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第一楽章
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しおりを挟むジムたち三人がロンの待つ駐車場へ向かう途中、人通りの無い廊下の向こうから歌が聴こえ、それは次第に近付いて来た。
♪One Birthday ev’ry year♪
♪But threr are three Hundred and sixty four Unbirthdays ! !♪
♪That is why we’re gathered here … … ♪
沈んだジムたちとは対照的にご機嫌な調子で手に持ったチュッパチャプスをくるくると回し甘い匂いを振り撒きながらアンハッピーバスデー! と声高に歌う男は、ジムたち三人とすれ違うとその音をフェードアウトさせ、暫しの沈黙のあと踵を返す足音に変えた。
<ジム。なんだかわからんがヤバイってことだけはわかる。早く行け>
ブライアンが前を歩くジムを、口を開かず舌を鳴らして急かした。
<無理だ>
ブライアンの忠告も虚しく鼻歌の男は大またでジムの前に回りこむと満面の笑顔で「A very merry unbirthday to you ! !」と、両手をジムの前に投げ出して歌い切り、その進路を塞いだ。面食らったのはジムのすぐ後ろにいたブライアンで、ぎょっとして半歩踵と体を引いた後、絶対に係わり合いになりたくないとあからさまに嫌な顔をし、その横にいたホリーは黙って断固拒否と顔に書き出した。
「誕生日じゃない日の歌! 知らないかい? まさに、君のため、いや君たちのための歌じゃないか! 双子の子守幽霊犬くん!」
夢に見そうな笑顔を崩すことなく、ミュージカルのステージにでも立っているかのような男はぐるりと三人を見渡してわざとらしく頷いた。
ジムは「失礼」と低く一言、何もなかった見なかったことにしてその脇を通り抜けようとしたが目の前の突き出されたチュッパチャプスがそれを遮った。
「だって君たち、生まれて来た日、生まれて来たことを呪ったことはない? 生まれた日以外は、今日も死なずにすんだと祝いたくならない? 誕生日は呪いの日。なんでもない日おめでとう! だろう?」
<係わり合いになるな!>
<隊長。無視です>
<無理だ>
「今夜はなかなかのパーティだったね。お陰で僕にもこうしてお呼びがかかった」
三人が口内で発するチェックの小さな音を気にも留めず小脇に抱えていた白衣を見せる。
「ほんとダッサイよね、白衣って。君たちに支給されてる服みたいに機能的でもないし。これを当たり前と思って着ているここの奴らの気が知れないよ。センスのかけらもない」
この場所のユニフォームとも言える白衣を「ダッサイ」と一蹴する男は、薄手の花柄シャツにビンテージのジーンズ、肩まで伸びたウェーブの金髪はふわふわと揺れ、場所と状況を考えれば、十人が十人「異様」と答える風貌だった。
さすがのジムも、黙殺しよう、と思い、背後の二名からの圧も相俟って、再度、「失礼」と動こうとしたが、ずいと鼻先ギリギリまで飴玉を突きつけられた。
「待ちなって。Unwavering Jim、無感動のジム、リトルジミー。僕は君の質問に答えてやれるよ。何が聞きたい?」
ジムはそれでも平静そのものだったが、この異質な相手と状況に動じないジムとそしてこの異様の元凶に痺れを切らしたブライアンがとうとう耐え切れずに音を発した。
「あんた、誰だ」
「そういう君は、6ペンスのブライアン」
「俺を……」
「知っているさ。君はホリー。僕は黒縁眼鏡をかけているメガネっこの君が好きだけどね。お仕事中は、かけないの?」
ホリーは背筋がぞわぞわする不快感の原因を一撃で消し去ろうかと脳裏に思い描いたが、たとえ異様でもここの一般(?)職員ならばさすがに滅するわけにはいかないと、ロンには見せない忍耐力で耐えた。だが、嫌悪の表情は隠さず示すことにした。
そんなホリーに「ツンデレちゃん」と笑顔を向け、チュッパチャプスをくわえたままミュージカル男はゆっくりと三人の周りを歩き始めた。ホリーは次に会ったら殺そうと、誰にも内緒でそうしようと心に決めた。
「フォレストキャット、森の中のロンがいないね? 駐車場か。ああそうだ。でも、待ちくたびれて迎えに来たようだね」
ジムの目の中のロンを見ながら男は言った。男の背後にはロンが手を挙げながら走ってくるのが見えた。
「ジム、君は僕を知らないの? まあいいか。僕を知らなくても僕は君に興味があるし。そして君は僕に質問したいはずだ」
これでもか、と言う程、男は高く両の口角を引き上げて笑顔を作った。ジムが無言不動でも一向に気にしません! と宣言した顔は、突然騒ぎ始めた腕時計によって一気に曇った。時計の鳴る呼び出し音を止めるたはいいが、操作を誤ったのかスピーカモードになった時計からバレット博士の怒声が聴こえて来た。
「ウィステリア!何をやっている!早く来ないか!大至急だと言っただろう!!」
「五月蝿いな。僕に遅刻癖があるのをいい加減理解しろ」
更に騒ぎ出したバレットの音声を文字盤をタップして寸断すると「ノイズがひどくてね」と独り言ち、呼び出したデータを文字盤から宙空に投影し素早く読み取ると「ほんとに死んじゃったら困るから、時間を止めてくるよ」とジムに笑った。
「そうだ。今度お茶に誘うから来るといい。いや、来ざるを得ないだろうな。うん」
最後まで観客を置き去りにした一人芝居の男は、手を振りながら去って行った。
「隊長。何かあったんすか? あんまり遅いから様子見に来たっす。あれ、何者?」
ロンが揺れる金髪の後姿を眺めながら尋ねた。
「変人(マッド)だ。ジムがイカレた茶会に招かれた」
ブライアンが肩の力が抜けた様子で答える。
「は? マッド? マッドティーパーティー? 何? 隊長だけ?」
「そうだ。ジムだけだ。俺は呼ばれてない」
「私も呼ばれていない」
何故か断固として招待を受けたのはジムだけだと言い張る二人を横目に、ロンは金髪が歩きながら白衣を羽織って角を曲がり消えていく姿が、白い服と金髪が廊下の白い光に溶けて行くように見えた。
「消えた……。チェシャネコか……」
ロンが呟いた時、すでにそこに三人は居なかった。無言で歩き始めたジムにブライアンとホリーが付いて行く。
「迎えに来たのに置いてくってどういうこと?!」
慌ててロンは、来た道を走って戻りブライアンの脇に追いついた。
「あいつ、チェシャネコですね?」
「そりゃ、お前だ」
「変態猫」
「なんだと、こら」
三人のじゃれ合いを背後に聴きながら、ジムはある音を反芻していた。
『何が聞きたい?』
ウィステリア、と呼ばれた男がつい先程そう尋ねた。
『ジム何がききたい?』
フレッドが死に至る間際に、確かにそう言った。
だが、あの声は……誰だ? それを俺に尋ねるのは、誰だ。
『ジム何がききたい?』
誰の声だ――。
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