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間奏曲
lamentazione(28)
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午後4時5分前に、グレンはガイダンスカウンセラーの部屋の前に立っていた。
1、2回言葉を交わしたことのある生物教師は、自分をグレン・ケイヴィスではない誰かと勘違いして、授業が終わり教室をあとにする生徒の中から運悪く自分に「なぁ、グレン・ケイヴィスはどこだ?」と聞いてきた。「僕ですが」と答えたときの男の顔はばつの悪さを笑顔で上塗りしようとしてしそこなった奇妙な顔をしていた。生物教師は午後4時にカウンセラーのところへ行くようにと告げ、そそくさと去って行った。
進路相談の順番待ちでもするかと思いきや、廊下に並んだ椅子には誰も座っていない。廊下の向こうの通りも行き交う生徒はまばらで、やけに静かに思えた。ドアをノックしようとした瞬間、そっとドアが開き、小柄な女性が顔をのぞかせ、自分をみとめるとにっこりと笑った。
「はじめまして。ガイダンスカウンセラーのキャンベルです。どうぞ、入って」
グレンは幾分緊張しながら、うながされるまま部屋の中へと入った。背後でドアのしまる音に、緊張感が高まる。カウンセラーが目の前の広々としたデスクへと戻ってくる前に、グレンは素早く目だけ動かし部屋の中を確認した。
そんなグレンの胸のうちを知ってか、それとも冗談か、いずれともつかない様子で笑顔を浮かべたカウンセラーは「さあ、座って。大丈夫、ここにはまだカメラもマイクもないから。誰にも見られたり聞かれたりする心配はないわ」とグレンに椅子を勧め、自分もグレンの前に座ると机の上に手をかざし、目の前の宙空にいくつかのファイルを投影させた。そのうちの一つ、グレンの顔が映る生徒資料を展開させた。
「傷はすっかりよくなったみたいに見えるけど、まだ体のどこかが痛んだりするのかしら?事故に巻き込まれたって聞いたけど、本当に大変だったわね」
キャンベルは、自分と前に座るグレンを透かして隔てる宙に浮くファイルを手で脇へ寄せ、グレンの顔をまじまじと見ながら、3次元投影させた1ヶ月と少し前のグレンの顔を見比べた。机の上に投影された4分の1スケールほどのグレンの顔には、細かい傷がいくつもあり、顎の近くには大きな絆創膏が貼られていたが、今、目の前に座る生徒の顔にその傷跡はほとんど見えなかった。
事故。そう、事故だ。
グレンは、病院のスタッフから説明された内容を反芻した。あの日、自分は崩れかけの教会にいて、運悪く本当に崩れてしまった教会倒潰事故に巻き込まれた、らしい。事故のことを尋ねられても何も答えられない自分に、病院のスタッフはゆっくりととても簡単な言葉だけを使って話してくれた。
廃墟と化していた教会はもうその形を保つだけの強度はすでに失われていて、いつ倒潰してもおかしくない状況だった。そのタイミングに僕がいたのは運が悪いが、こうして生きていることは本当に運がいい、神様に感謝しないと、と年配の看護師は言い、彼女の部下で話好きの若い看護師は、教会の下には整備されなくなった下水から発生したガスが貯まっていてその爆発が原因らしいから本当にあなたはツイているのよ、と補足した。
確かにあのとき、自分は何も覚えていなかったから、彼らの質問に嘘はついていない。
一時的な記憶障害とも言われたが、僕が覚えていたのはキラキラした何か。それはいくつもあって、どれもとてもきれいだったと繰り返し口にしていたら、熱心に僕の頭の中を調べたり、僕につきっきりで色んなパズルやテストで遊んでくれた人も、僕が一時的な障害ではなく、そもそも何も覚えていなくても、きちんと喋ることが出来なくても仕方がない人間だと判断して姿を見せなくなり、その翌日に、僕は退院すると告げられた。
だけど僕は、その夜のことを、今ははっきりと覚えている。
その夜を境に、僕は全てを覚えていた。
1、2回言葉を交わしたことのある生物教師は、自分をグレン・ケイヴィスではない誰かと勘違いして、授業が終わり教室をあとにする生徒の中から運悪く自分に「なぁ、グレン・ケイヴィスはどこだ?」と聞いてきた。「僕ですが」と答えたときの男の顔はばつの悪さを笑顔で上塗りしようとしてしそこなった奇妙な顔をしていた。生物教師は午後4時にカウンセラーのところへ行くようにと告げ、そそくさと去って行った。
進路相談の順番待ちでもするかと思いきや、廊下に並んだ椅子には誰も座っていない。廊下の向こうの通りも行き交う生徒はまばらで、やけに静かに思えた。ドアをノックしようとした瞬間、そっとドアが開き、小柄な女性が顔をのぞかせ、自分をみとめるとにっこりと笑った。
「はじめまして。ガイダンスカウンセラーのキャンベルです。どうぞ、入って」
グレンは幾分緊張しながら、うながされるまま部屋の中へと入った。背後でドアのしまる音に、緊張感が高まる。カウンセラーが目の前の広々としたデスクへと戻ってくる前に、グレンは素早く目だけ動かし部屋の中を確認した。
そんなグレンの胸のうちを知ってか、それとも冗談か、いずれともつかない様子で笑顔を浮かべたカウンセラーは「さあ、座って。大丈夫、ここにはまだカメラもマイクもないから。誰にも見られたり聞かれたりする心配はないわ」とグレンに椅子を勧め、自分もグレンの前に座ると机の上に手をかざし、目の前の宙空にいくつかのファイルを投影させた。そのうちの一つ、グレンの顔が映る生徒資料を展開させた。
「傷はすっかりよくなったみたいに見えるけど、まだ体のどこかが痛んだりするのかしら?事故に巻き込まれたって聞いたけど、本当に大変だったわね」
キャンベルは、自分と前に座るグレンを透かして隔てる宙に浮くファイルを手で脇へ寄せ、グレンの顔をまじまじと見ながら、3次元投影させた1ヶ月と少し前のグレンの顔を見比べた。机の上に投影された4分の1スケールほどのグレンの顔には、細かい傷がいくつもあり、顎の近くには大きな絆創膏が貼られていたが、今、目の前に座る生徒の顔にその傷跡はほとんど見えなかった。
事故。そう、事故だ。
グレンは、病院のスタッフから説明された内容を反芻した。あの日、自分は崩れかけの教会にいて、運悪く本当に崩れてしまった教会倒潰事故に巻き込まれた、らしい。事故のことを尋ねられても何も答えられない自分に、病院のスタッフはゆっくりととても簡単な言葉だけを使って話してくれた。
廃墟と化していた教会はもうその形を保つだけの強度はすでに失われていて、いつ倒潰してもおかしくない状況だった。そのタイミングに僕がいたのは運が悪いが、こうして生きていることは本当に運がいい、神様に感謝しないと、と年配の看護師は言い、彼女の部下で話好きの若い看護師は、教会の下には整備されなくなった下水から発生したガスが貯まっていてその爆発が原因らしいから本当にあなたはツイているのよ、と補足した。
確かにあのとき、自分は何も覚えていなかったから、彼らの質問に嘘はついていない。
一時的な記憶障害とも言われたが、僕が覚えていたのはキラキラした何か。それはいくつもあって、どれもとてもきれいだったと繰り返し口にしていたら、熱心に僕の頭の中を調べたり、僕につきっきりで色んなパズルやテストで遊んでくれた人も、僕が一時的な障害ではなく、そもそも何も覚えていなくても、きちんと喋ることが出来なくても仕方がない人間だと判断して姿を見せなくなり、その翌日に、僕は退院すると告げられた。
だけど僕は、その夜のことを、今ははっきりと覚えている。
その夜を境に、僕は全てを覚えていた。
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