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第一楽章
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しおりを挟む俺は大佐に呼ばれ実験部隊としての任務は突然幕をおろした。解散だと。俺とブライアンには突然選択の日が訪れた。
大佐が俺に聞きたいことはあるかと尋ねたので俺は一言だけ。吼えた。大佐は驚いたように目を開き「君が選んだ新しい飼い主はさぞ満足だろう。君がパピートイじゃないとわかってね。飼い主と言うのもあの奇妙な顔を歪めそうだな。君の新しい主は矛盾の猫。そんな主を持つ君はとうとう犬でもなく幽霊でもない、ジムという名を持つ名の無い主人公になりそうだ」そう言い、精巧に出来たカメラのレンズのような目で俺を見ていた。
最後にパナガリスに会ったとき、バッハのMatthäus-Passion(♪)が流れる部屋でパナガリスは噂ですがと前おいて俺にこう言った。エリックを追うように死んだフレッドが忽然と消えたと。俺は驚かなかった。
『にぎやかだね。ベルの音じゃなく笛の音まで聴こえてきそう。子どもたちがみんなどこかへ消えてしまうよ。彷徨える魂がやってきてね』
化け猫は俺に背中を向けながらそう言い、そして椅子をくるりと回転させ緑に冷たく光る目で俺を見ながら『君だけが頼りだよ。この世の果て、死の世界でも地獄でも、境界を失い始めたこの世界を良く耳を澄ませて走り回って来るといい。君にはもう聴こえているでショ』と、俺が黙っていることには構わずに続け、化け猫は机の上に手を組んだ。
『さあ。狩りを始めようじゃないか』
そうして組まれた手の上でチェシャネコは笑った。
ポイントを稼ぎ終えたブライアンとは猟犬の話を四人でしたときのホンキー・トンクで解散の話を最後に会っていない。
俺はモバイルのささやかなコール音に起こされ、車で病院に向かった。
夜明けの空を眺めながら待つ俺のところに看護師がやってきた。案内されたきらきらと光る部屋の中でキャシーが笑っていた。その横には小さな人間がいる。キャシーにキスをして促されるままおそろしく小さな手をなでてみると、その指が俺の指をつかんだ。
お前のこの小さな手にギフトは届いたのか。子供に望んだのは、健康であること。それ以上のギフトはオーダーしなかった。
こんなにも小さい手で、すぐに折れてしまいそうな指で、それでも俺の指をつかむ力は思っていたよりもずっと強くて。たいして見えてもいないだろう目で俺の顔を見る。これからお前はその目でこの世界を見ていくんだな。
あいつらの目には、何が映っていたんだろう。
エリック、フレッド、お前たちにはどんな世界が、何が見えていたんだ。
「ジム?」
俺は俺が記憶する時間の中で初めて涙が頬を伝う感覚を知った。小さな手を落ちた涙がぬらすと指は離れていった。
「……すまない」
キャシーは俺の涙に驚き、そしてつられて泣き、周りの看護師たちはうれし泣きだと勝手に勘違いして笑っている。
俺は初めて、涙は止まらないものだと知った。
双子はどうやって生まれたのだろう。
SAIはなんのために作り出され、その理論はどこから来てどこに消えた。
SAIのためのAZ。
そしてAZはGATERSの始まりだと聞いた。彼らがいなければGATERSは存在しなかった。今の世界は存在しなかった。
始まりは、Aはどこだ。
見えない世界の始まりはどこにいる。
“ジム。何がききたい?”
あの声が蘇る。
ああ。あるさ。ききたいことが。Aに会って尋ねたいことが。
俺はこの世界の始まり、お前を見つけて聞きたいことがある。
表でもなく裏でもなく、闇でもなく光でもなく、生きてもいない死んでもいない。
世界の境界にいるおまえを。
俺は必ずみつけてやる。
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