53 / 74
昼休憩後の世界(6)
しおりを挟む
梅先さんの激しく打ち付ける拍動から体内へと流れ出す血液は、真紅のワインがグラスへと注がれる音にでも聴こえているのか、鬼切さんは「そうかもしれない? ……ふうん。それじゃあ、まずいよな。梅先」と目を細めて薄く笑った。
ああ。どうしよう。終わっちゃう。このままだと梅先さんが終わってしまう。
僕は今日と言う特別且つ色々とんでもない日に、唯一と言うべき頼りになるべきこの世界の人間(そうであってほしい)、優しい心の持ち主(優しさと言えば茶山さんもですよ)を、次の瞬間には失ってしまうのではないかと焦った。僕に、僕に何か出来ることは……。
トゥルルルルルルルル……
これ!!
「お待たせ致しました。株式会社エスイーアイで御座います。……お世話になっております……はい、少々お待ち下さいませ」
僕は電話の保留ボタンを押した。
「お、鬼切さん。芝通システム開発部伊倉様よりお電話です」
僕は緊張からの喉の渇きとストレスによる喉のひきつれを感じながら少し上ずった声で、それでもこの世界の音以外は出さないように細心の注意を払いながら鬼切さんに入電の旨を伝えた。鬼切さんは、ほんの少しだけ方眉を上げて僕を見つめると、「わかった」と一言告げて自席へと戻り受話器を上げた。電話機の保留ボタンが消えたことを確認した僕は、スパイロメーターを破壊しそうなぐらい膨大な溜息を吐き出した。
まずい。獣がこの場から立ち去った安堵からまた人外のことをしてしまった。こんな肺活量、有り得ないよね。背中に冷たい汗を感じながら、ちらりと横を見ると、僕に負けず劣らず深い溜息を吐き出した梅先さんがいた。
「助かったー。伊倉さん、神だ。俺、今度伊倉さんに会ったら拝んでおこう」
憔悴した中にも、目に光を取り戻した梅先さんは、「それにしても」と僕の横に自分の椅子を持って来て座った。
「鳴海さん、電話対応出来るんだ? どっかで研修受けたの?」
「前の職場で電話の取次ぎをすることがあったので」
そうなんです! 僕に出来ること、それは電話に出ることです! むしろ、それが主な仕事って言いますか。僕、情報省のなんでもやる課で、「とりあえず電話の前に座ってて」とよく言われてたもので!
「そっか。鳴海さん、新入社員と同じこの時期の入社だけど、新人とは言え、中途採用みたいなもんなんだよね。それは即戦力に期待できるかも。都の職業訓練校のシステム開発科でプログラミングも学んで来てるんでしょ?」
「ええ。まあ」
即戦力になるほどのプログラム技術が訓練されたとは思えませんが、まあ、この世界に慣れる訓練は少し出来たかもです。本当は2年だったんですよ? 予定では。でも、誰だか知りませんが、この世界を調査した人の手違いなんだか、情報省の手違いなんだかで、半年になっちゃいましたけど。
「前の仕事はどんな仕事?」
「前の仕事?」
情報省?
「そう」
「ええっと情報……」
ちが(う)っ! ちがいます! あぶないあぶない。うっかり情報省とか言ってしまうところでした。落ち着け、僕。
「そうそう。情報系だったよね?」
「あ! え? はい! そうです。情報! 系? 情報は扱っているところですが、私はあまりそう言うお仕事はしたことがないといいますか……」
今日が初単独調査任務初日なんです!
「そうなんだ。どんな仕事が多かったの?」
「……電話番、でしょうか」
「電話番……」
「電話番」
電話取ること以外したことないのかな? と言う梅先さんの笑顔と微妙な表情に、基本的には、はい。そうですと僕も意識して口角をちょっとだけ上げた表情を作ってみた。
「……うん。そっか。うん。でもまあ、電話が取れればね、新人の第一歩はクリアしたみたいなもんだから。じゃ、さっそくリカバリ始めてセットアップしようか。松土さんには悪いけど、鬼切さんの目を盗んでバックアップ取ってる余裕は無いし、もう紫野は帰って来ないものだと思って、ガンガン先に進もう! 俺たちは生き残ろうね」
「はい。宜しくお願い致します」
心の底から、本当に、どうか宜しくお願い致します。
初日で擬態死亡、悪ければ僕と言う存在の消滅……するわけにはいきません。一日持たずして任務失敗とか長官にも陛下にも顔向け出来ません。それこそエネルギーのヒトカケラも残すことなくきれいさっぱり消滅です。
ああ。どうしよう。終わっちゃう。このままだと梅先さんが終わってしまう。
僕は今日と言う特別且つ色々とんでもない日に、唯一と言うべき頼りになるべきこの世界の人間(そうであってほしい)、優しい心の持ち主(優しさと言えば茶山さんもですよ)を、次の瞬間には失ってしまうのではないかと焦った。僕に、僕に何か出来ることは……。
トゥルルルルルルルル……
これ!!
「お待たせ致しました。株式会社エスイーアイで御座います。……お世話になっております……はい、少々お待ち下さいませ」
僕は電話の保留ボタンを押した。
「お、鬼切さん。芝通システム開発部伊倉様よりお電話です」
僕は緊張からの喉の渇きとストレスによる喉のひきつれを感じながら少し上ずった声で、それでもこの世界の音以外は出さないように細心の注意を払いながら鬼切さんに入電の旨を伝えた。鬼切さんは、ほんの少しだけ方眉を上げて僕を見つめると、「わかった」と一言告げて自席へと戻り受話器を上げた。電話機の保留ボタンが消えたことを確認した僕は、スパイロメーターを破壊しそうなぐらい膨大な溜息を吐き出した。
まずい。獣がこの場から立ち去った安堵からまた人外のことをしてしまった。こんな肺活量、有り得ないよね。背中に冷たい汗を感じながら、ちらりと横を見ると、僕に負けず劣らず深い溜息を吐き出した梅先さんがいた。
「助かったー。伊倉さん、神だ。俺、今度伊倉さんに会ったら拝んでおこう」
憔悴した中にも、目に光を取り戻した梅先さんは、「それにしても」と僕の横に自分の椅子を持って来て座った。
「鳴海さん、電話対応出来るんだ? どっかで研修受けたの?」
「前の職場で電話の取次ぎをすることがあったので」
そうなんです! 僕に出来ること、それは電話に出ることです! むしろ、それが主な仕事って言いますか。僕、情報省のなんでもやる課で、「とりあえず電話の前に座ってて」とよく言われてたもので!
「そっか。鳴海さん、新入社員と同じこの時期の入社だけど、新人とは言え、中途採用みたいなもんなんだよね。それは即戦力に期待できるかも。都の職業訓練校のシステム開発科でプログラミングも学んで来てるんでしょ?」
「ええ。まあ」
即戦力になるほどのプログラム技術が訓練されたとは思えませんが、まあ、この世界に慣れる訓練は少し出来たかもです。本当は2年だったんですよ? 予定では。でも、誰だか知りませんが、この世界を調査した人の手違いなんだか、情報省の手違いなんだかで、半年になっちゃいましたけど。
「前の仕事はどんな仕事?」
「前の仕事?」
情報省?
「そう」
「ええっと情報……」
ちが(う)っ! ちがいます! あぶないあぶない。うっかり情報省とか言ってしまうところでした。落ち着け、僕。
「そうそう。情報系だったよね?」
「あ! え? はい! そうです。情報! 系? 情報は扱っているところですが、私はあまりそう言うお仕事はしたことがないといいますか……」
今日が初単独調査任務初日なんです!
「そうなんだ。どんな仕事が多かったの?」
「……電話番、でしょうか」
「電話番……」
「電話番」
電話取ること以外したことないのかな? と言う梅先さんの笑顔と微妙な表情に、基本的には、はい。そうですと僕も意識して口角をちょっとだけ上げた表情を作ってみた。
「……うん。そっか。うん。でもまあ、電話が取れればね、新人の第一歩はクリアしたみたいなもんだから。じゃ、さっそくリカバリ始めてセットアップしようか。松土さんには悪いけど、鬼切さんの目を盗んでバックアップ取ってる余裕は無いし、もう紫野は帰って来ないものだと思って、ガンガン先に進もう! 俺たちは生き残ろうね」
「はい。宜しくお願い致します」
心の底から、本当に、どうか宜しくお願い致します。
初日で擬態死亡、悪ければ僕と言う存在の消滅……するわけにはいきません。一日持たずして任務失敗とか長官にも陛下にも顔向け出来ません。それこそエネルギーのヒトカケラも残すことなくきれいさっぱり消滅です。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる