52 / 74
昼休憩後の世界(5)
しおりを挟む
うわぁ。凍えそう。あの窓の向こう、外の気温よりはるかに温度の低い冷たい笑み。四月なのにな。一日なのにな。僕の初出社、初任務、初日なのにな。なんて冷たい……。
「それは……紫野、本人に訊いてみないと。俺、それについては説明されていないので」
「ふうん」
さすがの梅先さんの柔らかい笑みも、凍てつく寒風に煽られる硬い花の蕾のように固まった。四月なのに。春なのに。だけどこの目の前で吹き荒れる極寒の冷気に当てられては、寒さに強い梅とて花がほころぶ笑顔は無理です。ここの窓の下の街路樹、ようやく都内にもちらほらやってきた桜の開花だって、鬼切さんの前では花開く前に桜散る勢いですよ。
そう言えば、桜散った紫野さんはどこへ行ったんだろう。とてもこの人間(?)から逃げ切れるとも思わないけど。
僕の混乱と現実逃避したい気持ちの目の前では、鬼切さんがマウスを的確に操作している。
「説明する時間もなかったと言う訳か。俺が出社した後に作ったらしいからな」
鬼切さんは、メモ帳のプロパティを確認していた。さすがの梅先さんも、もう苦笑いを浮かべているだけだ。
「お、にきりさん。芝通の納期、もう少しなんです」
「知ってる」
「だからせめてそれまで、紫野の命は、腕だけでも動かせてコーディング出来るぐらいには……」
え? どういうことですか? 人間てそんな腕だけ動かせたら生きてますみたいな能力ありましたっけ?
「代わりがいるじゃないか。都合良く、今日から配属された新人が」
「え?」
え? どういうことですか? ちょっと聞き捨てならないんですけど。
「いや、鳴海さんは、新人ですよ。今日、初出社ですよ。さすがに紫野の代わりは難しいですよ」
そうです。そうなんです。僕、色々今日初めてです。色々難しいことに直面しまくってます。
「ふうん。そうか。で、その新人の教育を任せた奴は、きっちり資料作って、今、インフラ担当に電話で確認してるとこなんだろ?」
「それは、そうですが……」
「だったらすぐに代わりが出来るぐらいになりそうなもんだな、梅先」
「それは、そうかもしれませんが……」
僕の耳に、早鐘のように打ち鳴らされる梅先さんの鼓動の音が聴こえた。お、落ち着いて。梅先さん、心臓、破裂しちゃいますよ。壊れちゃったら、代えの心臓、ないでしょ? 存在エネルギーも1個体分だけですよね? さすがに梅先さんは、この世界の普通の人間ですよね。と言うか、お願い。そうであってください。
「それは……紫野、本人に訊いてみないと。俺、それについては説明されていないので」
「ふうん」
さすがの梅先さんの柔らかい笑みも、凍てつく寒風に煽られる硬い花の蕾のように固まった。四月なのに。春なのに。だけどこの目の前で吹き荒れる極寒の冷気に当てられては、寒さに強い梅とて花がほころぶ笑顔は無理です。ここの窓の下の街路樹、ようやく都内にもちらほらやってきた桜の開花だって、鬼切さんの前では花開く前に桜散る勢いですよ。
そう言えば、桜散った紫野さんはどこへ行ったんだろう。とてもこの人間(?)から逃げ切れるとも思わないけど。
僕の混乱と現実逃避したい気持ちの目の前では、鬼切さんがマウスを的確に操作している。
「説明する時間もなかったと言う訳か。俺が出社した後に作ったらしいからな」
鬼切さんは、メモ帳のプロパティを確認していた。さすがの梅先さんも、もう苦笑いを浮かべているだけだ。
「お、にきりさん。芝通の納期、もう少しなんです」
「知ってる」
「だからせめてそれまで、紫野の命は、腕だけでも動かせてコーディング出来るぐらいには……」
え? どういうことですか? 人間てそんな腕だけ動かせたら生きてますみたいな能力ありましたっけ?
「代わりがいるじゃないか。都合良く、今日から配属された新人が」
「え?」
え? どういうことですか? ちょっと聞き捨てならないんですけど。
「いや、鳴海さんは、新人ですよ。今日、初出社ですよ。さすがに紫野の代わりは難しいですよ」
そうです。そうなんです。僕、色々今日初めてです。色々難しいことに直面しまくってます。
「ふうん。そうか。で、その新人の教育を任せた奴は、きっちり資料作って、今、インフラ担当に電話で確認してるとこなんだろ?」
「それは、そうですが……」
「だったらすぐに代わりが出来るぐらいになりそうなもんだな、梅先」
「それは、そうかもしれませんが……」
僕の耳に、早鐘のように打ち鳴らされる梅先さんの鼓動の音が聴こえた。お、落ち着いて。梅先さん、心臓、破裂しちゃいますよ。壊れちゃったら、代えの心臓、ないでしょ? 存在エネルギーも1個体分だけですよね? さすがに梅先さんは、この世界の普通の人間ですよね。と言うか、お願い。そうであってください。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
淡色に揺れる
かなめ
恋愛
とある高校の女子生徒たちが繰り広げる、甘く透き通った、百合色の物語です。
ほのぼのとしていて甘酸っぱい、まるで少年漫画のような純粋な恋色をお楽しみいただけます。
★登場人物
白川蓮(しらかわ れん)
太陽みたいに眩しくて天真爛漫な高校2年生。短い髪と小柄な体格から、遠くから見れば少年と見間違われることもしばしば。ちょっと天然で、恋愛に関してはキス未満の付き合いをした元カレが一人いるほど純潔。女子硬式テニス部に所属している。
水沢詩弦(みずさわ しづる)
クールビューティーでやや気が強く、部活の後輩達からちょっぴり恐れられている高校3年生。その美しく整った顔と華奢な体格により男子たちからの人気は高い。本人は控えめな胸を気にしているらしいが、そこもまた良し。蓮と同じく女子テニス部に所属している。
宮坂彩里(みやさか あやり)
明るくて男女後輩みんなから好かれるムードメーカーの高校3年生。詩弦とは系統の違うキューティー美女でスタイルは抜群。もちろん男子からの支持は熱い。女子テニス部に所属しており、詩弦とはジュニア時代からダブルスのペアを組んでいるが、2人は犬猿の仲である。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる