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幕間 ── 緑夢
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「ありがとうございました」
店の扉が勢いよく開き、ノヴァの声が聞こえる。同時に笑い声と共に三人の少女が店から出てきた。三人共、手には『緑夢』というロゴが入った緑色のビニール袋を提げている。
マリーが何気なくその袋を眺めていると、少女達はマリーに気付いて近寄ってきた。
「見て、この子可愛い! お人形みたい」
「この子、お店の奥から出てきたよね?」
「じゃあもしかして、あのかっこいい占い師さんの妹とか?」
「雪くんだっけ。かっこよかったよねぇ」
三人は店先の椅子に座るマリーを取り囲み、甲高い声を上げた。マリーが露骨に嫌そうな顔をしても、少女達はかん高い声で笑い続ける。
「……醜いわ」
マリーはぽつりと呟いて椅子から立ち上がり、少女達を見上げた。彼女らも驚いたようにマリーを見下ろす。
その、只ならぬ緊張感を破ったのは、
「マリーベル、少しよろしいですか?」
いつも通りの無感動な低い声。ノヴァだ。
「じゃあ、私達もう行こうか?」
「そ、そうね。早く帰らなきゃ!」
「じゃあまたね、マリーベルちゃん!」
三人はそそくさと走り去ってしまった。その後ろ姿を見送って、マリーは店の扉の前に立つ青年を睨んだ。
「……邪魔、しないでくれる?」
「心外ですね。助けたとは思って頂けないのですか?」
「……助けた? あいつらを?」
顔をしかめてノヴァを見上げると、彼は左側だけの黒い片眼鏡をかけ直しながら口元を歪め、くすりと笑った。
嘲るような、嫌な嗤い方だ。
「私があのような下等な人間を助けるような、そんな慈悲深い悪魔だとでも?」
そんな事、この男の正体を知っている者ならば考えもつかないだろう。
「ああいう事をするのは感心しませんね」
「……まだ何もしてないわ」
「私が止めたからでしょう。主に無断で能力を使ってはいけません」
「悪魔らしからぬ言葉ね……」
マリーの言葉に、ノヴァは薄く笑った。
「今のところ、雪様以外の者に仕えるつもりはありませんから。それに本来、私は神と呼ばれる部類の者ですので」
「……わたしだって……」
マリーは言葉を切ると、そっぽを向いた。
「マリーベル?」
「……ノヴァと話すと、首が痛くなるわ」
それは無理もない事だった。少女姿のマリーと長身のノヴァ、二人の身長差は頭二つ分以上ある。
勿論、他にも理由がある事はノヴァも気付いているだろうけれど。
マリーベルは夢を司る悪魔・《夢魔》である。
有名な悪魔の一種ではあるが、実際に夢魔の召喚を行う人間は数少ない。
そもそも悪魔を喚び出そうなどと考える人間は大方、よほど切羽つまった状況にあるか、精神に異常をきたしているかのどちらかだ。そんな彼らにとって夢を操るだけでは力不足なのだろう。
月の冴えわたる冬の夜だった。素人が行った降魔術によって手違いで召喚されたマリーは、契約もあやふやなまま召喚主を殺め、独り見知らぬこの世界をさまよった。
寒空の下、血塗れのマリーを保護しようと追いかけてきた大人達も殺し、マリーを人外の者と嗅ぎつけて襲いかかって来た野犬たちも殺した。
そうして当てもないまま、ひたすらに逃げた。
だが、悪魔にだって感情はある。自慢の長い髪も、真珠のように白い肌も、手にかけた者達の血で汚れきっていた。
召喚主を殺してしまったが故に魔力の消費が激しく、元の世界に戻る事は叶わない。
元いた世界に未練などないが、このまま見知らぬ場所で消え果ててしまうのかと思うと震えが止まらず、気付けば頬を幾筋もの雫が伝っていた。
そんなマリーを見つけてくれたのが、雪だった。彼は高層ビルの屋上の隅に身を隠していたマリーの前に突然現れた。
彼の連れていた獣が力の強い同胞だとすぐに気付いたからか、警戒心は湧かなかった。
そして、起き上がる気力もなく倒れ込んでいたマリーに、雪は手を差し伸べて微笑んだのだ。
「僕とおいで」
雪の白い髪が月明かりに照らされて、銀色に輝いて見えた。繋いだ手から伝わる熱は信じられないほど温かく、背後に輝く月とは対照的な、まるで太陽のようなひとだと、マリーはそう思った。
心身共に弱っていたマリーに多くを語らず、優しく迎え入れてくれた雪に、マリーはその身が滅ぶまで側に仕える事を誓約し、『マリーベル』の名を授かったのだった。
あれから七年。外見五歳程だったマリーも、現在では十歳位と悪魔にしては異例の速さで成長を遂げた。
しかし雪はいつまで経ってもマリーを子供扱いして、『仕事』に参加させてくれない。
未熟な夢魔に出来る事など些細なものでしかないと分かってはいるが、それでもノヴァ達のように主人の役に立ちたいのだ。
「マリーベル」
ノヴァの声に我に返り、反射的に彼を見上げると、視界の端に鳥の姿を捉えた。
小鳥は二人の上空を旋回して、二階の開け放たれた窓に飛び込んで行った。
「……フィルフィス、ね」
「何かあったのでしょうか」
「……あなたは知っているんでしょ?」
ノヴァは答えず、ただ見透かすように二階の窓を眺め、薄く笑う。
彼は、こういう悪魔だ。
元々は賢神とまで言われながら、悪魔という身分を楽しんでいる。
勿論、マリーの劣等感などとっくにお見通しだろうが、何も言わないのは優しさなどでは決してなく、面白がって傍観しているだけに過ぎない。
確かにそれが悪魔の性だが、こうして同じ主人に仕え、同じ処に棲まう以上、ほんの少し歩み寄ってみても良いのではないかとマリーは思う。
──同時に、こんな甘い考えを抱いてしまうのは、悪魔として幼いからなのだと自覚せざるをえないのだが。
再びぼんやりと考え込むと、ノヴァが隣で溜め息をついた。
「私はマリーベルを嫌いではありませんよ」
静かな声に、マリーは弾かれたように顔を上げた。
「読んだわね……」
「不可抗力ですよ。それに何度も言いますが、私は生者の心を読む事など出来はしない」
眉をひそめてノヴァを見上げたが、彼は無表情のまま淡々と答えた。彼の言葉はいちいち信用ができない。
マリーは二階の窓を見上げた。さっきフィルフィスが飛び込んで行ったのは、書斎の窓である。雪もきっとそこにいるのだろう。
「そんなに気になるなら、行ってみてはどうです。リッツィオも一緒のようですし」
「……リジィが?」
ノヴァに視線を戻すと、彼はいつの間にか喚び寄せていた如雨露で、店先の花壇に水を遣っていた。
マリーは店の扉を勢い良く開けてチラリとノヴァを振り返り、
「……わたしもノヴァを嫌いじゃないわよ」
そう一言残して奥に入っていった。
「主に似て、素直じゃないですね」
やれやれと微笑んだノヴァの呟きは、マリーの耳には届かなかった。
書斎に入ると、ノヴァの予想通りリジィがソファにふんぞり返って座っていた。
ふんぞり返るとは言っても彼は三歳くらいの幼児姿なので、ふかふかのソファに埋もれているようで何だか可笑しい。
他の悪魔達と違うのは、彼が天使のような純白の翼を持っているという所だろう。
見事な金色の巻き毛に薔薇色の頬。黙って微笑んでいればまさに人間達の思い描く天使そのもので、到底悪魔には見えない。
そう、たとえ彼の首に飾り物のように巻きついているのが、たった数滴で人間を死に至らしめる猛毒を持つ蛇であろうとも。
「あっれぇ、マリーじゃないか。久しぶりだねぇ」
「……帰ってたの」
マリーの冷たい反応に、リジィはソファから身を乗り出し、人差し指を突き出す。
「違うよ、マリーベル。こういう時は『お帰りなさい』だろ?」
「……そうね。それで、マスターは何処」
「つれないなぁ」
マリーがそっぽを向くと、リジィは羽ばたいてマリーの目の前まで飛んできた。
「そんなんじゃセツに嫌われちゃうよっ」
そう言って床から一メートル程浮いた所で両膝を抱え、意地悪そうに笑う。
マリーはリジィが苦手だ。
嫌いになれないのは、同じ主人に仕える同胞だからと言うよりも、リジィが雪と似た所があるからにすぎない。
人間嫌いのリジィが雪と一緒にいるのも、きっとそういう理由からだろう。あまり認めたくはないが、二人はとても気が合うらしい。
ただ、雪と彼が決定的に違う所は、リジィには悪意しかないという事だ。
「リジィは悪意で出来ているのね……」
マリーが自分の言葉に納得したようにうんうんと頷くと、リジィは目を瞬かせ、それから豪快に笑い出した。
先程の意地悪な笑い方ではなく、本当に楽しそうな、無邪気なリジィの笑顔。それがあまりにも天使のそれだったので、今度はマリーが目を瞬かせる番だった。
「それが悪魔ってものでしょ」
澄んだアルトの声に振り返ると、少年がドアの前に立っていた。
「……マスター」
「やぁ、マリー。今日も絶好調みたいだね」
右手の甲に乗せた小鳥を撫でながら、雪はにっこり笑う。この笑顔にマリーは弱い。
白く端整な顔。薄らと灰色がかった白い髪と相まって、見る者に儚げな印象を与える。
人間は醜いものというのが悪魔内の常識なので、マリーに限らず彼と面識のある同胞は、最初ひどく驚いた事だろう。
――もっとも、こうして数多の悪魔達と関わりを持つ以上、普通の人間だとはとても言い難いのだが。
「遅かったじゃんか、セツ。またスーの所へ行ってたんだろ?」
ようやく笑いが治まったらしいリジィが雪のとなりへ軽やかに移動する。
「そ。近況報告にね」
「わざわざセツが出向く事でもないでしょ。アイツなら言わなくても分かるだろうし」
「僕が、伝えたかったんだよ。リジィ」
「わっかんないなぁ。まぁいいや。それでフィルの奴、何だって?」
リジィは雪と目線の高さを合わせた所に胡座を掻いた格好で浮かぶ。これはリジィが雪の事を主と認めているからで、マリーなどいつも見下ろされている。
「面白そうな話を聞いたんだって」
「へえ、どんな話さ?」
雪が口を開こうとしたその時、書斎のドアからノック音が響いた。返事を待たずにドアが開き、ノヴァが顔を覗かせる。
「……雪様」
「うん、フィルに聞いた。お客様だね」
雪は頷き、小鳥の背を撫でる。そして動向を見守っていたマリーとリジィに向かって、
「……詳しくはノヴァに。僕は彼のお出迎えの準備をしなくっちゃ」
そう言い終わるや否や、書斎を出て行ってしまった。その楽しそうな様子に、マリーは小首を傾げた。
店の扉が勢いよく開き、ノヴァの声が聞こえる。同時に笑い声と共に三人の少女が店から出てきた。三人共、手には『緑夢』というロゴが入った緑色のビニール袋を提げている。
マリーが何気なくその袋を眺めていると、少女達はマリーに気付いて近寄ってきた。
「見て、この子可愛い! お人形みたい」
「この子、お店の奥から出てきたよね?」
「じゃあもしかして、あのかっこいい占い師さんの妹とか?」
「雪くんだっけ。かっこよかったよねぇ」
三人は店先の椅子に座るマリーを取り囲み、甲高い声を上げた。マリーが露骨に嫌そうな顔をしても、少女達はかん高い声で笑い続ける。
「……醜いわ」
マリーはぽつりと呟いて椅子から立ち上がり、少女達を見上げた。彼女らも驚いたようにマリーを見下ろす。
その、只ならぬ緊張感を破ったのは、
「マリーベル、少しよろしいですか?」
いつも通りの無感動な低い声。ノヴァだ。
「じゃあ、私達もう行こうか?」
「そ、そうね。早く帰らなきゃ!」
「じゃあまたね、マリーベルちゃん!」
三人はそそくさと走り去ってしまった。その後ろ姿を見送って、マリーは店の扉の前に立つ青年を睨んだ。
「……邪魔、しないでくれる?」
「心外ですね。助けたとは思って頂けないのですか?」
「……助けた? あいつらを?」
顔をしかめてノヴァを見上げると、彼は左側だけの黒い片眼鏡をかけ直しながら口元を歪め、くすりと笑った。
嘲るような、嫌な嗤い方だ。
「私があのような下等な人間を助けるような、そんな慈悲深い悪魔だとでも?」
そんな事、この男の正体を知っている者ならば考えもつかないだろう。
「ああいう事をするのは感心しませんね」
「……まだ何もしてないわ」
「私が止めたからでしょう。主に無断で能力を使ってはいけません」
「悪魔らしからぬ言葉ね……」
マリーの言葉に、ノヴァは薄く笑った。
「今のところ、雪様以外の者に仕えるつもりはありませんから。それに本来、私は神と呼ばれる部類の者ですので」
「……わたしだって……」
マリーは言葉を切ると、そっぽを向いた。
「マリーベル?」
「……ノヴァと話すと、首が痛くなるわ」
それは無理もない事だった。少女姿のマリーと長身のノヴァ、二人の身長差は頭二つ分以上ある。
勿論、他にも理由がある事はノヴァも気付いているだろうけれど。
マリーベルは夢を司る悪魔・《夢魔》である。
有名な悪魔の一種ではあるが、実際に夢魔の召喚を行う人間は数少ない。
そもそも悪魔を喚び出そうなどと考える人間は大方、よほど切羽つまった状況にあるか、精神に異常をきたしているかのどちらかだ。そんな彼らにとって夢を操るだけでは力不足なのだろう。
月の冴えわたる冬の夜だった。素人が行った降魔術によって手違いで召喚されたマリーは、契約もあやふやなまま召喚主を殺め、独り見知らぬこの世界をさまよった。
寒空の下、血塗れのマリーを保護しようと追いかけてきた大人達も殺し、マリーを人外の者と嗅ぎつけて襲いかかって来た野犬たちも殺した。
そうして当てもないまま、ひたすらに逃げた。
だが、悪魔にだって感情はある。自慢の長い髪も、真珠のように白い肌も、手にかけた者達の血で汚れきっていた。
召喚主を殺してしまったが故に魔力の消費が激しく、元の世界に戻る事は叶わない。
元いた世界に未練などないが、このまま見知らぬ場所で消え果ててしまうのかと思うと震えが止まらず、気付けば頬を幾筋もの雫が伝っていた。
そんなマリーを見つけてくれたのが、雪だった。彼は高層ビルの屋上の隅に身を隠していたマリーの前に突然現れた。
彼の連れていた獣が力の強い同胞だとすぐに気付いたからか、警戒心は湧かなかった。
そして、起き上がる気力もなく倒れ込んでいたマリーに、雪は手を差し伸べて微笑んだのだ。
「僕とおいで」
雪の白い髪が月明かりに照らされて、銀色に輝いて見えた。繋いだ手から伝わる熱は信じられないほど温かく、背後に輝く月とは対照的な、まるで太陽のようなひとだと、マリーはそう思った。
心身共に弱っていたマリーに多くを語らず、優しく迎え入れてくれた雪に、マリーはその身が滅ぶまで側に仕える事を誓約し、『マリーベル』の名を授かったのだった。
あれから七年。外見五歳程だったマリーも、現在では十歳位と悪魔にしては異例の速さで成長を遂げた。
しかし雪はいつまで経ってもマリーを子供扱いして、『仕事』に参加させてくれない。
未熟な夢魔に出来る事など些細なものでしかないと分かってはいるが、それでもノヴァ達のように主人の役に立ちたいのだ。
「マリーベル」
ノヴァの声に我に返り、反射的に彼を見上げると、視界の端に鳥の姿を捉えた。
小鳥は二人の上空を旋回して、二階の開け放たれた窓に飛び込んで行った。
「……フィルフィス、ね」
「何かあったのでしょうか」
「……あなたは知っているんでしょ?」
ノヴァは答えず、ただ見透かすように二階の窓を眺め、薄く笑う。
彼は、こういう悪魔だ。
元々は賢神とまで言われながら、悪魔という身分を楽しんでいる。
勿論、マリーの劣等感などとっくにお見通しだろうが、何も言わないのは優しさなどでは決してなく、面白がって傍観しているだけに過ぎない。
確かにそれが悪魔の性だが、こうして同じ主人に仕え、同じ処に棲まう以上、ほんの少し歩み寄ってみても良いのではないかとマリーは思う。
──同時に、こんな甘い考えを抱いてしまうのは、悪魔として幼いからなのだと自覚せざるをえないのだが。
再びぼんやりと考え込むと、ノヴァが隣で溜め息をついた。
「私はマリーベルを嫌いではありませんよ」
静かな声に、マリーは弾かれたように顔を上げた。
「読んだわね……」
「不可抗力ですよ。それに何度も言いますが、私は生者の心を読む事など出来はしない」
眉をひそめてノヴァを見上げたが、彼は無表情のまま淡々と答えた。彼の言葉はいちいち信用ができない。
マリーは二階の窓を見上げた。さっきフィルフィスが飛び込んで行ったのは、書斎の窓である。雪もきっとそこにいるのだろう。
「そんなに気になるなら、行ってみてはどうです。リッツィオも一緒のようですし」
「……リジィが?」
ノヴァに視線を戻すと、彼はいつの間にか喚び寄せていた如雨露で、店先の花壇に水を遣っていた。
マリーは店の扉を勢い良く開けてチラリとノヴァを振り返り、
「……わたしもノヴァを嫌いじゃないわよ」
そう一言残して奥に入っていった。
「主に似て、素直じゃないですね」
やれやれと微笑んだノヴァの呟きは、マリーの耳には届かなかった。
書斎に入ると、ノヴァの予想通りリジィがソファにふんぞり返って座っていた。
ふんぞり返るとは言っても彼は三歳くらいの幼児姿なので、ふかふかのソファに埋もれているようで何だか可笑しい。
他の悪魔達と違うのは、彼が天使のような純白の翼を持っているという所だろう。
見事な金色の巻き毛に薔薇色の頬。黙って微笑んでいればまさに人間達の思い描く天使そのもので、到底悪魔には見えない。
そう、たとえ彼の首に飾り物のように巻きついているのが、たった数滴で人間を死に至らしめる猛毒を持つ蛇であろうとも。
「あっれぇ、マリーじゃないか。久しぶりだねぇ」
「……帰ってたの」
マリーの冷たい反応に、リジィはソファから身を乗り出し、人差し指を突き出す。
「違うよ、マリーベル。こういう時は『お帰りなさい』だろ?」
「……そうね。それで、マスターは何処」
「つれないなぁ」
マリーがそっぽを向くと、リジィは羽ばたいてマリーの目の前まで飛んできた。
「そんなんじゃセツに嫌われちゃうよっ」
そう言って床から一メートル程浮いた所で両膝を抱え、意地悪そうに笑う。
マリーはリジィが苦手だ。
嫌いになれないのは、同じ主人に仕える同胞だからと言うよりも、リジィが雪と似た所があるからにすぎない。
人間嫌いのリジィが雪と一緒にいるのも、きっとそういう理由からだろう。あまり認めたくはないが、二人はとても気が合うらしい。
ただ、雪と彼が決定的に違う所は、リジィには悪意しかないという事だ。
「リジィは悪意で出来ているのね……」
マリーが自分の言葉に納得したようにうんうんと頷くと、リジィは目を瞬かせ、それから豪快に笑い出した。
先程の意地悪な笑い方ではなく、本当に楽しそうな、無邪気なリジィの笑顔。それがあまりにも天使のそれだったので、今度はマリーが目を瞬かせる番だった。
「それが悪魔ってものでしょ」
澄んだアルトの声に振り返ると、少年がドアの前に立っていた。
「……マスター」
「やぁ、マリー。今日も絶好調みたいだね」
右手の甲に乗せた小鳥を撫でながら、雪はにっこり笑う。この笑顔にマリーは弱い。
白く端整な顔。薄らと灰色がかった白い髪と相まって、見る者に儚げな印象を与える。
人間は醜いものというのが悪魔内の常識なので、マリーに限らず彼と面識のある同胞は、最初ひどく驚いた事だろう。
――もっとも、こうして数多の悪魔達と関わりを持つ以上、普通の人間だとはとても言い難いのだが。
「遅かったじゃんか、セツ。またスーの所へ行ってたんだろ?」
ようやく笑いが治まったらしいリジィが雪のとなりへ軽やかに移動する。
「そ。近況報告にね」
「わざわざセツが出向く事でもないでしょ。アイツなら言わなくても分かるだろうし」
「僕が、伝えたかったんだよ。リジィ」
「わっかんないなぁ。まぁいいや。それでフィルの奴、何だって?」
リジィは雪と目線の高さを合わせた所に胡座を掻いた格好で浮かぶ。これはリジィが雪の事を主と認めているからで、マリーなどいつも見下ろされている。
「面白そうな話を聞いたんだって」
「へえ、どんな話さ?」
雪が口を開こうとしたその時、書斎のドアからノック音が響いた。返事を待たずにドアが開き、ノヴァが顔を覗かせる。
「……雪様」
「うん、フィルに聞いた。お客様だね」
雪は頷き、小鳥の背を撫でる。そして動向を見守っていたマリーとリジィに向かって、
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