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昼休憩後の世界(6)

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 梅先さんの激しく打ち付ける拍動から体内へと流れ出す血液は、真紅のワインがグラスへと注がれる音にでも聴こえているのか、鬼切さんは「そうかもしれない? ……ふうん。それじゃあ、まずいよな。梅先」と目を細めて薄く笑った。
 ああ。どうしよう。終わっちゃう。このままだと梅先さんが終わってしまう。
 僕は今日と言う特別且つ色々とんでもない日に、唯一と言うべき頼りになるべきこの世界の人間(そうであってほしい)、優しい心の持ち主(優しさと言えば茶山さんもですよ)を、次の瞬間には失ってしまうのではないかと焦った。僕に、僕に何か出来ることは……。
 トゥルルルルルルルル……
 これ!!
「お待たせ致しました。株式会社エスイーアイで御座います。……お世話になっております……はい、少々お待ち下さいませ」
 僕は電話の保留ボタンを押した。
「お、鬼切さん。芝通システム開発部伊倉様よりお電話です」
 僕は緊張からの喉の渇きとストレスによる喉のひきつれを感じながら少し上ずった声で、それでもこの世界の音以外は出さないように細心の注意を払いながら鬼切さんに入電の旨を伝えた。鬼切さんは、ほんの少しだけ方眉を上げて僕を見つめると、「わかった」と一言告げて自席へと戻り受話器を上げた。電話機の保留ボタンが消えたことを確認した僕は、スパイロメーターを破壊しそうなぐらい膨大な溜息を吐き出した。
 まずい。獣がこの場から立ち去った安堵からまた人外のことをしてしまった。こんな肺活量、有り得ないよね。背中に冷たい汗を感じながら、ちらりと横を見ると、僕に負けず劣らず深い溜息を吐き出した梅先さんがいた。
「助かったー。伊倉さん、神だ。俺、今度伊倉さんに会ったら拝んでおこう」
 憔悴した中にも、目に光を取り戻した梅先さんは、「それにしても」と僕の横に自分の椅子を持って来て座った。
「鳴海さん、電話対応出来るんだ? どっかで研修受けたの?」
「前の職場で電話の取次ぎをすることがあったので」
 そうなんです! 僕に出来ること、それは電話に出ることです! むしろ、それが主な仕事って言いますか。僕、情報省のなんでもやる課で、「とりあえず電話の前に座ってて」とよく言われてたもので!
「そっか。鳴海さん、新入社員と同じこの時期の入社だけど、新人とは言え、中途採用みたいなもんなんだよね。それは即戦力に期待できるかも。都の職業訓練校のシステム開発科でプログラミングも学んで来てるんでしょ?」
「ええ。まあ」
 即戦力になるほどのプログラム技術が訓練されたとは思えませんが、まあ、この世界に慣れる訓練は少し出来たかもです。本当は2年だったんですよ? 予定では。でも、誰だか知りませんが、この世界を調査した人の手違いなんだか、情報省の手違いなんだかで、半年になっちゃいましたけど。
「前の仕事はどんな仕事?」
「前の仕事?」
 情報省?
「そう」
「ええっと情報……」
 ちが(う)っ! ちがいます! あぶないあぶない。うっかり情報省とか言ってしまうところでした。落ち着け、僕。
「そうそう。情報系だったよね?」
「あ! え? はい! そうです。情報! 系? 情報は扱っているところですが、私はあまりそう言うお仕事はしたことがないといいますか……」
 今日が初単独調査任務初日なんです!
「そうなんだ。どんな仕事が多かったの?」
「……電話番、でしょうか」
「電話番……」
「電話番」
 電話取ること以外したことないのかな? と言う梅先さんの笑顔と微妙な表情に、基本的には、はい。そうですと僕も意識して口角をちょっとだけ上げた表情を作ってみた。
「……うん。そっか。うん。でもまあ、電話が取れればね、新人の第一歩はクリアしたみたいなもんだから。じゃ、さっそくリカバリ始めてセットアップしようか。松土さんには悪いけど、鬼切さんの目を盗んでバックアップ取ってる余裕は無いし、もう紫野は帰って来ないものだと思って、ガンガン先に進もう! 俺たちは生き残ろうね」
「はい。宜しくお願い致します」
 心の底から、本当に、どうか宜しくお願い致します。
 初日で擬態死亡、悪ければ僕と言う存在の消滅……するわけにはいきません。一日持たずして任務失敗とか長官にも陛下にも顔向け出来ません。それこそエネルギーのヒトカケラも残すことなくきれいさっぱり消滅です。
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