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落ち着け俺の小説家脳
しおりを挟むロケの現場は最寄駅からちょっと離れた公園だった。周りには産業道路と、倉庫、なにかの工場。住宅地からは少し離れているから、なるほどここならドラマ内の時間軸に近い実時間でもギャラリーが溢れることはないわけか。とは言っても、有名人がいなければ撮影してても人だかりが出来ることはないそうだけど。
「おはようございます」
「おはよう、鷲治良くん。今日も宜しくね」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
「ここ、控えで使ってるんで、なか、入って待ってて」
「ありがとうございます」
鷲治良はスタッフをみつけると挨拶して向かっていった。慣れたもんだ。
いつでもどこでも何時でも。「おはようございます」なんだよな。この風習は歌舞伎の世界が発祥だなんて話も聞くが、本当なんだろうか。
俺は鷲治良の後ろをついていき、控えに使っていると言われた倉庫エリアの空きプレハブの前のスタッフに「宜しくお願いします」とペコりと頭を下げた。
「こちらこそ宜しくです。もう少ししたら、鷲治良くんたちをスタッフが迎えに来るんで、モジャおさんはなかで待機してください」
そう言うとスタッフは足早に去っていった。
宜しく、と言われても俺の付き添いの役目はほぼこれでおしまい。あとは撮影のあいだじっと待機場所で待ち、終われば無事に連れて帰るだけ。もっと鷲治良が小さい頃は、待ちの時間を飽きさせず耐えるために、あれやこれやと持って来て膝の上に乗っけていたけど。最近はそれもない。スタッフが呼びに来たらいってらっしゃいと手を振っておしまいだ。
ん? もじゃおさん、て? 言った? 言ってたよね??
控えと言われたなかに入れば、桃ちゃんと桃ちゃんのお母さんが座っていた。
「あ。鷲ちゃん」
鷲治良を見つけた桃ちゃんが笑って手を振る。鷲治良は少し離れた斜め前の席に座った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。早いですね」
「うちもついさっき来たばかりですよ」
「今日は外がそんなに寒くなくて良かった。それにここ、暖房ちゃんとついてますね」
「ほんとに。助かります」
俺は桃ちゃんのお母さんに挨拶をしながら鷲治良がランドセルを置いた隣に座った。
桃ちゃんのお母さん、桃ちゃんママとは同じ児童劇団でレッスンもかぶるから顔なじみだ。顔見知りがいると付き添いとしてはありがたい。大所帯でやってくるメジャー事務所がぞろっといるなかに、一人ぽつんとしているとなんだか知らんがアウェー感が半端ない。それでも俺は得意のコミュニケーション能力で他事務所のママさんたちともうまいことやるけどな。わかるか、オニギリ。一方的なコミュニケーションしか取れないお前――そもそも一方通行だったらコミュニケーションとも呼ばないんじゃないか? ――とは違うんだ。お前とはそれはもうコミュニケーション事故だらけだったな。そもそもお前にはコミュニケーションを取ろうという気があるのか俺には甚だ疑問だったぞ。俺からしてみれば、お前はコリジョンおこしまくりの障害回線だ。それとも何か。お前は、Avoid Tanin(他人を避ける)フィールドでも展開しているのか。……ありえる。握り飯野郎なら。そうか。お前は、他人とは交わることのない完全な悪そのもの、と言う設定も面白い。ふふ。悪の帝王、オニギリめ。
日本のソウルフード、おにぎりに大変失礼である。そしてなにより恐ろしく陳腐な発想であることに、モジャ頭は気付いていない。
「……さん。お父さん」
「あ、はい?!」
外では “お父さん” と呼ぶ鷲治良の声に、鳩作は半分ひっくり返った声で返事をした。
「お菓子、桃ちゃんに渡してもいい?」
「おおお? お菓子? おお。渡せ。渡せ」
いかん。いかん。俺の小説家脳がこんなところでも活動を開始してしまった。鷲治良の声が聴こえなくなるとは。気をつけねばいかんな。集中力にも程があるぞ、俺。
いや、しかし。悪の帝王か。神田たちのバンドをモデルにして、悪の帝王が出てくるって……悪だらけにならないか? えーっと。誰が何を救うんだ? 悪だらけだったら平和なんじゃないか?
父のモジャ頭の中で考えられているしょうもない自身への戒め、気持ちの引き締めと、話の開始前から破綻を来たしたプロット(らしきもの)をよそに、鷲治良はバッグの中から製菓用の小奇麗な箱を取り出すと、桃へ渡した。喜ぶ桃が箱を開けると、驚くほど可愛らしいクマやネコなどをかたどったドーナッツが顔をのぞかせた。
「すごい! かわいい! これ、どうしたの?」
「ほんと、すごい。可愛いですね。お母さんが作ったの?」
「ううん。お父さんが作ったんだよ」
「「……ほほぉー」」
母娘は向かいに座って何かを思いつめているようなモジャ頭とドーナッツを交互に見ながら、驚愕と感心と困惑と他にも色々何かが混在したような顔で何度も頷いた。
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