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「道はこっちで合っている?」
「合っていますよ」

 暫らく林道を走り、細い脇道に抜け、更に暫らく走るので、月さんは心配な様子だ。
 割と走り屋に好かれる道なので、月さんの気分がノッてしまったらどうしようと密かに心配していた。
 こっちとしては安心である。


「あぁ、だんだん温泉街っぽくなってきたな。あ、あそこに見えるやつ?」
「それはラブホですね」

 なぜ何軒も旅館が有るのに敢えてラブホと間違えてしまうのか。
 気まずくなってしまう。

「一番上なので上がり切って下さい」
「了解」

 この温泉地には5件の旅館が有るが、その中でも一番大きいホテルを構えている。
 本館は13階建ての立派な作りだ。
 解りやすいだろう。
 まぁ、俺たちが泊まるのは別の場所にある離れだが。
 

「ここです。正面に止めてしまってください」
  
 正面玄関に、車を止めてもらう。
 外に従業員と、主である友人の姿が見えた。
 出迎えてくれたらしい。
 月さんが上手に車を止めてくれたので、先に降りて挨拶する事にした。

「やぁ、久しぶりですね。元気そうだ」 

 そう、友人に声をかけた。

「お待ちしておりました。別館の方へは此方から。お車はこちらで移動しますので」

 どうやら別館へはホテルの車で送ってくれるらしい。
 月さんも降りてきて、頭を下げると車の鍵をホテルの従業員に預けた。
 案内されるままにホテルのリムジンに乗り換える。

「あれ、ちょっと待って。雪那さんは!?」 

 ウッカリ雪那さんを忘れてしまった。
 
「あ、そうだった。僕が起こしてくる。待ってて」

 月さんもハッとして、慌てて車を降りると雪那さんを起こしに向かうのだった。


「面白そうな方々ですね」

 リムジンの運転手をしている友人が笑っている。

「いや、本当にカッコよくて素敵な人達なんですけどね」

 俺もフフっと笑ってしまう。
 確かに、賑やかで楽しい二人だ。
 大好きだ。

「何年ぶりぐらいですかね。会うのは? 和菓子屋の社長兼、バンド活動をしているそうですけど」
「5年ぶりぐらいですかね。そうです。さっきの美人さんがボーカルです。今、ギターを起こしに行きました。僕はベースですよ」
「今度、うちのホテルでリサイタルをしては?」
「そうですね。お二方と相談してみます」

 そんな会話をしていると、月さんが雪那さんを抱えて戻ってきた。

「まだ寝ぼけてたから引っ張って来た」

 そう、後部座席に押し込むように乗り込む。

「じゃあ出発しますね」

 友人が車を発進させた。

「月、書くもの! 早く!!」
「はいはい」

 後部座席では雪那さんが作曲しようとしているらしい。
 月さんがメモ帳とボールペンを渡したら大人しくなった。

 更に山道を進み、橋を渡った所に離れは有った。
 結構な秘湯である。
 これなら月さんも満足してくれるだろう。

「この離れは貸し切りですので、自由に使って下さい」

 車を降りた友人が案内してくれる。
 
「ほら、雪那、ちゃんと自分で歩いてよ」
「うん、うん」

 雪那さんは作曲に夢中で足元がおぼつかず、見かねた月さんが肩を貸している。

 中は広い古民家作りだ。
 囲炉裏なんかも有る。
 寝室も広く、これなら皆で寝ても寝返り打ち放題だ。
 温泉も内風呂と露天風呂が有り、広々とした作りだ。
 中庭までついている。

「では私はこれで。後ほど夕食をお持ちします」

 中の案内が済んだ友人は、お辞儀をして下がる。
 ここなら他の客の目も無く、のびのび過ごせそうだ。

「早速お風呂にする?」

 月さんは雪那さんをその辺に放り出して僕をお風呂に誘う。

「そうですね。お茶を入れるので、お菓子でも食べてから行きましょうか」

 急須に茶葉を入れ、用意されてあるポットからお湯を入れる。

「へー、これがタマの家で作ったお菓子?」

 ちゃぶ台に用意されている和菓子は、まぎれもなく自分が監修した最中だ。
 中は白餡だ。  

「ええ、まぁ……」

 なんか、ちょっと恥ずかしい。
 
 湯呑にお茶を入れて月さんに出す。
 雪那さんの分も用意したが、目に止まってくれそうになかった。

「ほら雪那、タマのお菓子だよ。お茶も入れてくれてるよ! おーい! 駄目だなこりゃあ」
「良いですよ。創作活動していると俺もそんな感じになりますし、気づいたら食べてくれますよ」
「そうだねぇ」

 真剣な様子の雪那さんを邪魔したくはない。
 月さんは苦笑しつつ、お茶と最中を眺めた。
 あの、眺めないで口にしてほしいのだが……
 月さん、すごく観察している。

「これは花なんだね。細かいなぁ。牡丹?」
「あ、はい、家は花を模した菓子が売りなんです」
「タマのは、蓮かなぁ? 可愛いね」
「ええ、何となく。花蓮なので蓮を選んでみました……」
「雪那のは何の花?」
「桔梗ですね」
「SNSに上げてもいい?」
「はい、宣伝になります。有難うございます」

 3つの最中と、お茶を合わせて写真をパシャパシャする月さん。
『雪月花のメンバーで温泉旅行に来たよ。旅館についてお菓子を食べるよ。花蓮がお茶を入れてくれたんだ』
 と、素早く打って写真をあげてくれる。

「一瞬でバズりそうな雰囲気だ」

 月さんがSNSを更新すると、通知が来る設定している。
 直ぐに見ると事が出来た。
 イイねが見る見る押されているし、すごい勢いで拡散されてる。

「いや、しかし綺麗だなぁ。勿体なくて食べられないよ」
「食べる為にある物なので食べて下さい。お風呂で倒れられても困りますから」

 月さんはもう、SNSの事は眼中にないらしく、スマホを放り投げて最中に夢中である。
 和菓子なんて若い子にはあまり人気は無いし、好かないかと思ったが、月さんはえらく気に入ってくれた様子だ。
 でも、見た目を気に入っても味が苦手とかだったら困るなぁ。
 白餡大丈夫かなぁ?
 勧めておいて、ドキドキしてしまう。
 
「そうだよね。味わって食べる事にするよ。頂きます」

 月さんは丁寧に手を合わせてから最中を口に入れる。
 モグモグしてくれている。
 ああ、食べられますか?
 お口に合いましたか?
 俺の心臓はもう爆発しそうだ。
 口に残る感覚が嫌とか、言われたらへこむ。

「美味しい、お茶と合うね」
「本当ですか!」
「もう一個食べちゃおうかな」
「俺のも食べて下さい!」
「お風呂で倒れられたら困るのは僕も同じだよ」

 目を輝かせて完食し、もう一つ最中を食べようと手を伸ばしてくれた月さんが嬉しくて、自分のまで差し出そうとしてしまった。
 僕は飽きるくらい食べてるし、味見とか何回もしてるからと思ったが、確かに食べずに風呂に入ると血糖値が下がって倒れるかも知れない。
 それを防ぐ為にお菓子がある訳である。
 でも、こんなに気に入ってくれるなら普段から差し入れとして持ってきても良いな。

「わぁ、こっちは桜だったよ。綺麗」

 月さんは桜を暫らく眺めてから食べてくれた。

「見ても食べても楽しめるね!」

 そう、フフっと笑ってくれる。
 僕はそんな月さんの表情を楽しめて最高でした。

「よし、温泉に行こうか。雪那は…… まだ作曲中だから二人で行こう」
「はい!」

 立ち上がる月さんに誘われ、一緒に立ち上がる。
 
 ブーブー

「あ、俺のスマホだ」

 タイミング悪く携帯が鳴ってしまった。

「あ…… ちょっと失礼。仕事の電話ですね」

 会社からだ。

「オッケー」

 もう一度、月さんも座り直す。
 通話ボタンを押す。

「どうしました? え? その資料なら渡しましたが? 見当たらない? はい、はい、確認します」

 PCを開けて確認する。

「え、変更したい?」

 どうも、長くなりそうだ。
 俺はメモに『長くなりそうなので、お先に入って下さい』と、書いて月さんに見せる。
 月さんは首を振った。

『じゃあ、僕もデザインの仕事を進めるよ』

 そう、メモを書いて見せてくれた。
 月さんもPCを開いて何やら作業を初めてしまった。
 一気に三人とも仕事モードである。
 申し訳なく感じたが、全員で仕事しているからか何だかやりやすい空間が出来ていた。
 意図せずリモートワークがめちゃくちゃ進んだ。
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