ところで小説家になりたいんだがどうしたらいい?

帽子屋

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聞け、すべての若き野郎ども。若くなくてもいいから、お聞きなさい。

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主夫って忙しい。
俺は、世の中の主婦(夫)業をやったことのないすべての野郎どもに言いたい。

主婦業、舐めんな。

君たちが思っている以上に主婦の守備範囲は広い。
家事全般は元より、子どもの生活習慣、学習、学校、習い事。ご近所付き合いから、地域の行事。親族に何かあれば、先発隊として出て行く多くは主婦だろう。
ざっくりわけたこの守備範囲、作業種類カテゴリの中身、作業内容は多いわ濃いわ、人との関わりが多い分、あっちにもこっちにも気を使うし、とにかく面倒! そう! まっさきに面倒ごとに巻き込まれるのも主婦だ。

もし君たちが主婦業をトライアルするとき何が必要かと問われれば、俺は答えよう。
鋼のメンタル。これだ。
まぁ最初はなくても、そのうち培われるとは思う。いやおうなしに。

主婦と言ったら、昼間っからごろごろテレビ見ながら煎餅食ってると思っているアナタ!
大間違いです。そんな主婦は全体から見れば極微量。超恵まれた環境と鋼鉄のメンタルの持ち主だけです!
それはアナタ、勝てません!

あ。話それた。
さすがのモジャ頭も気付いたらしい。しかし根本的間違いへの気付きは遠い。

兎に角。
日々刻々と状況が変わるのが主婦業だ。スーパーの安売りはチラシで確認できるが、学校や習い事で起きるトラブルや、ご近所の揉めごとなんざ青天の霹靂もいいところだ。突然電話がかかってきたり、買い物帰りに(運悪く)呼び止められたら運の尽き! なんだかよくわからないうちに、渦中に巻き込まれていたりする!

作業負担はデカイわ重いわ、自分の時間は取れないわ、やりたいことがあってもほとんどできない進まない。
そう。今の俺のように。

モジャ頭はそっと目を閉じた。せっかく冬の凍える風が開眼させてくれたと言うのに。

君たちは、専業主婦(夫)と聞いて会社の仕事よりラクチンだろって思うかもしれないが、両方を経験している俺から言わせてもらえば、会社の仕事の方がよっぽどルーチンワークだったぞ。主婦は、突発的事態に臨機応変即対応しなければならないことの連続だ。

俺も仕事を失って(涙)自宅警備員兼主夫となってから知ったことは多い。共働きだった頃(涙涙)買い物や皿洗い、洗濯や掃除を時々手伝っていたこともあったが、ほとんどは桜に任せていた。俺と違ってメジャーな企業(涙涙涙)できっちり働きながらあんなに涼しい微動だにしない表情で日々をこなせるなんて、どれだけできるやつなんだ。宇宙人か。時間の流れが違うのか。
違う。人知れず涙する日があったのかもしれない(想像もつかないが)。俺が気付かなかっただけなんだな。
悪かった、桜。すまん。

あるとき2軒先の家のパグと、その階下の毛の長いパグがタイミング良く(いや、悪くだ)同時に脱走して鉢合わせ。毛の長さが発端かは知らないが喧嘩ならぬ喧嘩を始めてその辺りを爆走し始めた。たまたまゴミ棄てから帰って来た俺は、目撃者としてどっちの犬が先に喧嘩をしかけたか、短毛、長毛、犬だけじゃなくて人までもヒートアップし始めた両方の飼い主に問い詰められてしまった。
仕方なく俺は大岡忠相なみの判断を下そうとして熟考していたら、いつのまにか犬も飼い主も消えていた。後で聞いた話では、無言で2匹を小脇に抱えた桜が突然現れて、問答無用と飼い主たちに犬を渡して一件落着したらしい。
その一件以来、長いも短いも犬たちは散歩で出会っても大人しく戯れ、飼い主同士も良好の関係を築いているそうだ。何かを悟ったんだろう。

そして俺も悟った。俺には無理だ。主婦ってすごい。そう痛感したよ。

嘘だと思うならやってみればいい。嘘だと思わなくても試しにやってみろ。
まともに主婦業やったら人生観かわるぞ。いや、人生が変わるかもしれん。
そう。この俺のように。

主婦業は仕事であると認めるべきだ。立派な職業だ。
何も外貨を稼ぐだけが仕事じゃない。
個人的欲求や自由時間を後回しにしてでも、日々の生活を成立させているのが主婦業だ。

がんばれ、主婦(夫)。俺は主婦業という職業の認識と地位向上を訴えたい。
そして俺は主夫としての誇りをもち小説家として二足わらじを履きこなす人間となるんだ。
目頭が熱くなるのを感じモジャ頭は、ぐっと拳を握り締めた。
一文字もまだ書けてないけど……。涙がツウとこぼれた。

いったいなんのスイッチが入ったのか。
誰に何を訴えているのか。
よくわからない男を置き去りにして当たり前に時間は過ぎていく。
再び目を開けば時計の針はだいぶ進んでいた。残された時間は5年、ではなく5時間を軽く切っている。
ジギーのスピリッツは微塵も感じられない男は慌ててキッチンへ向かった。

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