月の見える街で

空須モトハル

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1章 月下に舞う

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店の入ったビルを出ると、つんと鼻をさす臭いが風に乗ってやってくる。まだゴミ収集車が来ておらず道路の脇に点々とゴミの山が築かれていた。そこにカラスが群がって結びの甘いゴミ袋をつついてゴミを露出させていた。この世界では動物が人間のように活動する獣人とはまた別に動物が存在していてそれらの関係は人間と動物との関係に似ている。だから今カラス型獣人の男が店から出てきてシッシッとカラスを追い払っていたが何の不思議もない光景なのである。
この世界に来たばかりの葉月はその関係性に戸惑ったものだが、あちらで暮らしていた年月よりこちらで過ごした年月のほうが長い今となっては何の違和感もない。
ようやく空腹感を覚えてきたので、適当に食事をとろうとうろついていると背後から見覚えのある声がかかった。
「あら、あなたがこの時間に外にいるなんて珍しいですね」
振り返ると、そこには紫色の着物を着た黒髪の小柄な女性がスーパーの袋を両手に持って立っていた。彼女もエミと同じように見た目はほぼ人間の女性だが人間の耳を持たずウサギの長い耳を生やし、目も赤い。
美月みづきさん」
「お仕事ですか」
美月と呼ばれた女性は葉月に近寄るとじっと彼の顔を凝視してじとりとした目を向けた。
「あなた、今朝は朝ごはんちゃんと食べましたか?」
何故わかるのだろうか、彼女はそういう所の勘がいい。
「…いいえ」
はい、と言おうとして彼女にはどうせばれるだろうと思い葉月は本当のことを言った。美月はため息をつくと持っていたスーパーの袋の一つを葉月に手渡した。
「簡単なものでよければ出しますからお店までいらっしゃい」
「あざす」
軽く頭を下げた葉月がもう一つの袋も持とうとすると美月は固辞して「一つで結構です」と言い放った。
「片手が空いてれば十分ですから」
十分とは、と言いかけたところで前から酔っ払いと思しき男がやってきてすれ違いざまに美月に臭い息を浴びせながら話しかけた。
「よー姉ちゃんいい尻してんなあァ」
そういって美月に手を伸ばした男だったが、その手が触れる前に重い肘鉄をくらい吹っ飛ばされていた。葉月が振り向くと男はオエオエとえづきながら地面に倒れ伏せていたのだった。
「ほらね、片手が空いていた方がいいんですよ」
「美月さん、力の加減したほうが」
「しましたよ、あなたもわかっているでしょう」
うん、と葉月は頷いた。彼女の実力はこんなものではないのである。

 美月の店は、街のメインストリートにほど近い小さな飲み屋の集まる狭い路地にあった。古く個人経営の店が多く肩を寄せ合うように並ぶこの通りの名は銀月街ぎんげつがいという。
美月の店はまだこの中では新しい顔ぶれに分類されるが常連もついているなかなかの人気店であった。美月が鍵を開けるとそこには狭いながらバーカウンターがあり、カウンター内の棚には多くの酒が並んでいる。
美月はカウンターにスーパーの袋を置くと、ささっと襷掛けをしてカウンター内に入り冷蔵庫を開いた。
「今作りますからそこに座っていてください」
葉月もカウンターに袋を置くと、椅子にすわってぼんやりと美月の様子を眺めていた。彼女とは不思議な縁で繋がっているがあくまで他人である。それなのにこうまで世話をやいてくれる美月に葉月は頭が上がらなかった。
美月は冷蔵庫からぱっぱっと取り出した材料を使い手際よくそれらを炒めてチャーハンを作り皿に盛り付けてカウンターの上に置いた。
湯気の立ち上る出来立てのチャーハンからはネギ油の香ばしい香りが漂い食欲をそそる。
「どうぞ」
「いただきます」
葉月は皿に添えられたスプーンで掬い口に運ぶ。旨い。昨日の夜もコンビニチャーハンを食べたがやはり温かい出来立てに敵うものはない。無言で口に運ぶ手が止まらなかった。
「お腹すいてたんじゃないですか。だめですよ、朝ごはんは食べてくださいね」
美月が呆れたように呟くのを葉月は小さく頷きながら聞いていた。
 食べ終わった後、葉月は美月に今後しばらくエミの迎えがあるから店に顔を出す時間がまちまちになる旨を伝えた。
「それはいいですけど、あなたの本業に支障はないですか?」
葉月はふむ、と考えたのち「大丈夫だと思います」と答えた。どうせ町内の見回りぐらいしかないのだから迎えに行くのはその一環と思えばよい。
「出勤時はいいんですか?」
「彼女いわくさすがに行きまでついてきてもらうのは悪いとかで。人目のある時間帯は大丈夫って」
「何もないといいですけどね」
美月はそう呟いて、夜の支度を始めた。
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