おにぎりレシピ

昼休憩後の世界（７）

　電話の後、鬼切さんは颯爽と出掛けて行った。さすがの人間（？）でも、中小企業（しかも限りなく小企業よりの辛うじて中）の会社の社員としては、発注元の大企業のお客様からの呼び出しには応じないといけないらしい、と言う事はわかったけど、その前、取り次いだ後の電話口では「ちゃんと要件まとまってんでしょうね？　また、行ったはいいけど堂々巡りで話進まないとかなら、俺、行かないよ？」と、とてもお客様先の担当の方と話しているとは思えない口ぶりだった。取引的立場としてどっちが上だか下だかわからないけど、僕が梅先さんの説明を聞きつつ、耳を澄まして話の向こうの声を聞く限り、お客様であるはずの伊倉さんと言う方は、「そこをなんとか」「部長がどうしても鬼切さんに同席してほしいって言ってるんですよ」「お願いしますよー」「例のアレ、あげますから」と、始終低姿勢の最終的には懇願と饅頭の下に隠した小判（科戸さんに見せられた少し前のこの国の日常を描いたドラマで出てきた）を差し出す越後屋みたいな声を出していた。
　懇願に良心が突き動かされたとは、１ピコも感じられないので、恐らく黄金好きの最強ドラゴンみたいに、小判に気を引かれたんだろうと思われる鬼切さんは、「仕方がないですね。今から行きますよ。これでまた一つ、貸しですよ」と電話を切ると、上着と鞄を持って振り返ることなく出て行ったのだった。