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Ch.2

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 遠くの空に雲を突き抜けた城の塔が見え、その足元には広大な湖が広がっていた。対岸には鬱蒼とした濃い緑の森があり、その森を抜けた先には霧の立ち込める深い谷、切りだった渓谷そして天から流れ落ちる滝、竜の眠る山があるという。

 古い石畳の町並みを歩く。行き交う人々は中世ヨーロッパのゴシックな人間の姿であったり、魔法学校の生徒やエルフや妖精、獣人の姿であったりする。当然だ。このエリアのテーマはようするにゴシックファンタジーなのだから。
 時折、場違いな、今にもあの雲を突き抜ける塔に大出力のエンジンでも取り付けて、雲どころかあの高い空を突き抜けて宇宙へと飛び出そうとするスペースマンの姿をしている人間もいるが旅行者だろう。馬や人に懐いた幻獣の横をピアッジオ社のスズメバチがどこかの休日よろしく駆け抜けていくが、この石畳では乗り心地は最低だろう。横座りの後部座席は跳ねまくっている。
 用が無ければ絶対に足を踏み入れないエリアだと、パーカーのフードからのぞく白金の前髪の少年は鼻を鳴らした。その姿は、ジーンズにカーキグリーンのパーカー。もちろん浮きまくっているが、そんなことはお構いなしに、目的地の前で歩を停めると、躊躇うことなく重たい木製のドアを開けた。
 屋内は大衆的な酒場のようでもあったが、壁のいたるところに時計が掛けられていた。時計の文字盤は12刻みとも限らず、適当とも思えるような数字や、右回り、左回り、針の進みもまちまちだった。これだけの時計が止まることなくひしめいているのだから、空間には時を刻む音が溢れそうなものだが、木の机と椅子が並ぶこの空間は静けさに包まれていた。
 少年は、カウンターのベルを鳴らした。アナログの金属音が響く。まったく、来たのはわかっているのだから、もったいぶらずにさっさと出てくればいい。閉店時間帯の店としての演出など不要だと、苛立ち紛れにベルを立て続けに叩くと、奥のドアが開く音がして酒場の女主人でも出てくると思いきや、襟元には白いレース胸元にはボタンが縦に2列で行儀よく並び、しぼられたウェストのサイドは全体の黒に対して濃紺のシンメトリーがあしらわれている。決して華美ではないが洗練された印象を受けるワンピースを着た女性が現れた。
「お約束はございますか?」
 顔つきと化粧はこの世界に似つかわしくない。いたって現代、現実世界の有能な秘書といったところだった。
「約束なんてない。支配人を呼んでくれ」
 少年は横柄に言い放ったが、ワンピースの女性は申しわけなさにも好印象を与える表情でもって「支配人とはお約束がありませんと」と断わってきた。
「そうか。きみのフラグを下げないとな。コードは “緑のサンタがやってきた” そう彼が僕をからかうんだから間違いない。さあ、早く伝えろ」
 少年はカウンターの上にあった、中には伝令妖精か精霊でも入っていそうな通話装置を指差した。
「かしこまりました」
 女性は嫌な顔ひとつせずそう言うと、少年のさした通話装置の上に手をかざして静かに何かを呟いた。ぼんやりと通話装置がひかり、そして消えると「支配人はすぐに参りますので、お席についてお待ち下さい。なにかお飲みになりますか?」と、少年をテーブルへと案内した。
「いらない。僕は味覚を共有してない」
「かしこまりました」
 女性は一例するとその場を去り、出てきたドアに戻っていった。彼女が消えると同時に、黒髪にフロントプレーンのホワイトシャツ、ダブルカフス、黒のネクタイに黒のベストを着た男が現れた。眼鏡の奥の目は、いつも笑っているような弧を描いている。
「いやあ、きみ。緑のサンタ、クリソベリルニコラス、久し振り。相変わらず見た目が派手だ。しかしその姿がきみの本来の姿と言えなくもないか」
 久方ぶりの旧友に会うように、両手を広げた男だったが、椅子に座った少年はハグに応じるわけはないとばかりに片手をテーブルの上て振った。
「ここは相変わらずクラシカルなファンタジーで、あんたは相変わらず辛気臭い姿だ」
「きみね、ここをなんの会社だと思っているの? うちはOUT(=Online Uuder Taker ネット葬儀屋)だよ? アロハシャツ着て接客ってわけにはいかないでしょ」
「知ってるさ。OUTの中で一番の老舗。そしてあらゆる世界をまたにかけて商売している唯一の大手企業、なぜだか他の追随を許さない」
「お褒めの言葉を頂き光栄だね。で、どうしたの、わざわざこうして本店にまで来てくれるなんて。きみが呼べば、私はどこの世界にだって顔を出すだろうに」
「現実世界にもか?」
「きみが大変でなけりゃね」
 男は椅子をひいて座るとにこりと笑って、話を促した。
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