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第一楽章
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”影 暗闇 亡霊 不吉”
俺たちはもともと組織の中で公に出来ない暗部、その末端で働く使い捨ての犬、それも黒犬だった。死体漁りだの、骨拾いだのと蔑まれ、俺たちが現れるのは不吉の象徴としてバーゲストだのブラックドックだのと呼ばれていた。
それが、近年の統合軍新設及び改編、つまり雲の上がドタバタと騒いでいる真っ只中、突然本部へ呼び出された。
「レスター大佐はお前たちを新設部隊、それも情報部の正式な猟犬として拾い上げて下さると言っておられるのだ。有難く拝命しろ」
空調が完璧にコントロールされた施設内にも関わらず、うっすらと顔に汗を滲ませる上官が俺に言った。俺は、説明能力を欠いた男のその汗が、軍人らしからぬ緩みきった脂肪まみれの体のせいか、それとも、デスクから少し離れた場所で佇むピンバッジのせいかと考えていた。俺たちとは顔も合わせようともしない、今までの将校たちとは比較にならないほど、じゃらじゃらと光るピンバッジを胸にした男は、生粋の情報組織の軍人らしい雰囲気を携えて俺を見ているようだった。
ピンバッジどころか、たとえ命令に従い死んだとしても栄典とは無縁な俺たち。そもそも俺たちは戦果の評価対象ですらなく、結果を出したとしても、それは光の当たる正式部隊の功績として記録されていた。何せ俺たちは、戦死者の数にも入らない、NSN(備品管理番号)が振られた備品みたいなものだからな。
最期を迎えるその時も、天からの御使いは期待できず、乾いた喉を潤す生命の水が湧くはずもない黒犬に突然の甘い話。経験上キナ臭い、いや、嗅覚を狂わせる甘ったるい臭いが鼻をついたが、首輪と家のある猟犬になれるチャンスだった。犬は野良で犬死にするだけだが、猟犬は埋葬の上、さらに名前付きのデカイ石まで乗っけて頂ける。名も無く、家も無く、生まれも育ちも真っ当どころか記録すら怪しい俺たちには、首輪(組織)と墓(名前)と家(福利厚生)は随分と魅力的に思えた。少なくとも、俺には。
「返事はどうした? “拝命致しました”と、今すぐ答えんか」
無言の俺にしびれを切らしたのか汗をハンカチで押さえた男はちらりと横をうかがい、有りもしない威厳を見せるふりをした。俺が口を開こうとしたその時、待て、とピンバッジの大佐が制した。初めて聴いたその声は機械音でも出てくると思ったが、驚くほど深みのあるいい音だった。
「“911117” ジム、君は優秀だな。ヤード出身という事をのぞけば、犬ではなく軍人になれただろう。君ならあの時失ったポイントを巻き返してこの先ヤードを抜けることも奇跡ではないかもしれん」
あの時。
大佐の頭の中には俺の全てがデータ化されて入っているような口ぶりだった。きっと入っているんだろう。タブレットがなけりゃ説明すら出来ない隣のお粗末な頭とは比べ物にならない程、膨大な情報がその頭の中に。
「君のチームの残りの三名も今のところ順調にポイントを稼いでいるようだが、ヤード出身の君ほどではないにしろ“選択の日”までには、まだかかりそうだ。そして君たちは、いともたやすく、次の任務、明日にでもその日が永遠に閉ざされることは百も承知だろう」
一分の隙もなく最上質な軍服を着た男が、俺に向かって歩み寄ってきた。
「君たちをいつ消えてもおかしくない黒犬にしておくのは惜しいが、私の話は君にその気があれば、だ。首輪のついた犬にも、それなりの覚悟が必要だと言うことだよ」
「自分に選択など……」
「いいや。君と彼らに、選択の機会をやろう」
それは、選択する側の口ぶりだ。
俺たちは、選択される側であって、選択する側になることはない。
レスター大佐は俺を正面から見据えて言った。俺を映す瞳は良く出来た造り物にすら見え、その瞳孔の奥ではこの建物のそこかしこにあるような、カメラやセンサーといった機械が精巧に仕組まれているんじゃないかと思った。それを司るご立派な脳みそは、作戦立案にも使われるスーパーコンピューターの親戚かもしれない。
「良く考えるといい。そう言えば君は誰が好きなんだ。スティーブ・ロジャース? トニー・スターク? それとも、ブルース・ウェイン? いずれにしても、ヒーローを夢見ているなら私の話を断り、黒犬のままでいる方がいい。君に与える首輪はヒーローの称号とは無縁だ」
全くろくでもない脳みそ様だ。
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