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逃亡したい世界
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獣が消えた騒がしいドアから一番離れた出口から外へと出て行った紫野さん。ふと我に返った僕。
ええと? どこ行くの? 業務時間中、仕事中では? 死の覚悟? まだご挨拶してから数秒なのに、今生の別れ的なやつですか? え? 今生って……それって僕は大丈夫なのでしょうか?! 梅先さん!!
紫野さんの行く末も気にはなるが、今生の別れってつまりこの世界での形状崩壊、エネルギーの拡散ってことですよね。任務初日でそれは本当にやめて頂きたい僕は、斜め横に立って紫野さんを遠い目で見送っていた梅先さんを仰ぎ見た。僕の視線に気付いた梅先さんは「さて」と言って「パソコンのセットアップでもしようか」とにこやかに僕を業務へと促した。
「……はい」
僕はとんでもないところに来てしまったんだなと、しみじみと感じた。だってとここの人間たち、何だか色々激しい。人間とは思えないアレを抜きにしても、常に死線を潜り抜けているような紫野さんと、それを常態としてにこやかな表情さえ浮かべることの出来る梅先さん。こんな人間たちの中で、僕は果たして姫を探すと言う陛下からの重大な密命を遂行することが出来るのか。朝、科戸さんに「行ってらっしゃい」と送り出されてから数時間、度重なる出来事に不安は募る一方で、解消される気配はまるでしない。融通の利かないジョブチェンジギルドのおじさんの眩しい頭と言葉が蘇る。
『不安は皆さん同じですよ。でも、慣れますよ』
本当ですか?! 新人社員の皆さんは、これに慣れるんですか?! って言うか、この不安、これって皆さんの共通不安なの? これがこの世界のデフォルト?!
言ってやりたかった。
「……さん。鳴海さん。大丈夫?」
「え? あ、はい。すみません。思い出したら不安とちょっとした憤りで呆然としてしまいました」
「朝から色々あったし、あの紫野や鬼切さんみたらびっくりするよね」
「ええ……とても」
それはもう。
「この会社の人たち、みんなちょっと変わってるかなって俺も始めは思ってたけど、慣れるよ。そのうち普通になるから」
……。
「さて。鬼切さんが戻って来た時にそれっぽく作業しているように見せないとね。パソコン使い回しで悪いんだけど、セットアップしようか」
「はい」
鬼切さんは戻ってくる。 ……アレが、再臨ってこと、ですよね? それって……その前に、あの黒い獣は何しにどこへ行ったのでしょうか……。
僕はもう鬼切さんと呼ばれる人間が、人間とか上司とか、もしかしたら姫?(やめて!)とか、そう言うことを一先ず置いておいて、最早僕の中では、鋭利な視線で相手に氷刃を突き刺すあの黒き獣が、何をしにどこへ行ったいったのかものすごく気になった。もう僕の存在なんかにはとっくに気付いてて、余興半分で敵性種族とか呼び集めてたらどうしよう。僕なんて、そんな、血祭りとかの余興にもならないですよ。瞬殺ですよ。
僕はまた、鼓動も呼吸も止まりそうだったので、慌てて息を吸ってごくりと喉を鳴らして梅先さんに尋ねてみた。
「その……再起動なさった鬼切さんは、何をしに行かれたのでしょう……?」
「鬼切さん?」
「はい」
僕は梅先さんを見た。ディスプレイに浮かんだWindows7のロゴに、何でこの時期に7なの? と思わないでもなかったが、それより何より、梅先さんのその春らしい爽やかな表情から、暗黒物質のような言葉が飛び出すんじゃないかと身構えた。
「歯磨き」
「はい?」
「鬼切さん、昼飯の後、歯を磨かないと気持ち悪いんだってさ」
ははぁ。はみがき、ですか。刃、磨きですかね。獣が刃を磨いでいらっしゃる、と。
……終わったかな、僕。
逃げちゃダメ、かな? 僕はちょっぴり乾いた笑いと涙が出そうだった。
ええと? どこ行くの? 業務時間中、仕事中では? 死の覚悟? まだご挨拶してから数秒なのに、今生の別れ的なやつですか? え? 今生って……それって僕は大丈夫なのでしょうか?! 梅先さん!!
紫野さんの行く末も気にはなるが、今生の別れってつまりこの世界での形状崩壊、エネルギーの拡散ってことですよね。任務初日でそれは本当にやめて頂きたい僕は、斜め横に立って紫野さんを遠い目で見送っていた梅先さんを仰ぎ見た。僕の視線に気付いた梅先さんは「さて」と言って「パソコンのセットアップでもしようか」とにこやかに僕を業務へと促した。
「……はい」
僕はとんでもないところに来てしまったんだなと、しみじみと感じた。だってとここの人間たち、何だか色々激しい。人間とは思えないアレを抜きにしても、常に死線を潜り抜けているような紫野さんと、それを常態としてにこやかな表情さえ浮かべることの出来る梅先さん。こんな人間たちの中で、僕は果たして姫を探すと言う陛下からの重大な密命を遂行することが出来るのか。朝、科戸さんに「行ってらっしゃい」と送り出されてから数時間、度重なる出来事に不安は募る一方で、解消される気配はまるでしない。融通の利かないジョブチェンジギルドのおじさんの眩しい頭と言葉が蘇る。
『不安は皆さん同じですよ。でも、慣れますよ』
本当ですか?! 新人社員の皆さんは、これに慣れるんですか?! って言うか、この不安、これって皆さんの共通不安なの? これがこの世界のデフォルト?!
言ってやりたかった。
「……さん。鳴海さん。大丈夫?」
「え? あ、はい。すみません。思い出したら不安とちょっとした憤りで呆然としてしまいました」
「朝から色々あったし、あの紫野や鬼切さんみたらびっくりするよね」
「ええ……とても」
それはもう。
「この会社の人たち、みんなちょっと変わってるかなって俺も始めは思ってたけど、慣れるよ。そのうち普通になるから」
……。
「さて。鬼切さんが戻って来た時にそれっぽく作業しているように見せないとね。パソコン使い回しで悪いんだけど、セットアップしようか」
「はい」
鬼切さんは戻ってくる。 ……アレが、再臨ってこと、ですよね? それって……その前に、あの黒い獣は何しにどこへ行ったのでしょうか……。
僕はもう鬼切さんと呼ばれる人間が、人間とか上司とか、もしかしたら姫?(やめて!)とか、そう言うことを一先ず置いておいて、最早僕の中では、鋭利な視線で相手に氷刃を突き刺すあの黒き獣が、何をしにどこへ行ったいったのかものすごく気になった。もう僕の存在なんかにはとっくに気付いてて、余興半分で敵性種族とか呼び集めてたらどうしよう。僕なんて、そんな、血祭りとかの余興にもならないですよ。瞬殺ですよ。
僕はまた、鼓動も呼吸も止まりそうだったので、慌てて息を吸ってごくりと喉を鳴らして梅先さんに尋ねてみた。
「その……再起動なさった鬼切さんは、何をしに行かれたのでしょう……?」
「鬼切さん?」
「はい」
僕は梅先さんを見た。ディスプレイに浮かんだWindows7のロゴに、何でこの時期に7なの? と思わないでもなかったが、それより何より、梅先さんのその春らしい爽やかな表情から、暗黒物質のような言葉が飛び出すんじゃないかと身構えた。
「歯磨き」
「はい?」
「鬼切さん、昼飯の後、歯を磨かないと気持ち悪いんだってさ」
ははぁ。はみがき、ですか。刃、磨きですかね。獣が刃を磨いでいらっしゃる、と。
……終わったかな、僕。
逃げちゃダメ、かな? 僕はちょっぴり乾いた笑いと涙が出そうだった。
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