ところで小説家になりたいんだがどうしたらいい?

帽子屋

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ペンネームは実名じゃいかんのか?

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 緊張しているのだろうか。ぎこちない動きでミーちゃんがお冷を持ってきた。「オ、オヒぃヤぁです」裏返った声に、顔面の大量の汗。鍛えているミーちゃんは、筋肉の塊だから体温が常人より高いんだろう。俺の肩越しに降り注ぐ熱気と息がとにかく熱い。昼メロ的妄想に煽られでもしてるのか握られたコップは小刻みに揺れるほど力が入っている。
違うんだよ、ミーちゃん。俺は関係ないんだよ。あの野郎と俺は殴り合いはしてももつれる事情なんざないよ。そっちの黙ったイケメンくんは……なんで黙ってるんだかよくわからん。何かにショックを受けているように見えなくもないが……やっぱりスイセンか?

なに? ちょっと? ミーちゃん、なにをつぶやいているの?
何かが滾った目をしたミーちゃんは、小さくお経でも唱えるように呟いている。
妄想から暴走した脳内昼メロのミーちゃんとコイツのワンシーン? ナレーションつき?
なるほど。昼メロ的泥沼にはまっていく主人公たち、みたいな?

ああ。ミーちゃん。その興奮のままリミッターカットした握力でコップ、粉砕するんじゃないかしら。そしたら俺は、その勢いよく飛散するガラスの破片を避けねばなるまい。

俺は主夫として、タイムセールのスーパーで、激混みの駐輪場で、通学路パトロールから、立ち通しの付き添いまで、種々様々な種目で日々鍛えているからきっと避けられる。しかし目の前の押し黙った男はどう考えてもなまっちろいモデル体型だ。ミーちゃんの粉骨砕身愛のパワーでまさに砕け散る愛の破片カケラをその身に受けるがいい!

小説家として日々磨き上げている想像力をいかんなく発揮している俺の背中には、痛いほどの視線が突き刺さる。本当に視線だけだよな? マジで何か刺さったりしてないよね? 俺は振り返る勇気がなく心の中で唱える。

マスター、よく考えて。刺すなら、俺じゃなくて、この目の前のイケメンくんだろ?!

そんな俺たちの心模様に全く気付く様子もない諸悪の根源――それこそあれだ。なんだっけ? そうだ。お前は異とやらの住人か?――は、沈黙から驚くほどの復活をとげて「ありがとうございます。もう少ししたら、いつもの美味しい珈琲をお願いしますね」とニコリと笑顔で言いやがった。

 やめろ!
 おまえ!
 なに微笑んでるんだ!!
 この死にたがりやめ!!

「SF? まぁ、敷居が高くてもモジャおが書く純文学より1000倍マシでしょうね」

 もじゃお?
 もじゃおって何?
 って言うかおまえ、沈黙手前のやり取りはどうした? そこワープしてジャンルSFの話に戻った? なにこのSF的展開。俺の誤情報訂正の奮闘、心の葛藤はどうしてくれるんだ。

 俺の疑問は当たり前のようにスルーして、綺羅はなにごともなかったように続けた。
 いったいこいつの中で何が起きたんだろう……。

「アカウントの作り方は知っていますか?」
「ん? アカウント? ああ。アカウントね。話、戻ったのね。それは……サイトに行って登録すりゃあいいだけだろ」

「昔の仕事とかお客さんとのやり取りで使っていた、日常使いのメアドはやめるべきです」

 ……。

「それからユーザ名やペンネーム。まさか、実名で行く気じゃなかったでしょうね?」

 ……。

「メアドは創作活動用に用意してまとめておいた方が管理しやすいかと。それに、このご時世に、しかも家族持ちが、軽々と個人情報を晒すなんて軽率なこと、まさかしませんよね? どんな内容を書くかは知りませんが、その内容やら問題行動を起こしそうな気配が充満しているんで念のため言っておきますが、先輩がネット上で何かしでかした場合、実名なんて載せてたら瞬殺の勢いで住所も家族構成も何もかもが晒されて、桜さんや鷲治良君に多大な被害を与えます。それだけは避けなければいけません。(先輩だけならどうでもいいです)」

 目の前の男は苦渋に満ちた顔を見せた。なんだよ。苦くて渋い顔まで絵になるとか、おかしいだろ。
 だが確かに言われてみれば個人情報の取り扱いは要注意だな。世の中そんなニュースばっかりだし。……恐ろしいな、ネット社会。みんな、恐くないのか? どうやって防御武装してるんだ?
 俺は何故だか、家族に被害を及ぼす犯罪者にされたような薄ら寒さを覚えた。まだ、何もしてないのに。

「あ、当たり前だろ。するわけないだろ。個人情報流出」
「自分から晒してたら流出になりません。提出です」

うるさい! 揚げ足取るな!

「ぼ、帽子屋だ」

「何が?」

「ペンネームだよ」

「何で帽子なんです? その頭、入んないでしょ?」

「うるさい。入るわ。ねじこめば」

「帽子をそのモジャ頭で冒涜するのやめてください」

「俺の頭に恨みでもあんのか?!」

 ある。
 綺羅は、心の中で繰り返した。ああ。あるとも。



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