いつだって“あたしの方”だったのに……!)
悔しい、とか、寂しい、とか、嫉妬。
いろんな気持ちが入り混じって、名前のつけようがなかった。
けれど、確かなのは――
「……負けたくない……」
その言葉を、小さく呟いた自分の声が、胸にじんわりと沁み込んだことだった。
✿✿✿✿
日曜日の午前中。
ノア・クロス学園の外れにある、ガラス張りの小さな美術館。
今、文哉と真帆は並んでその展示ホールに立っていた。
「……今日は、来てくれて……ありがとう」
「こっちこそ、誘ってくれて嬉しかったよ。真帆とこういうところ来るの、なんか似合ってる」
「……ふふ。そ、それ……褒め言葉……?」
「もちろん」
ふたりの会話は少ない。
けれど、その沈黙が居心地悪いものではないことは、お互いに感じていた。
美術館内は静かで、歩く足音と、時折交わす短い言葉だけが響く。
展示室を一周し終えた頃、真帆がそっと文哉の袖を引いた。
「……あの、ね」
「うん?」
真帆は、まっすぐに彼の目を見て、言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。
「……たまには、ちゃんと……言葉で、伝えたいなって……思ってて……」
「……うん」
「えっと……あの……その……」
彼女は、迷いながらも、勇気を出して――
「……今日、こうして一緒にいられて……すごく、嬉しい。
だから……えっと……また、来たい……」
「……うん。俺も。また来よう」
その返事に、真帆はほっとしたように笑った。
そして、帰り道。
文哉が何気なく差し出した手を、真帆はそっと握った。
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