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はじまっていた日 12:38〜
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二人を案内したおかみさんが、カウンターへ「特製二つ、お願いしますね」と声を掛けた。「おう! これで今日の特製はしまいだな。しかしこんな時間まで残っていたなんて、珍しいこともあるもんだ。今度は雪でも降るんじゃないか?」
「またそんなことを。今朝あんなに熱風が吹き荒れて、今度は雪だなんて。大気が暴れるにもほどがありますよ」
「それもそうだな。ちげぇねえ。そんなに暴れられちゃあ参っちまうよな」
やれやれと言った感じでおやじは業務用の大きな冷蔵庫に向かった。
「看板、しまっておきますね」
「おう! 頼むわ」
おかみさんは引き戸を開けて店先に出してあった手書きの黒板調の看板を店の中へと運びいれた。看板には、守乃と言う古風な和食屋とはミスマッチな、時々バイトに来る女子大生が書いたなんともポップな文体文言が記されていた。
[------------------------------]
❤守乃(かみの)❤
味噌汁定食!
超特製! 超限定!
本日残り5→2食!
まだあります!
[------------------------------]
席に通され、水とお手拭を渡された紫野は、静かに、祈りを捧げるが如く、この店特製の、この界隈のサラリーマンなら誰でもが一度は食べたいと心より願う限定・謹製・特製の禁断の味噌汁定食を注文した。
「はい。味噌汁定食、お二人様ですね。かしこまりました」
紫野の粛々としたオーダーにおかみは優しく微笑みながら注文票に[特×2]と書き入れ、カウンターへと戻っていった。
「守乃味噌汁……定食……かみのみぞしる……紫野、お前の言っていた奇跡って、まさか、この定食のことか?」
「ん? そうっすよ? 外に看板出てたじゃないっすかー もー マジびっくりしましたよー この時間に幻の味噌汁定食がまだ残ってるなんてー 奇跡以外の何ものでもないっす! いやー 日ごろの行いの良さっすかねー うははー」
紫野は、無事にオーダー出来た開放感から、天に祝福されたと言わんばかりの幸福顔で、近くの棚に置いてあった灰皿を取って戻って来た。
『地獄に堕ちろ……』
梅先は目の前で有頂天に、4月それは春、この世の春がまさに今降り注いぎ、この飢餓を満たし、五臓六腑に染み渡る英気を味噌汁を授からんとばかりに舞い上がっている後輩に知りうる限りの呪いと呪いを言葉を唱えた。
俺の、俺の奇跡への身を焦がすほどの希求を、なんだと思っている、紫野!
鼻歌でも歌いそうなほど幸せそうに紫煙を吐き出す後輩へ梅先の呪いは、覿面に効果があったらしい。
「あ! いっけね! おかみ……すまねえ。今朝のアレでアレを切らしちまってる。特製があと1つしか出せねえ……」
「あらま! 今朝のアレがアレでアレが切れてしまったんですか。でもアレがないなら仕方ありませんわ……お客様にお詫び申し上げてきますわ」
「すまねえな……もしお客がそれでも食べてってくれるってんなら、後で俺からも詫び入れにいくわ」
「ええ、ええ。まずは事情を説明して参りますわ」
おかみがカウンターを離れて数分後、この世の終わり、断末魔の叫びが店の奥から響いてきた。
「またそんなことを。今朝あんなに熱風が吹き荒れて、今度は雪だなんて。大気が暴れるにもほどがありますよ」
「それもそうだな。ちげぇねえ。そんなに暴れられちゃあ参っちまうよな」
やれやれと言った感じでおやじは業務用の大きな冷蔵庫に向かった。
「看板、しまっておきますね」
「おう! 頼むわ」
おかみさんは引き戸を開けて店先に出してあった手書きの黒板調の看板を店の中へと運びいれた。看板には、守乃と言う古風な和食屋とはミスマッチな、時々バイトに来る女子大生が書いたなんともポップな文体文言が記されていた。
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❤守乃(かみの)❤
味噌汁定食!
超特製! 超限定!
本日残り5→2食!
まだあります!
[------------------------------]
席に通され、水とお手拭を渡された紫野は、静かに、祈りを捧げるが如く、この店特製の、この界隈のサラリーマンなら誰でもが一度は食べたいと心より願う限定・謹製・特製の禁断の味噌汁定食を注文した。
「はい。味噌汁定食、お二人様ですね。かしこまりました」
紫野の粛々としたオーダーにおかみは優しく微笑みながら注文票に[特×2]と書き入れ、カウンターへと戻っていった。
「守乃味噌汁……定食……かみのみぞしる……紫野、お前の言っていた奇跡って、まさか、この定食のことか?」
「ん? そうっすよ? 外に看板出てたじゃないっすかー もー マジびっくりしましたよー この時間に幻の味噌汁定食がまだ残ってるなんてー 奇跡以外の何ものでもないっす! いやー 日ごろの行いの良さっすかねー うははー」
紫野は、無事にオーダー出来た開放感から、天に祝福されたと言わんばかりの幸福顔で、近くの棚に置いてあった灰皿を取って戻って来た。
『地獄に堕ちろ……』
梅先は目の前で有頂天に、4月それは春、この世の春がまさに今降り注いぎ、この飢餓を満たし、五臓六腑に染み渡る英気を味噌汁を授からんとばかりに舞い上がっている後輩に知りうる限りの呪いと呪いを言葉を唱えた。
俺の、俺の奇跡への身を焦がすほどの希求を、なんだと思っている、紫野!
鼻歌でも歌いそうなほど幸せそうに紫煙を吐き出す後輩へ梅先の呪いは、覿面に効果があったらしい。
「あ! いっけね! おかみ……すまねえ。今朝のアレでアレを切らしちまってる。特製があと1つしか出せねえ……」
「あらま! 今朝のアレがアレでアレが切れてしまったんですか。でもアレがないなら仕方ありませんわ……お客様にお詫び申し上げてきますわ」
「すまねえな……もしお客がそれでも食べてってくれるってんなら、後で俺からも詫び入れにいくわ」
「ええ、ええ。まずは事情を説明して参りますわ」
おかみがカウンターを離れて数分後、この世の終わり、断末魔の叫びが店の奥から響いてきた。
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