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「お夕食を持ってまいりました」

 コンコンと、部屋の扉をノックし襖が開く。
 その音にハッとなる。
 もう夕食の時間か!

「は、はい!」

 慌ててPCを閉じた。
 見れば月さんも同じ様にPCを閉じる。
 いつの間にか二人共に真剣仕事モードだったらしい。

「並べさせて頂きますね」

 テーブルに夕食を運ぶ中居さん達をなんとなく見守る。
 そういえば雪那さんはどうしたんだろう。
 キョロキョロ見渡すが部屋の中には居なかった。

「雪那さんは何処に行ってしまったんですかね?」
「うん? あぁ、お風呂に行ったみたいだよ」
「そうなんですか!?」
「僕の手に付箋を貼って行ったね」

 月さんは苦笑して黄色い紙を手の甲から剥がした。
 見れば『温泉行ってくる!』と、書かれていた。
 もしかして声をかけてくれたのだろうか。
 お互い集中してしまっていて気づかなかったか。
 雪那さん怒ってるかなぁ。
 
「雪那は自由だから気にしないで」

 青ざめる俺に、思っていることが解ったらしい月さんが苦笑する。

「ちゃんとタマが入れたお茶とかお菓子も食べて行ったみたいだね」
「本当だ」

 SNSに上げてくれている。
『作曲後のお菓子が美味しい』
 と、ピースをしてくれている。

「準備が整いました。それと、こんなものが出てきたので置いていきますね」

 友人は俺の側に何か置いていく。

「えっ、これ、ちょっと!」

 見ればアルバムである。
『夏樹と珠吉ちゃん』とか題名がついていた。
 夏樹は友人の名前である。
 友人のお母さんが作ってくれてたみたいだ。
 だけど、こんなの急に持ってきて置いていくな!
 友人を見れば澄ました顔で頭を下げ、出ていっしまった。

「それは?」 

 さっそく月さんが興味津々だ。

「友人と俺のアルバムみたいですね」
「いいなぁ! 見せて見せて!」
「いや、ちょっと、恥ずかしいので……」

 寄ってくる月さん、思わず腰が引ける俺。

「僕のも今度見せるからさぁ」
「それは見たいけど……」

 月さんは絶対昔から可愛い。
 しかも、多分、雪那さんも写ってるはず。 
 レアすぎる!
 是非とも見せて頂きたい。
 だが、俺の子供の頃とか見ても楽しく無いよ。

「なになに? タマのアルバム? 俺も見たい!」
「あ、雪那も来たよ」

 風呂から上がって来た雪那さんがポカポカした様子で部屋に入ってきた。
 すぐさま此方に寄ってくる。
 2対1、勝ち目は無さそうだ。

「夕食が来ましたから、それを食べてからにしましょう」
「お、夕食、美味しそうだな!」

 ため息混じりに頷く。 
 せめてもの時間稼ぎをした。
 雪那さんは夕食に視線を向けると、テンションを上げる。
 本当に機嫌をそこねた様子は無さそうで、ホッとした。

「それにしても声をかけずに一人でお風呂行っちゃうなんて薄情だよねぇ」 
「声はかけたよ。二人共集中していて聞こえなかったんだろ」
「さぁ! 夕食を食べましょう! 頂きます!」

 寝た子を起こす様な事を言う月さんに、ヒヤヒヤしてしまう。
 料理の前に座って手を合わせた。
 二人もテーブルにつく。
 
 
「しかし、気づいたら旅館についてて二人とも仕事してるんだもんな。驚いた」

 雪那さんは天ぷらをつまみつつ、そんな事を言う。

「僕が運んであげたんだからね」
「有難う、助かった」

 感謝してね! と、月さんは雪那さんを睨む。
 雪那さんはハハッと苦笑して見せていた。

「でも、本当に秘湯みたいだ。雰囲気も有って良いところだな。飯も美味い!」
「気に入ってくれたようで、良かったです。友人も喜びますよ」

 雪那さんは美味しい美味しいと沢山食べては、酒も嗜んでいる。

「あまり、呑みすぎないでよ? 雪那すぐ酔っちゃうんだからぁ」 

 月さんは雪那さんを心配した様子だ。

「無礼講だ」
「雪那はいつでも無礼だよ」
「そんな事は無いですよ。お風呂にも入ったんだし、雪那さん寝ちゃうだけじゃないですか」
 
 フフっと笑ってしまう。
 そもそも上下もないバンドメンバーとの空間に無礼講も何もないが、雪那さんが酔っても可愛いだけなので良いだろう。
 問題は月さんである。

「月さんこそ、程々にして下さいよ? まだ温泉にも入って無いんですから。お茶にしてください」

 呑みすぎたら折角の温泉を楽しめなくなってしまう。

「うん、一口だけだよ」

 ワンカップ呑んだ様に見えたが。
 苦笑して見せる月さん。

「月はザルだから大丈夫だ」
「晩酌はお風呂から上がった後でも出来ますよ」
「解った、お水にするから」
「お茶をどうぞ」
 
 月さんにお茶を渡す。
 雪那さんは陽気に酒と料理を楽しんでいた。



「食べて直ぐ寝るのも良く無いと思うけどねぇ」
「雪那さーん、胃が痛くなりますよー!」

 デザートまで食べた後、急にお眠モードに突入してしまった雪那さん。

「寝てない、起きてるもん!」
「寝てるよ」

 起きてると言い張っているが、半分目が空いていない。

「布団を敷いてくるよ」

 月さんはヤレヤレと、隣の部屋に布団を敷く。
 なんだかんだで月さんは本当に面倒見がいい。
 もう、甲斐甲斐しく雪那さんの面倒を見る奥さんに見える。
 いつもごちそうさまです!
 
「雪那さん、胃が痛くならないですかね?」

 それはそうとして雪那さんが心配である。

「よく飯食って酒のんで直ぐに寝てるけど、後から胃の調子が悪いなんて言ったことは無いよ」
「鋼の胃を持ってますね」

 今は良いかも知れないが、後々響いてくるかも知れない。
 やっぱり雪那さんが心配だ。
 せめて俺が一緒の時はもう少し気にかけよう。

 月さんは敷いた布団に雪那さんを寝かせてあげる。
 優しく布団をかけてあげた。
 うーー、尊い。

「さて、食事も終えたし、タマのアルバムでも見せて貰おうかな!」
「覚えてたんですね……」

 出来たら忘れてほしかったな。
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