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開かなそうな世界
しおりを挟む――引き続き4月。都内某所。社屋ドア前。
心意気もあらたに僕は科戸さんの番号を表示させていたスマホの通話ボタンを押すことはせずに画面を閉じた。とは言え、まずはどうしたものかと考えていると、チン! と古めかしいベルのような音がなり、続いてガタガコガタガタと老朽化したエレベーターのドアが開く音がした。
あ。誰か来たのかな?
もしかしたら妨害工作、の可能性も棄てきれない。僕は少し身構えてエレベーターを降りたらしい人間の姿を待った。向こうからやってきたのは、僕と同じくリクルートスーツっぽい新入社員らしい格好の人で、その人はドアの前に立っている僕に向かって「……ちわーっす。へー……もしかして新入社員すか? つっても俺もなんすけどね。なんで、そんなとこにつっ立ってるんすか?」全然新入社員感が感じられない口調で話しかけてきた。
え……。なんで、と言われましても……。
「もしかして誰もいなくて開いてないとか?」
僕の肩越しのガラスドアを隔てた薄暗いオフィスを見て、彼も自身でドアノブを引いてみるがドアは揺れてガチャガチャと音を立てるだけだった。
「え? ええ。そう、みたいです」
「マジっすかー?! 俺、初日だけは遅刻まずいとか言われてたから、超早く出てきたのに。途中で、なんか、路線でボヤがあったとかで電車遅れたりして超焦ったけど、マジ急いで来たのに開いてないでとういうことっすか?」
「いや、私に聞かれても……」
「あーまーそうっすよね。わかるわけないっすよね。俺、古津って言いまーす。きっと同期ってことっすよね。よろしくー」
「はぁ」
「開いてないなら俺、コンビ二行ってきますわ。誰か着たら、俺はちゃんと会社開く前にここに来てたって言っといて。同期なんだからよろしく」
「いや、あああの……」
古津と名乗った自称新入社員は、呆気に取られた僕の回答を待たずエレベーターホールへと引き返していってしまった。
いったいどういう人間なんだろう。同期? あれが? 同期だからよろしくって……なにを?
また薄暗い廊下に一人のこされた僕は、同期という単語と人間とのコミュニケーションについて考えていた。時計を見れは時間は当たり前に過ぎていく。
この世界の人間は時間を止められないのに大丈夫なんだろうか。って言っても僕もChronusさんみたいなこの世界の時間をどうこう出来る力はないけど。
時間どころか、このただ回せばいいだけの単純な鍵すら開けられないんですけど……。
取り残された僕は秒針を目で追いながらまた科戸さんのいうところの卑屈なことを考えはじめていた。
突然ガチャン! と低い大きな音がして僕は声になったようなならないような変な音を出し、両肩と背中が無意識に持ち上がった。
び、びっくりした。
音がした方を見れば、それはミドリくんの下のドアで、何かが左右に小刻みに揺れながらやってくる。
え……うそ、ほんとに何か変なの来たとか……??? 敵??? いや待って。敵って何が敵なの?!
何の役に立つかはわからないが、僕は鞄を胸に抱えてドアに背を預けた。
相手は両手をそろえて左右にちょんちょん、ちょんちょんとリズムを刻み、その度に何かがカチャカチャと音を立てた。
何の動き? 何の音? ぶ、武器とか?
身構える僕に近付いて来たのは、頭を前後に揺らし両手でダンス(?)らしき動作で進行してくる謎の男だった。
変なのが来たことは間違いなかった。
男は僕のすぐ近くまで来ると「アアオオウ!」と叫んで、機敏に90度進路を変えガラスドア、つまり僕に向いた。
「キャーーー!」
僕はもうためらわずに叫んでいた。泣きそうだった。一瞬、廊下に熱風が吹きぬけた気がしたが、僕はそれどころではなかった。
「あれ? チミはだれだ!」
僕の叫びで男は僕の存在にようやく気が付いたのか、イヤホンを外して度の強そうな眼鏡ごしにこちらを見る。どうやら人間(多分)みたいだった。
チミ? チミってなに?
外した男のイヤホンからは、聴いたことがある曲が流れている。
なんだっけ。そうだ。Thriller(スリラー)だ。マイケルのね。うん。いいよね、マイケル。
動揺した僕はチミの意味がわからないまま、マイケルの歌声に逃避していた。そんな僕に男はもう一度「だれですか?」と尋ねてきた。
「だ、だ、だ、誰と言われましても、わ、私は今日からこちらで働かせて頂く……」
「眼鏡っこ」
「は?」
「萌え眼鏡……」
男はまじまじと僕をみているようだった。
誰か助けて!!
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