雪原脳花

帽子屋

文字の大きさ
7 / 109
第一楽章

しおりを挟む
 Abbacchiato

 ”打ちのめされて 元気なく”




 俺たちが正式な猟犬として登用され、その登録作業から種々雑多なまさに雑務に忙殺されて過ごした半月後、俺は新しい主人、レスター大佐に呼び出された。入口で大佐の秘書がこのフロアに入る前に警備兼案内ロボットがスキャンした俺のデータと手元にあるファイルのデータを照合し「こちらへ」と立ち上がった。
「大佐は現在別の方と映話中ですが、入室してお待ち下さい」
 ピタリと立ち止まった部屋の前でそう告げると、スタイルの良い後姿は規則正しい足音を立てて去っていった。一人残された俺をセンサーがスキャンすると、扉は開かれた。
 入室した部屋は、機能とデザインが高いレベルで融合しているような空間で、俺たちにあてがわれた部屋とは大いに隔たりがあった。もっとも、部屋が与えられただけでも感極まるものがあったが。特に、机に頬ずりしたり、使い古され辛うじて液体が出てくるようなコーヒーサーバーにも喜びのあまり声を失った二名を見て。
 奥では確かに大佐は誰かと通話中らしく、長い腕だけ伸ばし整頓されたデスクの辺りを指差してきた。俺は指示された場所まで進むと、そこで腕を後ろ手に組み待つことにした。
 部屋にあるカメラやセンサーの視線を感じながら待つこと数分、通話を終えた大佐がやってきた。
「何故、突っ立っている。座ればいいだろう」
「座れと命令されませんでしたので」
「座れ」
 大佐は先に座るとテーブルの上で手を振り、いくつものファイルを宙空投影で展開させ説明を始めた。明晰かつ端的に声音と同じく一切の淀みのない喋りは耳には良かったが、内容はお世辞にも良いとは言えない。
 新設予定部隊の為の情報及びデータ収集を主目的とし、実作戦を展開してのデモンストレーションを行う不可視化された実験部隊。黒犬(ブラックドッグ)から猟犬(グレイハウンド)に成りすました俺たちにうってつけの、存在は不透明、境界は不明瞭、まさに灰色(グレイ)な立場と任務。
唯一明確な至上命題。任務においては、情報とデータが絶対的優先となり、俺たちはそれを身命を賭して狩り、主人に持ち帰るまで死守する。
「質問はあるか」
「いえ」
 何も疑問は無かった。俺たちの命が物品や、或いは形のない英数字の羅列より安いのはいつものことだ。だから、余計に鼻先にこすり付けられた臭いが気になり始めた。これだけのことで甘い話を持ち出したりしないだろう。身構えている俺に気付いているのかいないのか、唐突に大佐は質問を寄越してきた。
「君は、子守は得意か?」
「……」
「君は本当に “Unwaveringアンウェイヴァリング Jimジム(揺るがないジミー)” のようだ。顔の筋肉一つ動かない。驚いたり、笑うことはできるのか?」
「……」
「まあいい。君のチームには特別な備品を支給する。君たちはこれからこの備品とともに任務をこなすことになる」
 備品とともに?
 言い間違いとは無縁の大佐からおかしな言い回しが発せられた。真意をはかりかねてる俺の前に大佐はまた一つファイルを展開させ、聞き心地の良い音で滑らかに説明を開始した。目の前に並べた安酒の肴の説明を。
 宙に浮かび上がる【E】と【F】と表示された名称の肴を見ながら聞く中で、俺は自分の嗅覚能力を疑った。甘い臭いの正体は俺の嗅覚では嗅ぎ分けられないほどの甘露に仕込まれた劇薬。まんまと俺は毒に気付かず、安酒を重ねたあの日のチープなツマミを食ったというわけだ。
 これだけの肴を並べたのだから酒を持って来いと言いたくなった。冗談やからかいでないのなら、素面で聞けるような話ではないのだから。だが目の前の将校は、冗談やユーモアとは無縁に見える。実際、真面目な顔を崩すことなく説明を続けている。
 では、夢か。犬も夢を見るというから俺も夢を見ているのか。俺はしょうもないことを考えながら、ただただ煙草が吸いたいと思った。この煙草への飢えは決して夢じゃないことを知りながら。
 概要を説明し終えた大佐はあっさりと宙空投影を消し去った。空になった机を見たままの俺をどう思ったのか、微塵も心配した気配など見せずに言う。
「心配するな。質問があるか、とは尋ねるつもりもない。今の話を信じようが信じまいが君の心境はどうでもいい。どうであれ、君は命令された通り備品と共に任務に当たり私が期待する成果を持ち帰ればいい」
 席についた時と同じく先に立ち上がった大佐は、上からさっそく命令を落としてきた。
「備品の受領と説明は現地で受けてもらう。私の話はそこで理解を完了しろ。退室後、アレクサンドラからファイルを受け取り、部下を連れて向かえ」
 立ち上がった俺が「了解しました」と返すと同時に大佐は部屋の奥へと引き上げていった。
 釈然としないまま俺が部屋を後にして向かうと、秘書のアレクサンドラはすでに用意を済ませてあったようで俺を見ると「こちらです」とタブレットと四人分のタグを寄越してきた。
「何か質問でも?」
「ここには喫煙室はないのか。俺が入れる場所で」
「全エリア禁煙になっています。これから向かわれる場所も喫煙場所は期待しない方が宜しいですよ」
 ニコリともしない整った顔に、本部の秘書にアンドロイドが配備されたなんて聞いたこともないが何せ雲の上の話だから、もしかしたら。俺は俺の想像に賛同しながら、大佐直々の命令を遂行すべくブライアンたちを拾いに向かった。

 俺はブライアンたちに合流すると「これから備品の受領と説明を受けに行く。その備品と今後作戦を共にするから説明はよく聞け。ミーティングの状況はどうせモニタリングされてるだろうから眠っていると気付かれるなよ」と、簡潔に伝えた。俺の指示に妙な擬音を伴った「?」「??」「???」が次々と浮かんでいそうな三人の顔を見て、俺は有無を言わさず「出発」と号令をかけた。今の俺に何か質問されても、お前たちのその頭の上に咲きまくった「?」を刈り取ってやることは出来ない。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...