おにぎりレシピ

帽子屋

文字の大きさ
31 / 74

はじまっていた日 12:38〜

しおりを挟む
二人を案内したおかみさんが、カウンターへ「特製二つ、お願いしますね」と声を掛けた。「おう! これで今日の特製はしまいだな。しかしこんな時間まで残っていたなんて、珍しいこともあるもんだ。今度は雪でも降るんじゃないか?」
「またそんなことを。今朝あんなに熱風が吹き荒れて、今度は雪だなんて。大気が暴れるにもほどがありますよ」
「それもそうだな。ちげぇねえ。そんなに暴れられちゃあ参っちまうよな」
やれやれと言った感じでおやじは業務用の大きな冷蔵庫に向かった。
「看板、しまっておきますね」
「おう! 頼むわ」
おかみさんは引き戸を開けて店先に出してあった手書きの黒板調の看板を店の中へと運びいれた。看板には、守乃かみのと言う古風な和食屋とはミスマッチな、時々バイトに来る女子大生が書いたなんともポップな文体文言が記されていた。

[------------------------------]
  ❤守乃(かみの)❤

  味噌汁定食!
  超特製! 超限定!
 
  本日残り5→2食!
  まだあります!
[------------------------------]

席に通され、水とお手拭を渡された紫野は、静かに、祈りを捧げるが如く、この店特製の、この界隈のサラリーマンなら誰でもが一度は食べたいと心より願う限定・謹製・特製の禁断の味噌汁定食を注文した。
「はい。味噌汁定食、お二人様ですね。かしこまりました」
紫野の粛々としたオーダーにおかみは優しく微笑みながら注文票に[特×2]と書き入れ、カウンターへと戻っていった。
守乃かみの味噌汁……定食……かみのみぞしる……紫野、お前の言っていた奇跡って、まさか、この定食のことか?」
「ん? そうっすよ? 外に看板出てたじゃないっすかー もー マジびっくりしましたよー この時間に幻の味噌汁定食がまだ残ってるなんてー 奇跡以外の何ものでもないっす! いやー 日ごろの行いの良さっすかねー うははー」
紫野は、無事にオーダー出来た開放感から、天に祝福されたと言わんばかりの幸福顔で、近くの棚に置いてあった灰皿を取って戻って来た。
『地獄に堕ちろ……』
梅先は目の前で有頂天に、4月それは春、この世の春がまさに今降り注いぎ、この飢餓を満たし、五臓六腑に染み渡る英気を味噌汁を授からんとばかりに舞い上がっている後輩に知りうる限りの呪いのろい呪いまじないを言葉を唱えた。
俺の、俺の奇跡への身を焦がすほどの希求を、なんだと思っている、紫野おまえ
鼻歌でも歌いそうなほど幸せそうに紫煙を吐き出す後輩へ梅先の呪いは、覿面に効果があったらしい。
「あ! いっけね! おかみ……すまねえ。今朝のアレでアレを切らしちまってる。特製があと1つしか出せねえ……」
「あらま! 今朝のアレがアレでアレが切れてしまったんですか。でもアレがないなら仕方ありませんわ……お客様にお詫び申し上げてきますわ」
「すまねえな……もしお客がそれでも食べてってくれるってんなら、後で俺からも詫び入れにいくわ」
「ええ、ええ。まずは事情を説明して参りますわ」
おかみがカウンターを離れて数分後、この世の終わり、断末魔の叫びが店の奥から響いてきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

淡色に揺れる

かなめ
恋愛
とある高校の女子生徒たちが繰り広げる、甘く透き通った、百合色の物語です。 ほのぼのとしていて甘酸っぱい、まるで少年漫画のような純粋な恋色をお楽しみいただけます。 ★登場人物 白川蓮(しらかわ れん) 太陽みたいに眩しくて天真爛漫な高校2年生。短い髪と小柄な体格から、遠くから見れば少年と見間違われることもしばしば。ちょっと天然で、恋愛に関してはキス未満の付き合いをした元カレが一人いるほど純潔。女子硬式テニス部に所属している。 水沢詩弦(みずさわ しづる) クールビューティーでやや気が強く、部活の後輩達からちょっぴり恐れられている高校3年生。その美しく整った顔と華奢な体格により男子たちからの人気は高い。本人は控えめな胸を気にしているらしいが、そこもまた良し。蓮と同じく女子テニス部に所属している。 宮坂彩里(みやさか あやり) 明るくて男女後輩みんなから好かれるムードメーカーの高校3年生。詩弦とは系統の違うキューティー美女でスタイルは抜群。もちろん男子からの支持は熱い。女子テニス部に所属しており、詩弦とはジュニア時代からダブルスのペアを組んでいるが、2人は犬猿の仲である。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...