ところで小説家になりたいんだがどうしたらいい?

帽子屋

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アナログ人間ですけども?

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何だかイケメン君が、固まっている。
って言うか、お前、ここで、下半身とか言うなよ。下半身で、ドキドキ、未使用で、ハァハァ、ミーちゃんの鼻呼吸が追いつかなくて、半開きの口から熱い息が漂って来る気がするし、そんな嫁を見ている旦那マスターはもう鼻や口での呼吸どころか肩で息して、ぜーぜー荒くなってるよ、絶対。
俺は、背後で感じるんだよ。色々混乱して混雑した視線を……。

お前には見えないのか?
この、数メートル隔てたカウンターにいる人間たちと、俺と、お前との微妙な人間模様、心の機微が!!

綺羅には、モジャ頭のせいで、カウンターの向こうは何も見えなかった。
むしろ、このタイムスリップモジャ頭のせいで、目の前が真っ暗だった。
ちらりと机に目をやれば、手の下には黒い手帳、胸のポケットからは最近キッズケイタイですら見ることのない、年季の入ったくたびれたストラップがだらりと垂れ下がっている。

「ちなみに先輩。未だにケータイですか?」

「ん? うん。電話出来れば十分だからな」

「普段ネットでは何を?」

「ん? そうだな。天気とニュースと路線検索ぐらいか。それも最近あんまりつかわ……」

「もうまさかとも思いませんが、ブログやWeb小説を書いたり読んだりしたことは」

俺が最安ランチ、日替わりメニューのアンチョビとキャベツのパスタを食べていたら、って言うか、パスタの盛り、あいつが同じ普通盛とは思えないんだけど? どうみても俺の、少ないよな。向こうのはチョモランマみたいだよ。
そんな、パスタの量までイケ麺君が突然喋り始めた。なんだ。なんだ。何事だ。
おい。人の話は最後まで聞け。

「ない。何かを読むとしたらやっぱり紙の質感がい……」

「ゲームの経験は?」

だから。最後まで聞け!

「プレステ持ってたぞ!」

「初代ですね。遺跡です」
「遺跡?」

「LINE」
「おーパソコンで使ってる。仕事してたときの連絡とか、習い事のママさんたちからの連絡とか」

「ツイッター」
「知ってるぞ。使ったことないけど」

「フェイスブック」
「以下同文」

「インスタグラム」
「以下同文」

「……」

真っ暗だ。先は真っ暗だ。
キャベツとアンチョビを何とか一緒に食べようとしているモジャ頭。その頭、見た目も中身も真っ暗だ。何も見えない。
暗中模索どころか、模索する、と言う気も起きなさそうなこの状況。完全に現代ネット)社会から切り離パージされたアナログ前世紀世界に住まうこの男がWeb小説に投稿? どこからそんな身の程知らずな知恵をつけてきた。

ひとしきり質問を投げかけたやつは、今度はじっと俺の顔を見つめている。
何だかふと悪いことをしているような気がしてきたぞ。
何これ? 何かの事情聴取? 取調べなの?

「……趣味は?」
「そうだな。最近は洗濯とか料理とか」

「最近は何を?」
「主夫とか付き添いとか」

事情聴取の次は見合いか? お前と? なんでだよ? やめてくれー。

「気持ち悪い顔しないでくださいよ」
「だから、どういうことだよ。俺は、パスタを食べてるだけだろ」

俺はどうにもフォークに突き刺さらないキャベツを小突き回しながら、内心、心の内を読まれたのかと違う意味でドキドキしていた。

「今まで小説を書いたことは?」
「ない」

「……」

イケメン君が再び固まった。よく見れば、肩が小刻みに震えているようにも見える。
何だ。どうした。やっぱりスイセンが入ってたのか?
スイセンの食中毒症状に、震えってあったっけ。まあ、場合によっちゃ発汗から昏睡まで起こすから震えもアリか。って言うか、大丈夫か?

「何で……小説を書こうなんて(バカなこと)思いついたんです?」
「言ったろ。夢だったって」

俺は、ドキドキの中、核心をつかれた気がしてフォークを置き相手を見つめた。
繰り返し言うが、これは真摯な眼差しだ。

もしかして真面目な顔のつもりですか?
いつも目玉の半分ぐらいは瞼で隠れていて、今も眠たそうに見えるんですけど。
寝言は寝てから言え。むしろ寝たまま起きてくるな。

「中学の時、教育実習で来てた見沢みさわって先生に『お前の文章おもしろいなーって』誉めら……」
「それが何で何十年もたった今さら、Web小説書こうとしてるんです?」

もう俺は、刺さらないキャベツと同じく話を途中で遮られても気にしないことにした。

「その作文を鷲治良しゅうじろうが押入れかどっかから見つけてきて、面白いからWebで書けばって言うから……」

鷲治良君……なんてことを……

「誰かが喜んでくれるなら、それ職業に出来たらいいよな、とかその時思ったけど、結局、その道は選択しないまま社会に出て、せわしくしてる間に年食って。すっかりそんなことも忘れたときに目の前に突然現れた。人生なんて一度きりだし、やりたいと思ったことはさ、やってみるべきだろ?」

最後の一口を食べ終えたモジャ頭の最後の一言に、綺羅は「小説家になる!」云々諸々に衝撃を受けすぎて、すっかり忘れていたが、あの時の恩がこのモジャ頭にあることを思い出した。その恩があるからこそ、なぜ目の前のモジャモジャを今でも「先輩」と呼んでいるかも思い出した。

正直、このモジャの話は理解と言う範疇を大きく飛び越え、到底着地も不可能な気がする。適当にあしらいながら美味なパスタと珈琲を堪能したあとはうっちゃらかして帰ればよいと思う。だが、あの時の恩はまだ返せていない。あの一件で、目の前の男は会社を去り、転職した先はブラック企業、そしてそこでも仕事を失った転落の民。

暗躍する家系の中で、恩を仇で返すことだけはするな、と言い伝えられていることもある。
綺羅は覚悟を決めた。瞼の人、桜のためにも。

「先輩。本気で小説家。本気で稼ぐつもりなら覚悟、決めてくださいよ」

か、覚悟?
何、俺、極道にでも入門するの――?

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