可愛げがないと疎まれた侯爵夫人は、隣国の王子に略奪され、溺愛される

甘塩ます☆

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 侍女の手を借り、生まれて初めて「外へ出るため」の装いを整えたセリアは、静かに弟の迎えを待っていた。
 迎えに来たキリアンは、見違えるほど美しくなった姉の姿に、一瞬言葉を失って見惚れた。
 ボサボサだった黒髪は艶やかに整えられ、眼鏡の下の深い隈は化粧で隠されている。何よりその瞳が、外の世界への憧れで普段より明るく輝いていた。露出を抑えた漆黒のドレスは、彼女の知的な魅力を最大限に引き立てている。

「……姉さん、とても綺麗だよ」

「ありがとう、キリアン」

 セリアはふわりと微笑み、弟のエスコートを受けて、ついに邸宅の壁を越えた。馬車の窓から見える景色は、道端の草花でさえ、彼女にはこの世のものとは思えないほど美しく感じられた。
 しかし、王宮に到着した彼女を待っていたのは、煌びやかな光と、あまりにも多すぎる「人」の波だった。
 熱気と喧騒に圧倒されたセリアは、人混みの中でキリアンの手を見失ってしまう。極度の恐怖から逃げるように足を進めるうち、彼女はいつの間にか人気の途絶えた裏庭へと迷い込んでいた。
 そこで、不運にも下品な男の目に留まってしまった。

「……いい匂いだ。なんて魅力的なんだ、あんた」

 荒い息を吐きながら近づいてくる男に、セリアは喉を震わせた。

「いやっ、やめて……来ないで!」

 男の瞳は、異常なほどに潤んでいる。セリアは悟った。長年の飢えによる強烈なフェロモンは、抑制剤などでは到底誤魔化せなかったのだ。
 やはり外になど出るべきではなかった。抵抗しようにも、輸血パックで繋いでいた細い体にはもう力が残っていない。

(私はここで、終わるの……? 誰にも愛されず、こんな男に汚されて……。私は、何のために生まれてきたの?)

 絶望の中、服が引き裂かれる音にセリアが泣き伏した、その時だった。

「――見苦しいぞ。貴様、貴賓に対して何をしている」 

 鋭い怒鳴り声とともに、暴漢が凄まじい脚力で蹴り飛ばされた。セリアが震えながら目を開けると、そこには月光を反射するような銀髪をなびかせた、美しい男が立っていた。

「あっ……私は……」

「セリア嬢だな。嫌ならもっと大きな声を出せ」

 男はぶっきらぼうに言い放つと、彼女の乱れた服を見ないように配慮しながら、自分の重厚な上着を無造作に投げよこした。


「お兄様――っ!」

 そこへ駆け寄ってきたのは、同じ銀色の髪を持つ、愛らしい少女――メアリアだった。

「セリア様、大丈夫ですか!? ……いえ、大丈夫なはずがありませんね。キリアンから聞きました。さあ、まずはこれを食べてください!!」

 メアリアは半ば強引に、セリアの口へ自慢のクッキーを押し込んだ。
 その瞬間、不思議なことが起きた。喉を焼くような不快な空腹感がすうっと消え、荒ぶっていたフェロモンが凪いでいく。安堵がこみ上げ、セリアは子供のように声を上げて泣きじゃくった。

「セリア嬢……俺のペンフレンドだな。キリアンから事情は聞いた」

 そこへ、エドワードと青ざめたキリアンが駆けつけた。エドワードはセリアの前に膝をつき、深く頭を下げる。

「君を縛る因習を知らなかったとはいえ、知らないでは済まされない。本当に、申し訳ないことをした」

「エドワード様……ですか?」

 エドワードの謝罪に、セリアは涙を拭って顔を上げた。隣ではキリアンが「姉さん、ごめんね、僕が目を離したから……!」と半狂乱で姉を抱きしめている。

「キリアン、大丈夫よ。貴方のせいじゃないわ。それに、彼が助けてくれたから……。……貴方は?」

「メアリアの兄、アルフレッドだ」

 男は冷徹なまでの冷静さで、捕らえた暴漢に縄をかけながら答えた。

「では、貴女がメアリア様ね。エドワード殿下、メアリア様、ご結婚おめでとうございます」

 セリアはすくっと立ち上がり、乱れた姿ながらも優雅に一礼した。

「お二人の門出に泥を塗ってしまい、本当に申し訳ありません」

「謝らないで、セリア様! それより私のクッキーをもっと食べて!」

「ありがとうございます、メアリア様。貴女は本当に……月の女神様のよう」

 セリアはメアリアに深く感謝し、勧められるままにクッキーを頬張った。その食べっぷりに、周囲は毒気を抜かれたように静まり返る。
 傍らで暴漢を引きずり出していたアルフレッドは、そんな彼女を横目で見て思った。

(……ついさっきまで襲われて泣いていただろうに。クッキーを食べて満足げに笑うとは、なんとも能天気な女だ)

 だが、その能天気な微笑みが、アルフレッドの脳裏に焼き付いて離れなかった。
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