おにぎりレシピ

帽子屋

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はじまっていた日 10:40AM

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「それに。サーバー燃えたら火事だろ? もっと熱いと思うな。近くのキャビネットには紙類たくさん放り込んであるし、引火してたらここからでも火の手が見えるよ」
「冗談ですよ、冗談」
梅先の真面目な返答に、いつも通り通常運転だなと紫野はタイムカードをカードホルダーに戻した。
「だけど確かに変な日だよね。この暑さといい路線の事故といい」
「マジで事故とか列車遅延とかやめてほしいですわ。俺の命がかかってるっつーの……」
足早に自分の席へと向かった紫野が鞄を置き上着を椅子の背にかけたところに、思案げな顔でついてきていた梅先がものすごい速さで詰め寄ってきた。
「どういうこと?! 紫野、九死に一生的な事故にあったのか?! 奇跡体験を経て今ここにいるとか? 三途の川、見たのか? 地獄の扉の向こうをのぞいたか? それともヘブンズドア、ノックしたとか??」
「いや……梅先さん、近い、近いです! 落ち着いて。俺、そんなミラクル起こしてませんから……って言うか、遅延には巻き込まれましたけど、事故そのものには巻き込まれてないっす」
らんらんと目を輝かせていた梅先がスンと静かになった。
「なんだ」
一気に急下降した梅先の熱は、どこか責めるような冷たさすら紫野に感じさせた。
『なんだ……って言われても……梅先さん、その目、恐いです……。俺、何も悪いことしてないです……』
「命かかってるって言うから……」
紫野の真後ろの席に座った梅先がくるりと椅子を回転させ期待を裏切られましたと言わんばかりの視線を寄越してくる。
「えーっと……命はかかってましたー 今日、遅刻したらマジで鬼切さんにられるとこだと思いましたー 命かけて走りましたー だから事故には巻き込まれませんでしたー」
この超常現象マニアの先輩に、あんびりーばぼーな現象が起きなかったのは断じて自分のせいではないと、紫野は開き直った超棒読みで説明した。
「もういいよ。どうせ紫野も鳴海さんも超常現象に興味ないでしょ。奇跡なんて出会わないでしょ。だいたい紫野の命が鬼切さん次第なんていつものことじゃん」
「いやいや、待ってください。俺の命、別に鬼切さんに預けてませんけど? それに鳴海って今日来る新人ですか? なんでそいつと俺を一緒にするんですか? ……って言うか、なきクラゲちゃんはここに辿り着けたんですか?」
「紫野の命は預けてるんじゃなくて握られてるんでしょ。それに……本当にタイムカードまっしぐらだったんだな。紫野がタイムカード押してるときに、すぐそばにいたよ。茶山さんと一緒に」
「え? マジで? ……そう言われてみれば、なんか抜け殻みたいな様子のやつがいたような……やっぱちっちゃくてぺっちゃんこは俺の視界には入らないのか……」
紫野は、つい先ほどの状況を思い出そうとした。オンボロ打刻機の向こうに常々思っている茶山の、おかんみたいな頭、が脳裏に蘇る。確かに言われてみればその近くに、なぜだか魂がぬけたような放心状態の人間がいたような気もするが、それが件のクラゲ、新入社員だったかどうかはまるで思い出せなかった。
「抜け殻って……やっぱりそう見えた? ちょっと、彼女と色々話してたら……俺、落としちゃって」
『は? 落としちゃった? いや梅先さん、手ェ出すの早過ぎないすか?』
紫野の思考は大変偏向的であり且つ単純である。
『梅先さん、そんなにあのちっさいぺっちゃんこ好みだったんですか……』
「そんなにドストライクで?」
「そうなんだよ。せっかく復活したところをねドンってね……」
捏造写真に加担した良心の呵責から、鳴海が落ち込んだ様子を反芻していた梅先の顔は、紫野には物憂げに映った。ゆがんだ根性の紫野の、曲がった思考回路は全力で迷走を始めた。
『え? ドン? いきなり初対面で壁ドン?! マジかー!! この男、真面目奥手な温厚顔しながらやりおるな……子悪魔なのは社家さんだけだと思いきや、この男も羊の皮をかぶったなんとやらじゃないか!』
「マジっすか……」
「うん。悪いこと、しちゃったかな……」
『悪いことって……』
梅先が小さく溜息をつき、スマホを取り出す姿を見ながら紫野は誤解と言う自分の迷走に確固たる自信を持って、唐突に始まった恋物語にテレビの中の昼メロに語りかけるおばさんの心境になっていた。
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