覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜

甘塩ます☆

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「あの種無し王、とうとう逃げ出したらしいぜ」
「俺が聞いた話じゃ、相当な男色だったってよ」
「エレーヌ様も三年間大変だったろうな。あんなマグロが相手じゃあ」
「王弟殿下と結婚されて、半年で世継ぎを身籠る優秀な妃だってのにな。種無し王じゃ宝の持ち腐れだったってわけだ」
「でも良かったよ。これからは王弟殿下が政権を握るんだろ? お腹の子も男児だって話だし、これで国も安泰だな」
「全くだ、めでたい話だぜ」

 ハハハと下世話な話で盛り上がる旅人たちとすれ違った。
 日課の洗濯の最中。ここは旅人が馬に水を飲ませる絶好のポイントなのだ。
 そこでアリスは初めて知った。今までも耳にしていたのかもしれないが、興味がなくて聞き流していただけかもしれない。
 カイルが男色だと誤解されたのは、間違いなく自分のせいだ。だが、それ以外はすべて出鱈目だった。

 種無しだって? 処女相手に一発で妊娠させた男だぞ!
 マグロだって? マグロは私だ!
 王弟で国が安泰だと? 今まで国を強固に支えてきた覇王が誰だったか、もう忘れたのか。あの愚弟に何ができるというのだ。ただ女を孕ませただけではないか。

(だったら、私を一夜で妊娠させているカイルの方がよっぽど凄いじゃないか。何なんだ!)

 ただ正妃との間に子ができなかっただけで、カイルがこれほどバッシングされるなんて信じられない。

「……クソ野郎共め」


「ママ、怖いよ」

 無意識に殺気を垂れ流し、腰に下げた鉈の柄に指をかけていた。アーサーに声をかけられなければ、旅人二人を「騎士」として処刑していたところだ。

「ごめんねアーサー、ありがとう。もう大丈夫よ」

 アリスはアーサーを強く抱きしめ、荒い呼吸を整える。
 カイルが自分のせいで、三年間をどれほどの屈辱の中で過ごしていたか。男色の種無し王。そんな血の滲むような誹謗中傷に晒されて、彼が病まないわけがない。

(私のせいだ……。それなのに何も知らずに『王都に帰れ』だなんて、なんて残酷なことを私は……!)

 真の覇王を捨てて、目先の世継ぎに浮かれる愚民ども。彼を支えるまともな臣下は、もう国外へ逃げ出しているに違いない。
 こうなれば、この国に未来はない。近隣諸国が牙を剥くのも時間の問題だ。

(私が、カイルを守らなきゃ)

 決意を固めたアリスは、洗濯物とアーサーを抱き上げて走った。
 まずは国外へ逃げる。カイルとアーサー、二人を連れて。



 アリスが息を切らして離れに戻ると、そこには暇を持て余して木の枝で地面に図形を描いているカイルがいた。

「アリス? そんなに慌ててどうし――」

「カイル、出発の準備をしてください! 今すぐです!」

 カイルは目を丸くした。アリスが「カイル」と呼び捨てにし、かつての近衛騎士団長のような鋭い眼光を向けているからだ。

「……何かあったのか?」

「この国はもう終わりです。愚民どもの声を聞きました。あんな奴らのために、あなたが泥を被る必要はありません。隣国の帝国へ向かいます。あそこなら、私の剣が一振りあれば、三人食べていくくらいはどうとでもなります!」

 アリスの剣幕に、カイルは一瞬呆然としたが、やがて彼女が何に怒っているのかを察したらしい。彼はふっと、これまでにないほど柔らかく笑った。 

「……俺のために怒ってくれてるのか。嬉しいな」

「笑い事ではありません! 侮辱されて、悔しくないのですか!」 

「悔しくないさ。事実、俺はあの日からお前以外で欲情したことは一度もないし、お前が俺の子を産んで育ててくれていたんだ。世間が俺をどう評価しようと、俺の正しさは今、目の前に全部ある」

 カイルは立ち上がり、アリスの肩を優しく抱き寄せた。

「でも、国外逃亡っていうのはいいアイディアだ。実は俺、こっそり私財を持ち出して、お前の国の銀行に預けてあるんだよね。一生遊んで暮らせるくらいには」

「……え?」

「王座を捨てる準備は、三年前からしてたんだ。お前を――俺たちの愛した時間を、探し出すためにな」

 アリスは毒気を抜かれた。この男、暗君どころか、最初から国を捨てる気満々の確信犯だったのだ。

「さあ、行こうかアリス。……いや、俺の最高の騎士アーサー」 

 カイルはアリスの手に、誓いのキスを落とした。
 アリスは顔を真っ赤にしながらも、今度は逃げずにその手を握り返した。

(何よ、カイルも最初から全部思い出してたじゃない!)

「……もう、勝手にして。ついていくわよ、どこまでもね」

 こうして、史上最強の騎士と、史上最悪の「元」国王、そしてその隠し子の、前代未聞の逃避行が始まった。
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